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2012.12.20

そいや後厄の最後の最後でした

そいや、今回のぎっくり腰、後厄の最後の最後にやってきました。


「厄年だからといってあまり気にするのもどうかな」という考えもあるでしょうが、自分は単なる迷信だけじゃないような気がするのです。


周囲を見渡しても体の変調をきたしたり、今までのやり方では仕事が通用しなくなったり、家族の問題が顕在化したりってやはりフツーの時期よりあるような気がするんですね。


心理学の世界に「中年の危機」なんて言葉もあるので、この時期ってのは人知を超えた(?)何かしらがあるのでしょう。


「『自分本来に立ち戻れ』と外圧がかかる時期」


自分は厄年をこうとらえたらしっくりくるような気がしてます。


男の厄年の場合、ほとんどの人はこれまで20年近くの時間を働いている訳です。


で、その過程でさまざまな人格を駆使して社会の荒波(?)を自分なりのやり方で乗り切ってきたわけです。


けど、その時に乗り切った人格はあくまでの自分の一部(問題解決のためにつかった人格の一つ)であって、本来の自分自身ではないわけです。


けど、人はいつからか自分の一部を、本来の自分であるかのようにごちゃごちゃにしてしまうわけです。で、時に自分の一部が自分自身みたいな顔をして跋扈しはじめたりするわけです。


確かに、こうしたやり方が効果的な時代ってのはあるわけです。


本来の自分自身ではなく、自分の一部で勝負した方が社会的に見て高い成果をあげられるなんてことはごくフツーにあるわけです。


でも、その間「本来の自分自身」は表舞台に出ることなく、どこかにとどまっているわけで・・・


この「本来の自分自身」が自分自身に対して「俺(?)の存在を忘れていやしねえか?」と体調不調や仕事や家族の問題といったさまざまな出来事って形で自己主張をはじめる


厄年って、そんな気がしてならないんですよね。


「本来の自分自身」などとかくと自己啓発系のユートピアちゃんみたいな感じがして嫌なのですが。。。


けどたぶん、人それぞれの中に社会的にうまくやってきたからこそ抑圧された自分、ってのはどこかにいるんだと思います。


人間は抑圧することで多大なエネルギーをつかっているようですから、気がつけば解放してやりたいものですね。


厄年はそんなことを考えるいい頃合いなのだと思います。

December 20, 2012 |

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Comments

白レバーさん>コメントありがとうございます!

体の変化はたぶんいろいろときてるんでしょうね。自分は今回の腰痛もあって酒との付き合い方をちょっと見直そうと思いました。

6日間酒を抜いている(途中、クリパで2杯だけワイン飲んだ)のですが、腰以外の調子がめちゃいいんですよね。これは驚きでした!

「酒好きな自分」ってのももしかすると自分が世の中を渡って行く中でつくりあげていった人格の中の一つなのかな?と思ったり。

けど、好きなものは好きですが(笑)

Posted by: 大塚和彦 | Dec 21, 2012, 10:16:46 AM

僕は、25歳の厄年に死にかけました。当時、病院周りをしていた先輩(僕の病気の内容をドクターから聞いていた人)と一昨日廊下で会って「良くその歳まで生きれたよね」と当時を振り返って「しみじみ」言ってました。会うたびに言うのですが(笑)

「彼は生きて出れないかも」と言われてたそうです。

入院している間、主治医の先生が「25、26歳に多い病気なんだよね。免疫の活動が変わる時期かな。厄年は、そういう歳に設定してるのかもね」とおっしゃってました。

ちょうど、命の大切さを再認識していたので、今日のテーマは「タイムリー」でした。

Posted by: 白レバー | Dec 20, 2012, 6:06:12 PM

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