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2013.01.31

今日は創業記念日です

2001年1月31日が登記した日ですから、12年になります。


運とタイミング。


たぶん、起業ってのはこれに尽きるんです。


けど、「運やタイミングはどうしたら引き寄せられるか?」なんてのは、人間のレイヤーではたぶん分からないわけです。


だから、素直だけど運が開けなかったり、傍若無人だけど時代のタイミングを掴んだり、真面目だけどチャンスがなかったり•••なんてことはいくらでもあるわけです。


「運を引き寄せる」って考え方


これって違うんじゃねえか?とここ最近思うのです。


人間という主体の回りに「運やタイミング」が存在しているのではなく、たぶん「運やタイミング」ってものの周辺で自分らはうごめいているのです。日々の生活をしているのです。


人間が「運を引き寄せる」なんておこがましくて、たぶん人間は「運に引き寄せられる」存在なのです。


たまたま引き寄せられた「運やタイミング」、それらを丁寧につむいでいくと、その先には「使命」みたいなものが見えてくるんです。たぶん。


運やタイミングは努力や頑張りの賜物だけではなくて、「使命」を理解するためのきっかけとして与えられるものなんです。たぶん。


でも、与えてくれてるのは誰か(そもそも主体があるのかどうかも)よくわかりませんが•••。


12年、会社をやらせてもらっているということは、どうやらこの辺に自分の使命はどうやらありそうだ。


ということ。


人間が「使命」を果たして行く上で、「自分」(わたくし)ってのはそんなに必要がなくて、たんたんと役目を果たす道具みたいな存在なのかな。


ということ。


12年が経過して、そんなことを思ったりします。


だから、「自分が会社を作った」という意識がどんどんと少なくなってきてるんですね。だって、使命は自分でつくるものではなくて、与えられるものですからね。


会社は使命を与えてくれた存在が自分という媒介を使ってつくったもの


といえるんじゃないのかな、と。


少なくとも創業時にはこんなこと頭の隅にもよぎらなかったのは間違いないな•••代表取締役の名刺を初めてもった時はそりゃそりゃ嬉しかったものなあ(笑)


お世話になった皆さん、ありがとうございました。

January 31, 2013 | | Comments (2) | TrackBack (0)

2013.01.29

自分の外側に広がっている世界観を想像すること

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「科学的でないものは信じない」


目に見えない世界なんかの話にこういう反応をする人がいます。


でも、よーく聞いているとその人に科学的な知識や思考力があるかどうかは微妙じゃねえかな、と思うことがあります。


科学的云々って口にはしてるけど、要するに「自分が信じられるものしか信じない」って意味じゃね?


と。


これはどう考えても、「科学的」でないわけです。


自分が信じているものの外側に広がっている広大な世界観


それを想像することができること、たぶん、それが人間の知性であるわけです。


さて、この映画。


日本映画の至宝(?)・阿部ちゃんが出てたので行ってきましたが、ちと期待はずれでした。


自分はストーリーを追っかけて喜怒哀楽いずれかのスイッチれば映画鑑賞はそれでいいじゃん、と思うのです。


で、そこに監督の意図するもの、意味しているものがちらりと見えたらラッキー、って感じでしょうかね。


でも、この映画は喜怒哀楽のスイッチも入らなかったし、監督の意図するものも全然見えてこないままエンドロールを迎えちゃいました。


公開初日だったけど、お客さんもどこか緊張感がなかったな•••


けど、当然なんですが、自分がまったく見えてないだけでスゴい映画である可能性はあるわけです。


なので、思考のどこかに「今の自分にはよく分からないけど、今日のところは面白くなかった」といれておくのは大事なことか、と。


「おもしろい、おもしろくない」とズバッと割りきりばかりしていたら、自分が理解できないものに向かっていくことに億劫になっていきますからね。もちろん、映画に限らずの話です。


まあ、そうはいってもどう考えても駄作って作品もあるから困ったものだけどね(笑)


この作品はたぶんなのですが、とある種類の女性がみると共感するんだろうな、とは思いました。言語化はまったくできませんけどね。

January 29, 2013 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.01.28

自分の調子を自覚する、ということ

「調子が悪い•••」


何年かに一度、そんな状態に陥ります。


で、その頃に行った判断だとか、していた考え方だとか、動いていたことはともするとむちゃくちゃだったりします。


で、困るのは「調子が悪い」って自覚症状があればいいのですが、渦中にいる時にはなかなかそれに気がつかないこと。


たぶん、「調子が悪い自分」ってのはできれば観たくはない現実ですから、自覚をしないようなスイッチが入っているのかもしれないですね。


自分の場合ですけど、多くの場合は時が過ぎてから「ああ、あの時って調子悪かったなあ」とかいう具合に気づくわけです。


なので、「調子の悪い自分」を自覚するための智慧が求められるわけです。じゃないと、大きな事故が起きたり(だいたい、こういうことで調子の悪さに気がつきます)、神経症になっちゃいますからね。


自分の場合、調子の悪いときは以下のような症状がでるようです。


「酒量が増える」「本を買わなくなる」「映画を観ても泣けなくなる」「できていることよりできていないことが気になる」「話が長くなる」「食欲がおう盛になる」「なんで俺ばかり••って感情のスイッチが入る」「人の話に巻き込まれやすくなる」


などでしょうかね。


で、考えなくてもいいことを考えたり、飲まなくてもいい酒を飲んだりするのでますますエネルギーが使われて、調子の悪さに勢いがつくのです。


「調子のコントロール」は健康管理の延長線だと思いますので、いってみれば社会人としてのマナーの一つとも考えられます。


けど、一流アスリートにもスランプがあるようにどうしても調子が悪い時期というのはあるもの。


時に、「調子の悪いの自分」を受け入れることも、「本調子な自分を維持し続ける」こと以上に大切なのだと思います。


きっと、調子の悪い時期ってのは、植物でいうところの節みたいなもの。


これがなければ、大きくは育たないものなのでしょう。


どれだけ自覚的になれるか、が勝負ですね。

January 28, 2013 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.01.26

情報ありがとうございます

http://www.youtube.com/watch?v=rwiyaDjg9p4


うちの会社で輸入している商品がテレビでとりあげられたようですね。


知らなかった•••。


情報ありがとうございます。


このカードは紙質も絵のモチーフも素晴らしいし、ぜひおススメです。


今日は風邪っぴきですが、映画いって、ジム行って、フットサルいって、たぶんガストいきます(笑)


みなさん、いい週末を!

January 26, 2013 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.01.25

忘れさられたものの逆襲

「男は強くなければならない」


こんな価値観を自分はずーっと持って生きてきました。


病弱(小児喘息と心室中核欠損)だったためでしょうかね?それとも、身体が小さかったためでしょうかね?


いまとなっては、エピソード記憶で振り返るしかないので理由はわかりませんけどね。


一つだけ確実にいえることは、「人生をこの価値観を使うことによってサバイブしていこう」と決めたということだけですね。


子供はサバイブ(周囲への愛情獲得)のために、さまざまな戦略を選びます。


「どの戦略を選択したらサバイブ可能か?」


子供は、自らが置かれている環境の中で、誰にも相談せずに、けなげにも戦略を決めていきます。


「周囲に感情をあらわにしない」「自分より他人の気持ちを重要視する」「道化物を演じる」•••


いろんな戦略がある中で、自分は何の理由からか「強くなければならない」って戦略を軸にサバイブする選択肢を選んだようです。


で、以降はこの戦略を元に、自分の人生は繰り広げられていったわけです。


だから自分の場合、学生の時は学生なりの「強さ」、社会人になったら社会人なりの「強さ」、会社をやれば会社をやるなりの「強さ」•••


それぞれの立場立場で「強さ」ということを大事にして、たぶん人生を開拓してきてきたわけです。


「強くない」ということは自分自身を否定されるに近いことだった、とも思うのです。


しかしながら、人はある程度までは子供の頃に得た戦略で人生を切り開いていけるようですが、どこかのタイミングで戦略が不全に陥ることがあるようです。


「いままでやってきたやり方がなんだか通用しない」


ってヤツですね。


それは「強くなければいけない」って価値観を持つことによって忘れてしまっていた価値観が逆襲をしてくるかのようなもの。


たとえば自分の場合、「人に相談する」ということは「弱さ」を人にオープンにするみたいなことがあって、どうも苦手だったのです。(実は、現在進行形でもあります)


でも、この手のことが次々と逆襲をしてくる•••


子供の頃に何の理由かわからないで身につけた戦略で一生を終えることはどうやら人間、無理なようですね。


50歳以降を幸せに生きるための条件は、きっと逆襲へのきづきと、子供の頃に身につけた戦略との付き合い方を変えていく必要があるのでしょう。


それは、「サバイブできないんじゃないか?」って恐怖との裏返しですから、いうはやすく行うは難しでしょうけどね。

January 25, 2013 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.01.23

台湾にいきます

意外にも初訪問になります。


「海外でビジネスをする」というのは兵站線が伸びるので自分はどちらかというと否定派なのです。


人口が減ったといわれていても、まだまだ日本は1億人マーケットですからね。国内でやれることは、たぶんたくさんあるわけです。


けど、兵站線をのばさないでも海外とビジネスをやる、ということをある社長さんと話をしてインスパイアされました。


そのための市場調査と人間関係づくりです。


今回は一人で行くので、「バックパッカーらしいホテルを」とうちのスタッフにリクエストしたのですが、さすがにドミトリーではないようです(笑)


何かおすすめがありましたら教えてください!ってか、facebookはこういう時には効果的だよな。。。

January 23, 2013 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.01.21

「よい」と「迷惑」がせめぎあう

「皆さんがセミナー参加しても、社員のみなさんはただただ迷惑なだけですから」


と、先週参加した研修での先生の一言。


まあ、「あたらずとも遠からじ」なのでしょう。


外部のセミナーにでると新しい気づき(といっても、たいがいは忘れていたことだとか、自分自身で抑圧していたことばかりなんでしょうけど)があったりしますから、発言や行動が変わったりします。


で、「社員のみなさん」はそれに振り回される、という局面がでてくるわけです。


でも、参加している社長ってのはどこかに「俺がでている研修は必ず会社のためになる(=社員のためになる)」と思っているはずなんですよね。


まあ、分かってることとはいえ、この温度感の違いはホントにこまったものです。


経営者や幹部社員が「よいことだ」と思って疑わないことが、実は周囲から「迷惑」だと思われている


研修の例を挙げるまでもなく、この手のことは会社にいっぱい存在していますね。


「新規事業に突っ込めば突っ込むほど、なぜか社員が離れていく」というケースなんてよく見聞きしますが、多くの場合、根底には「よい」と「迷惑」とのせめぎ合いがあるんでしょう。


で、「よい」がなかなか通じないから「よい」を伝えようとして経営層はどんどんとつっぱしったり、態度に出していくわけです。


こんなことしていても、「よい」と「迷惑」はまったく埋まらないでしょうけどね。


たぶん、経営層は「そもそも、自分らの手がける『よいこと』ってのは、周囲からは迷惑な可能性が強い」と思っていればいいのですよ。


経営層の「よいこと」が皆の「よいこと」であるのは、会社がある程度のステージを越えてからはたぶん幻想的な話でしょう。


そう考えるからこそ、迷惑なことをやってもらっている周囲の人に対して幾ばくかのリスペクトが生まれるのでしょう。


「給料払ってるんだから当たり前だろう」だとか「働くってのはそいういうことだろう」って考え方していると、経営層はいつまでたっても自分がしんどい思いをしなくてはならないと思うのです。

January 21, 2013 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.01.19

研修で和歌山いきました

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年初めは毎年2日間の研修にでかけます。


今年は、南紀白浜でした。


50社くらいの経営者層が集まりまして、濃いい2日間を送ります。


いままで軽井沢だとか、白河だとか、淡路島だとか、熱海だとか・・・毎回、いろんなところでやるのですがいつも観光などは無縁。会場と最寄り駅の往復だけなのです。


だから、今年で10年目なのですが、どの土地を訪れたかほとんど記憶がない、というもったいないことをしているんです。


けど、今回はフライトまで2時間あったので6人でタクシーをチャーターして観光地めぐりなぞしてきました。


で、神社いったり、岸壁にいったり、温泉地にいったりして・・・最後は、海岸に沈む夕日をみることができました。


「人間って地平線に沈む夕日をみれる日って人生でそんなに残ってないんだ」


と、どこの誰が語ったか忘れた言葉を思い出しましたです。


研修中は、おしゃべりや飲食(酒含む)は自由だし、寝てても、風呂に行ってもいいという自由きままな研修なんです。


けど、東京に帰ってくると疲れがどばーっとでてきて・・・異常なほどに酒に酔います。


昨日は恵比寿でホッピー&串カツをしばいて昼過ぎまで12時間以上寝たので復活しました。


『東京物語』は初日にいきたかったけどなあ・・・。今日はひさしぶりにジムいきます。

January 19, 2013 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.01.17

どうやら、「エピソード記憶」はだいぶいい加減なものらしい

「会社を辞めて旅にでようと思ったきっかけは何ですか?」


いままで何回かいただいた質問ですね。


で、その質問には「東京勤務にしてくれる、といっていたのにいきなり転勤にされたから会社に不信感があった」だとか「上司が会社の悪口を口にするのを聞いてて嫌になった」だとか「自分の言葉で語れる経験が一つでも多く欲しかった」だとか「ずーっと飛び込み営業をしていたくなかった」だとか「高田純次(注・元旅人です)の話をきいてうらやましいとおもった」だとか「沢木耕太郎さんの本に刺激を受けた」だとか・・・


という具合に自分の「エピソード記憶」があるわけです。


けど、この「エピソード記憶」ってのはどうもいい加減のようですね。


自分は原典にあたっていないので偉そうなことはいえないのですが、「『エピソード記憶』はそもそもいい加減なものだ」という研究もあるとか聞きました。


過去を勝手に書き換えて、自分の都合のいいように解釈するのがそもそも人間って生き物のようですし・・・


そう考えると「自分が会社を辞めて旅にでようと思った」なんて話も、自分自身のことなのですが事実はよくわからないということになるわけです。まあ、昔の話は美化されますしね。特にそれが、チャレンジ系の話だとですね。


世間に流布する「ベンチャー企業社長の成功体験話」などは、多くの場合「エピソード記憶」がてんこ盛り。で、自分のブログもおそらく「エピソード記憶」がいたるところに散らばってるのかと。


この「エピソード記憶」。


人間、過去は変えられませんが「エピソード記憶」の書き換えはいくらでも可能なようですね。


自分は過去「なんで自分ばかりこんな目にあうんだ」というように感じた頃があったのですが、これだってたぶん「エピソード記憶」。


自分にとって都合の悪い記憶は書き換える


たぶん、これは人間が主体的に生きて行くための一つの意思表明なのでしょう。安易なポジティブ思考とは明らかに一線を画すものかと。


過去にあった嫌な「エピソード記憶」を主体的に書きかえていくと、陰ながら支えてくれていた人の存在に思いが馳せられる瞬間があったりするから不思議なものですね。

January 17, 2013 | | Comments (2) | TrackBack (0)

2013.01.06

年始生まれ症候群が癒された夜(笑)

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まずは、年初めの忙しい中、来ていただいたみなみなさん&誕生会を企画してくれた総監督(笑)ありがとうございました。


「年始生まれ症候群」


誕生日を年始に迎える自分らは、少なからずこの症状にかかっているのです。


「クリスマスにプレゼントあげたからいいでしょ」だとか「冬休み中だから誕生会は学校がはじまってからだ」だとか「誕生日におせち料理がでてきたり」だとか・・・


だから、誕生日の当日に夜中まで誕生会をやってもらうということは、ひとしおなのです。たぶん、1月5日まで生まれの人は分かってもらえるだろな(笑)


ということで、43歳になりました。


ちなみに、自分の好きな人の43歳とウィキで調べると・・・


王貞治さん(プロ野球で本塁打世界一)はヘッドコーチとして巨人を日本一に導いたのが43歳。


アントニオ猪木さん(元NWFチャンピオン)はUWFの前田選手からの戦いを逃げている、といわれていた頃が43歳。


近藤勇(新撰組隊長)は33歳で亡くなっているから、没後10年か・・・。


若いつもりでいるけど、年齢的には本来は円熟期なのよね。


自分が子供の頃にイメージしていた43歳は「白髪がちょっと混じっていて、漢文が読めて、たまに和服を着る」って感じだったし。


とまれ、今年も体験することを意識的に、喜怒哀楽がたくさんつまったおもろい企画をいっぱいしていきたいですね。ぜひ、よろしくお願いします。


プレゼントも多数いただき、重ね重ね、ありがとうございました!


ほかにも、誕生日にメールをくれた方、家に来て料理をつくってくれた方、ワイン、日本酒を贈ってくれた方もありがとうございました。この場で御礼いたします。


では、白レバーさんコメントよろしく(笑)

January 6, 2013 | | Comments (6) | TrackBack (0)

2013.01.04

活気があるお正月でした

「世の中は心が反映したもの。心象風景そのままに外界は見える。」


・・・心理学でいうところの投影ですね。


「なんか世の中元気がないなぁ」と見えるのであれば、自分の心が「元気がないなぁ」ということ。


「なんか世の中、活気があるなぁ」と見えるのであれば、自分の心が「活気がある」ということ。


さて、お正月の日本、みなさんはどのように見ましたか?


自分は例年になく活気があるお正月だったように見えましたね、今年は。


ももクロとプリプリとYUKIが紅白に出たからかしら?(笑)


「安直なポジティブシンキング」と「思慮深いという名前の取り越し苦労」から一定の距離を置いた上で、一年を通じて「おっ、今の世の中、活気があるなあ」とみえているのが今年の目標かしら。


それは、自分の精神の安定を意味しますからね。


関係各位のご指導、ご鞭撻、ご協力にご愛顧。本年もよろしくお願いいたします。

January 4, 2013 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.01.01

年の瀬に映画の神様が降臨した?

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あの場所(映画館)は、一歩踏み込めば異次元になる結界です。映画は、結界に住む神様への奉納物です。(中略)


この神様は、捧げられた映画を喜ぶというよりも、映画を観て人間が喜ぶのを何より楽しんでおられる。村の鎮守の神様と一緒です。(『キネマの神様』原田マハ P136)


自分の師匠筋が会話の中で映画の話をさらっと出すのです。


それも、今ばりばり公開している映画の話。


昔は、「あんなに忙しそうなのによく映画観てるよなあ・・・」とただただ感心していただけだったのです。


が、「今年は、師匠筋が語る映画の話についていけるようになろう」と思って意識的に予定を入れて行くようにしました。


目標とした数には遠く及ばなかったけど、それなりに映画館に足を運んだ一年でした。


さて、年の瀬にたまたま立ち寄った有楽町の本屋でこの本を買いました。


一度も読んだことのない作家さんでしたが、「読むと、映画が観たくなります」との手書きのPOPにあおられました。


いやややや、夜にワインを飲みながら、朝は風呂に入りながら一気に読んでしまいました。素晴らしい物語ですね。


作り手の映画にかける愛情や情熱


自分は、それを体感するのはDVDでは限界があると思うのです。やはり、映画館に時間と労力とお金をつかって足を運ぶという作業が必要だと思うのです。


作り手が与えてくれる情熱や愛情に相当するお供え物(?)を、観客であるこちらも差し出す覚悟(?)が必要であると思うのです。


映画館でたまたま同じ空間に居合わせた観客ってのは、時間と空間を一時的に共有する同士みたいな存在で・・。


自分にとってダメな映画が続いても、時に素晴らしい映画と出会えるという「いいこともあれば悪いこともある」・・・


それは、陳腐な表現になりますが、まさに人生の縮図みたいな場所であると思うのです。


そこには、もしかするとある種の神様の配剤が働いているのかもしれませんね。


今年もいい出会いがありますよう。

January 1, 2013 | | Comments (0) | TrackBack (0)