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2013.03.19

言葉とその先にある身体性って世界と

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言葉はただ意味に至る道を示すだけで、意味そのものは、いわば行間にひそんでいて、一度ではっきり理解されるようには決して語られも考えられもせず、結局はただ経験したことある人間によって経験されうるだけである(『日本の弓術』オイゲン•へリゲル P18)


日本の精神を学ぼうと5年にわたり弓術の達人から教えを受けたドイツ人の自己分析録です。


弓術の達人(日本人)は、言葉で理解できないことを次々と口にします。


「精神を集中して、自分をまず外から内へ向け、その内をも次第に視野から失うことを習いなさい」(P34)


だとか


「あなたは無心になろうと努めている。つまりあなたは故意に無心なのである。それではこれ以上進むはずはない」(P38)


だとか


「弓を引いて、矢が離れるまで待っていなさい。他のことはすべてなるがままにしておくのです」(P42)


だとか•••。


「言語を無上のものとして崇拝するヨーロッパ人」(P20)が、言葉に言い表すことのできない身体感覚を会得していくプロセスはまさに「修業」です。


人間ってのは、「既知」(すでに知っていること)から「未知」(まだ知らないこと)に向かうにはまずは言語を頼りにするしかないわけです。


誰かが語ったこと、誰かが書いたことを灯明に暗い道を歩きはじめていくしかないわけです。


けど、当然ながら言語は目的ではなくて、手段にすぎないわけで•••。


で、今の時代は身体性のない言語でも「知識」としてみなされるから、いたるところで手段と目的との混合が起きているわけです。更には、言語至上主義みたいな風潮もあるわけです。


けど、言語に固着すると人の思考はガチガチになります。そんで、言語の先にある身体性って世界観に思いを馳せるセンスがなくなります。


言語なんてのは、絶対なものじゃないのにね。


戦前に書かれたこの本は、短いですがさまざまな示唆に富んだ本です。亡くなったスティーブ•ジョブスがこの作者の本を座右の書にしていたとか•••


うむむ、恐るべしですね。

March 19, 2013 |

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