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2013.05.02

考えるに固執しない(または、「明日から休みです」)

「うむむ困ったなあ」


と考える。がなかなかいい考えがでてこない。


そんな時に、たまたま聞いた話や本の一節、映画のワンシーンなどで「おっ、そうか」と思う瞬間ってありますよね。


自分の場合ですが、この瞬間を迎えただけで問題解決が一気に向かうこともあります。人間、頭で考えたことは脆いですが、肚に落ちたことは強いということでしょうかね。


いやや、逆にいうと考えるという作業はこの瞬間を迎えるための呼び水ともいえるのではないでしょうかね?考えるというプロセスを経るから「おっ」という瞬間がやってくる。


たぶん、人間にとって考えるって作業は本来はしんどいものです。


けど、人間は目の前の問題を解決するように条件づけられていますから(昔の人は問題解決って思考はなかったと思いますよ)考えるという手段をつかって何とか現実を動かしたり、クリアーをしようとするのです。


でも、思考ってのは脳の分泌液のようなものです。


だから、特別な訓練をしてない限り考えれば考えるほどどーでもいいことを考えるものです。それは、エネルギーを摩耗させることにつながったりもします。


で、エネルギーの枯渇は更なるどーでもいい思考を生み出します。


だから、考えるのは大事だけど、一生懸命に考えたらあとはそこから離れるという知恵が大事になってくるわけです。


他人の「考えすぎ」はよくわかるけど、自分自身の「考えすぎ」はよくわからない


かくいう自分もたまにこの手のスイッチが入るようです。


そんな時は、「考えすぎじゃない?」と周囲からからいわれたその言葉すらも考えてしまうというループを描きます(笑)


まさに脳の分泌過剰、腸や胃で起きていたら病院ものですね。


どんなに運動しようと、どんなに芸術や学びからエネルギーを摂取しようと、ありそうでないのは40、50代男性のエネルギーなのです。


専門家でないのでわかりませんが、湯水のごとくエネルギーが湧き出てきた20代、30代とエネルギーの構造そのものが違うんだと思います。だから、資源エネルギーのみならず、自己エネルギーもぜひ大事に使いたいものですね。


ということで、明日からの連休(否、今日の夜から)は一切の思考を飛ばします(笑)


それぞれでご一緒するみなさん、よろしく!明日は9:30から某所に並びます。

May 2, 2013 in 人間が悩むということ, 人間の認知について |

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