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2013.05.20

昨日は、「日本の神様とつながる」セミナーでした

昨日は、セミナー(「日本の神様とつながる」)で講師を仰せつかりました。


111人(+4人身内関係者)と多くの方にお集りいただきました。


私は第2部に出させていただきました。


2008年に発行した『日本の神様カード』(現在、11刷り中)の開発にかかわるお話を、監修をお願いした神道学博士の三橋健先生、著者の大野百合子さんとともに対談させていただきました。


かつての日本には「わからないことは天の神様のいう通り」という言葉がありました。大きな存在にゆだねる、という生きる智慧をもっていました。


けど、いきすぎた個人主義(個性主義?)が「努力や頑張りで人生を切り開く」という風潮をつくりだしました。「夢や目標が実現しないのは、本人の意識や行動が足りないからだ」的な空気が支配する社会をつくりだしました。


たしかに、努力や頑張りってのは必要でしょう。それが、ものごとをなしとげる上での必要不可欠な要素の一つだとも思います。


でも、本当に事をなしとげる時って「努力や頑張り」とは無縁な世界にいるような気がするのです。


周囲からは「努力している」「頑張っている」と見えるけど、本人はまったくそれを意識していない世界観••••


「なぜ、そのことを努力できるの?」「なぜそんなことに夢中になれるの?」と考えた時に、自分はそこに大きな存在が1人の人間に与えてくれてた「使命」ってものの存在を感じるわけです。


たぶん、大きな存在ってのは我々が「使命」に近づくためのヒントを数多く我々に投げかけているわけです。で、それらを消化していくだけで人間はたぶんいっぱいいっぱいなわけです。


なぜか関心があること、なぜか好きなこと、なぜか他の人より努力ができること、なぜか自分の回りによく起きること、なぜかよくお会いする人、なぜか気の合う人•••


もしかすると、そんなものが「使命」へのヒントなのかもしれないかな、と。


けど、人間は「このままではマズい」だとか「このままでは先行きが不安だ」って脳みそのスイッチがすぐに入るわけですね。


で、結果的に大きな存在がなげかけている使命のようなものに自らがフタをしてしまうというわけです。で、頭で考えた「使命」ってのに、「努力」や「頑張り」を武器にして向かっていくわけです。


けど、脳みその絶対任務は「自身の安定」のようですから、頭で考えた「使命」なんてのは、自分自身を防衛するだけのちっちゃなものでしかないわけです。


「わからないことは天の神様のいう通り」


って言葉を、「大きな存在に任せた努力放棄的な生き方」って見方としてとらえるのも人生、「真の使命にちかづくための主体的な意志」ってとらえるのも人生。


かつての自分(といっても、数年前まで)は前者的な生き方していましたが、今は後者の生き方がごくごく自然だなと思うようになりました。


こんな考えをベースに置いてお話をさせていただきました。


ご参加いただいたみなさん、ありがとうございました。

May 20, 2013 in 仕事のことについて, 精神的なこと |

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