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2013.06.10

仕事に選ばれるって感覚

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仕事ってのは、どこかに隠れている。で、どこかのだれかがいつか実現することを心待ちに待っている。


こう書くとオカルトチック(?)ですが、自分らの仕事ってのは100%自分が主体的に切り開いてきたわけではないのです。


たぶん、仕事が主体で、人間の方が選ばれているんです。


仮に「仕事」に人格があるのであれば、「俺はこいつにやってもらおう」ということを、仕事の方が人間を選ぶわけです。


これは、人間の方からみると「仕事に選ばれる」という感覚ですね。


「仕事をしているうちに思いもよらない分野に力があるのがわかってきた」なんてのは、もしかすると仕事に選ばれているかもしれない。


「なぜかこの仕事に関しては寝食を忘れて集中できる」なんてのも、もしかすると仕事に選ばれているかもしれない。


この映画では、農薬を使わずに栽培することが不可能といわれたリンゴを長い年月をかけて自然栽培していく農家が主人公です。


収入をなくし、妻や娘にひもじい思いをさせ、周囲から白い目でみられ、祖先からの田畑を売り渡してまで自分の想いを実現しようとする主人公。


「人間が仕事を選ぶ」って観点からみると、次々とくる試練を乗り越えていく刻苦勉励、努力の物語です。


「仕事が人間を選ぶ」って観点からみると、次々とくる試練ってのは「自分を招いてくれている『仕事』って存在へ近づく」って物語にみえますね。


当然、「人間が仕事を選ぶ」だろうが「仕事が人間を選ぶ」だろうが、しんどいことはあるでしょうし、投げ出したくなる時もあるわけです。


けど、「仕事が人間を選ぶ」って意識のときは、思いがけない偶然や、思いがけない出会いなど、なぜか運に恵まれていると思うのです。


ここは、「運がいいから成功する」って世界観ではなく、「成功する人ってのは仕事に呼ばれている。だから運がいいはずである」という世界観だと思うのです。


自分は「仕事に呼ばれる」という感覚は持ってはいるのですが、残念ながら「どうしたら仕事に呼ばれるか?」を言語化する力はありません。


清廉潔癖に生きていても呼ばれない時は呼ばれないし、愚鈍にいきていても呼ばれる時は呼ばれるものだとは思います。そこには、何かしらの因果関係が存在するのかもわかりません。


こんな因果関係を考えていたら一生が終わるでしょうから(そもそも、自分が生きている間に因果関係など証明されないでしょうし)、「たぶんこのようにしたら仕事から呼ばれるかな」と自分なりに思うことをたんたんとやるに尽きるのでしょう。

June 10, 2013 in 仕事のことについて |

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