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2013.06.06

人間の教育について

正しいことを教えても、自分なりの勝手な解釈の域をでない人ってのはいます。(「正しい」の定義はここではまず置いておきます)


この手の人は、自分自身の枠を壊す(広げていく)のではなく、事実の方をねじまげていきがちです。それも、多くの場合が条件反射的にですね。


一方で、トンチンカンなことを教えても、自分で軌道修正していく力が備わっている人ってのもいます。


この手の人は、事実をねじまげるのではなく、いちどは事実をうけとります。その上で自分なりに咀嚼して、解釈していきます。で、解釈に合わないことは自分なりに探索をしにいきます。本を読んだり、人の話を聞いたリですね。


「いい上司や先輩に恵まれれば自分を伸ばせるのに•••」と考える職業人はたくさんいるでしょうが(自分もそう思ったことがありますし)、そんなのはたぶん幻想なのです。


結局のところ、受け取り手の心の問題ですからね。


以上、自分の考え方です。


おそらくなのですが、大人の教育にとって必要なのは「自己解釈の溶解」なのだと思います。


学校教育は「自己解釈の形成」に重きが置かれていました。「私は○○です」という価値観やアイデンティティの確立が優先されました。


で、自分らは教育や生活を通じて幾多の価値観を生み出してきました。それはそれは、自分らが生み出した財産あり、生きてきて実践ですぐに役立つ武器となりました。


けど、その価値観やアイデンティティってのはすごく限られた情報や人間関係の中で築かれたものでしかないわけです。


で、時に人間はそんな脆弱なものを大切に大切にしているわけです。そこから、いまの自分をつくろうつくろうとしているわけです。


結局のところ、大人になった人間が伸びる伸びないは「ガキの頃につくった自分の解釈」を自分で破壊ができるか否かって部分に帰結するのだと思います。


では、なぜそれができないか?


単純に言うと、自我崩壊の恐れでしょう。


自分らは「自分はこう考える」を武器にして生きてきましたから、それが揺らぐと過度の恐れを抱いてしまうだけの話なのですね。


自分なりの価値観を持ってどっしりとしているけど、それに固執していなくて、自由自在な自分


って感じでいれたら教育なんてものを意識しなくても、自分は成長していくんだと思います。


逆に、自分にどうしても自分のつくってきた自我に固着したいって人は、そういう生き方もあるでしょう。ここは生き方の選択の問題です。


けだし、固着は次の固着を生みますし、年齢を重ねるたびに固着は自我にこびりつきます。


自分はイタい大人への第一歩は自我への過度の固着だと思ってますから絶対に選択はしたくないです。なので、縁ある方にはここを強く訴えたいな、と。


自分が人に行える「教育」ってのは、たぶんこれくらいしかないのですよ。そもそも、人が人を教育するってのも幻想でしょうしね。

June 6, 2013 in 人間の認知について人間の美意識について |

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