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2013.07.11

人と人とが分かり合うということ

わたしは私のために生き、あなたはあなたのために生きる。


わたしはあなたの期待に応えるために、この世に在るわけではない。そして、あなたもわたしの期待に応えるために、この世に在るわけではない。


もし縁あってお互いが出会えれば、それは素晴らしいこと。
もし出会わなければ、それはそれで仕方ないこと。


※ゲシュタルト療法の創始者エリック•パールの「ゲシュタルトの祈り」より


一般的に人間は、相手と分かりあうためにコミュニケーションを図ります。


けど、「コミュニケーションを進めていっても、理解が進まない」(むしろ、コミュニケーションギャップが拡大する)って局面がまあ普通にあるわけです。


誰の影響か忘れましたが、自分はいつからか「コミュニケーションってのは人と人との違いを理解するためのものだ」と思うようになってます。


で、このスタンスにたつと「コミュニケーションを通じて相互理解ができたと感じた時」ってのがありがたくなります。だって、基本的に人と自分とは別の生き物ですしね。


なりやげなようにも聞こえますが、所詮は「私は私、あなたはあなた」。


おぎゃーと生まれてきた時からそれぞれの使命は違うし、見てきたことや、聞いたこと。覚えてきたことに感じたこと。何を大切にしてきたかも違うし、何に心地よさを覚えてきたかも違う・・・


それが、コミュニケーションを交わしただけで分かり合えるってのは、幻想に近いのじゃないかしらね。


エリック•パールのいうような「縁があったらよし、縁がなくてもしかたなし」みたいな世界観ってのは自分は大好きですね。


こういうことを書くと人によって人により受け取り方はさまざま。


「縁があったらよし」って言葉に重きを置く人と、「縁がなくてもしかたなし」って言葉に重きを置く人がいますね。


「縁がなくてもしかたない」ってのなら、コミュニケーションなんてとらなくていいじゃん


みたいな暴論(?)をいう人だっています。


こんなことひとつとっても、人間ってのは人によりさまざまなんだな、と思います。


創造主はかくも人間を面倒に創りあげたものです(笑)


あまりの面倒さに「創造主が人間をこういうふうに創った意図なんてあるのか?」と思うこともままありますが、人間の叡智じゃ及びもしないきちんとした意図があるのでしょう。たぶんね。

July 11, 2013 in 人間関係に関すること |

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