« August 2013 | Main | October 2013 »

2013.09.11

保険会社からのハガキの一文がめにとまりました

1


「過去を後悔しても、未来を心配しても何も変わらない。今の自分を大切にすることが大事」と書いてある本があります。生きている今を大切にすると、なんとなく幸せな日々が続くような気がします。


・・・お世話になっている保険会社からきた定期的なハガキのメッセージ。


普段ならスルーするんだけど、今回はなぜか目に留まる。


今の自分を大切にする、とは確かにそこかしこでいわれている。昨今、お坊さんや禅の行者が書いた本が流行ってるが、たいがいこの手のことに触れてある。


けど、「今」にとどまるのはむずかしい。


話をしていれば携帯が気になるし、勉強していればテレビが気になる。ご飯をたべていれば明日の面倒な仕事が頭をかすめる。「あのときああしていればな」って後悔は日常茶飯事・・・ってな具合。


それは、「今のままじゃ足りない」「今のままじゃ手遅れになる」「今のままじゃヤバい」という思いがどこかにあるから。自分自身とそれをとりまく大きな存在とに、絶対的な安心感がないから。


たぶん、自他に対する安心感ってのは「今」を生ききることからしか生まれないのでしょう。


それは、恐れや恐怖から生まれる「自尊心」じゃなくて、真に自分自身を肯定しきれる自尊心。


これは、たぶんなのですが、「自尊心を持つ」って感覚ではなくて「自尊心がごく自然に生まれる」って世界観なのでしょう。

September 11, 2013 in 人間の成長について, 感じたこと | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.09.10

今、改めて読むとスゴいメッセージだなあ

1

怒りの下には悲しみがあり、支配の奥には恐れがあります。そして喜びの下には愛があります。(『日本の神様カード』P26)


2008年の発売以来、お陰さまでロングセラーとなっている『日本の神様カード』の一節です。


企画担当者として、担当の編集として、原価管理の担当として1年以上かけてつくったこのカード。実際に全国の神社を訪れて神様のメッセージをいただいたのですが、改めて読み返すと深いメッセージの数々。・・・スゴい。


たまたまわけあって開いたページに書かれていた上のメッセージが目に留まりました。


編集&校正中は何回も目にしていた文章だったのですが、今の自分になぜか「どかーん」と入ってきましたね。


怒ってばかりの人を見ると、自分は「なんか抑圧されたものがあるんだなあ」と思う種類の人間なのですが、それはきっと「悲しみ」に近い感情なんでしょうね。

September 10, 2013 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.09.09

こんな夢を見ました

あと、10分近くで自分が亡くなるという夢。


にぎやかな会場で、たぶん自分とゆかりのある人が集まっている。たぶん、100人くらいいるのかな?


で、「お先にいくね」だとか「あとは頼むな」とかいっている。


暗い雰囲気はなくて、あくまでも明るい雰囲気。そいや、ライトがさんさんと照っていたし、紙吹雪が舞っていた。どこか、バブル期のディスコのような場所。


「あと、5分」って頃合いで、部屋の外に出されて、殺風景な廊下で一人きりにさせられる。


「あっという間だったなあ」と思いながら、時の経過を待つんだけど、なかなかその瞬間が来ず、気がついたら目が覚めていた、という夢。


週末は戦争をテーマにした小説を読んでいたからこんな夢がでてきたんでしょうかね?


きっと、大きな存在から見たら、「あと50年」も「あと5分」も変わらない。たぶん、人間のエゴってやつが、自分という存在を永遠に、価値あるものにとつくりあげていくのでしょう。


それにしても、この時期にいい夢をみたな、と思いました。自分の無意識に感謝ですわ。


今週は、俺フレ含め会食2件。禅の講座にいって、キネシオロジーのセラピー受けにいきます。久しく、読書をさぼってたので、読んでない本を片づけます。週末のイベントはまだ未定。


今週もきばっていきましょう!

September 9, 2013 in 感じたこと | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.09.07

人間は色付きのメガネで世界を見ている

人間は誰しもが「色付きのメガネ」で世間を眺めてます。


この「色付きメガネ」って、持って生まれた性質と生育歴とで形成されるようですね。


他人の人生を生きることができないのと同様、他人の「色」がどのようなものかを体感することはほぼムリなこと。


でも残念なことに、この「色」の違いが人間関係の難しさの原因であることが多いようです。


たしかに、「キラキラとしたピンク色のメガネ」と「ダークで真っ黒なメガネ」との間では、当然、周囲の見え方も、考え方や意見も違ってくるでしょうから当然ですね。


で、「なんであんな考え方をするんだ?」ってお互いがお互いに対してそんな思いを持つ・・・


人間、誰一人として「無色透明なメガネ」なんて人はいないですから、「色」の分だけそれぞれが世間を歪んだ形でみているわけです。


けだし、「色」があまりに濃かったり、強かったりすると社会的にやっていきにくくなるわけです。


「なんであれをああいう風に考えるの?」


となるわけです。


極度のポジティブシンキングだったり、超悲観主義だったり、自分中心の被害者意識だったり、程度を超えた自己愛だったりですね。


けど、周囲からは「ちと、歪んでない?」としか見えないこうしたことだって、本人の認知は「何がおかしいの?」だったりするから難しいわけです。


さらには、「私の『認知が歪んでいる』と口にしているあなたの認知こそが歪んでいるんじゃない?」って自己防衛も入ってくるから、さらに難しいわけです。


おそらく「人の抱える生きづらさ」の根底には、「認知の歪み」って問題が多くの場合あるのでしょう。


けど、「自分の認知は歪んでるんじゃね?」ってことに自分から頭が向かないとおそらく何もはじまらないでしょうね。


逆にいうと、「自分の認知は歪んでるかもしれないなあ」とスイッチが入った時点から、変化と変容へと向かっていくんじゃないでしょうかね。


昭和の名経営者・松下幸之助さんのいう「成功できる人は素直な人」というのは、「認知の歪み」に自分から気がつき、そこから自在に離れられる人なのだと自分は思っています。


「認知は歪んでるけど、素直な人」なんてのはいませんからね。

September 7, 2013 in 人間の認知について, 人間関係に関すること | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.09.06

大海の一滴の水、というとらえかた

1

自分をなにほどのものであると考えることは、神と自分自身とのあいだに障壁を築くことです。これにたいして、自分がなにほどのものであるとの考えをやめることは、神と一体化することです。


大海の一滴の水は、自ら意識することはありませんが、母体の広大さに関与しているのです。ところが、一滴の水が、大海を離れて存在を主張しはじめると、たちまちに蒸発してしまいます。


地上の生命は泡沫にすぎないと言ったとしても、それはけっして誇張ではありません。(『ガンディー 獄中からの手紙』P82)


インド独立の父、ガンディーの獄中書簡の一節です。今度、インドの叙情詩『バガヴァッドギーター』に関連する商品をリリースするので読んでみました。


人間を「大海の一滴の水」と例えるこの感覚、自分は好きですね。


「大海の一滴の水」ごとき存在である人間が、「ものごとがうまくいかない」だとか「あの人がきらいだ」だとかやっているのがこの社会。


「自分がなにほどのものである」というスタンスに必要以上に立つから、問題や不安や葛藤が生まれるのでしょう。


たしかに、「自分がなにほどのものである」と意識し、そのために自己を武装し、自分のコントロール下に置かないと生き難い時代感だとは思います。


けど、ときに「自分がなにほどのもである」から離れ、大海の一滴の水になったごときスタンスでいきていくことも大事だと思うのです。


一人の人間は世界の中心ではなく、端の端、そのまた端に小さく座しているような存在なのでしょうしね。

September 6, 2013 in 人間が悩むということ, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.09.05

未来や過去の自分は今の自分に何を語るだろう?

「10年後(53歳)の自分は今の自分に何を語るんだろう?」


ふと、そんなことを思いついたので考えてみる。


頭をクリアーにして、数分・・・・


「もっと思い切ってやれよ、後悔すんぞ」の一言。


同様に、10年前(33歳)の自分が今の自分に何を語るか考えてみる。


頭をクリアーにして、数分・・・・


うーん、いまいちしっくりとした答えが浮かばない。


「いまでも会社をしててスゲエ」っていってるようでもあり、「小さくまとまってないか、おら」っていってるようでもあり・・・


「ここ10年でいろんなこと学んだな」といっているようでもあり、「なんであの時、あんな決断したんだよ」となじられているようでもあり・・・


「やりたいことをしないと後悔する」


聞き方によっては陳腐な言葉ですが、さすがに53歳になった未来の自分からいわれると説得力ありますね。


日々、後悔しないような生き方はしているつもりですが、どうも未来の自分からはそうは見えないようです(苦笑)

September 5, 2013 in 人間の成長について | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.09.03

もはや戻れない時代の話です

「LHASHA G.P.O. TIBET to Mr. KAZUHIKO OTSUKA」


部屋を片付けてたら、旅をしていた16年前にラサ(チベット)で受け取った手紙を見つけました。当時、仲のよかった女性からです。


それにしても、これだけのアドレスで日本からチベットに郵便が届いて、それを現地で受け取れるってのがなんとも不思議ですね。


G.P.O.は「ゼネラルポストオフイス」の略。


日本に絵はがきを送る際に、「次はパキスタンのカラチにいくので、現地のGPO宛に手紙ちょうだい」という具合に一筆書き添えるわけです。


で、現地にいったらGPOにいって膨大な郵便物の中から自分のそれを探す・・・この作業は宝探しのようで何とも楽しかったですね。唯一の他者からの承認機会、だったかもしれません(笑)


ただいま、うちのかみさんが海外にいっていてLineを通じて現地の写真が届くんですが、便利な時代になりましたね。


もはや戻ることのできない時代に郷愁を抱くのはなんともナンセンスですが、アナログがゆえのよさってありますよね。


彼女からの手紙は「これから現実へと向かっていく大塚君へ」という書き出しだったのですが、高山病でぶっ倒れて動けなかったチベットでこの手紙を見て泣けてきました。


その時のチベットの情景やら、感情やら、空気感やら、「帰国したら仕事どうしようかな」って思いやら・・・


当時の記憶がどひゃーっとひもづけされて甦ってきました。


彼女は自分の帰国前にベトナムへと旅立ってしまって、その後、現地で生活したので縁がなくなってしまったのですが、いつか会って酒でも飲みたいですわ。


彼女の存在は、きっとアナログでのやりとりだったがゆえに記憶に残っているのでしょう。

September 3, 2013 in 感じたこと, 旅をすることについて、旅をかたること, 訪れた場所のこと | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.09.02

なくしたエネルギーはなくしたところで取り戻す

1

「友達は限りなく少なく」


というのは自分の師匠筋。


人は人間関係の中で大量のエネルギーを消費するから、という考えは分からないでもない。仕事に向けるエネルギーが人間関係で消耗している、なんてことはよくあることだしね。


けど一方で、人は人間関係の中でエネルギーが満たされる、という側面も持っている。


仲のいい友達と酒を飲んでバカ話するだけで元気になる、ってのはエネルギーが解放されると同時に、新しく満たされるから。


人間関係の中で消耗したエネルギーは、人間関係の中で取り戻すのがたぶんベストなんです。なくしてものは、なくした場所でとりもどすのがベストなんです。


一般的に人は人間関係に疲れると周囲との接触を断ちたがるようだけど、それは本当はナンセンスなんですよね。


週末は、ニュージーランドからのお客様(?)との飲み会に、中華での会食(&アフター)でした。毎週のことですが、よく飲んだ。


今週もきばっていきましょう!

September 2, 2013 in 人間が悩むということ, 人間関係に関すること, 感じたこと | | Comments (2) | TrackBack (0)