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2013.11.29

投影ゲームってやつについて

人間には「自我」がある


という立場に立つ限り、不平や不満は必ず生まれます。


で、人は均衡や安定を求める生き物ですから、不平や不満が内在している自分ってのは、当然、気持ちのいいものではないわけです。


そういう前提に立つからこそ、


不平や不満を白黒はっきりとさせず、どれだけ灰色のままで抱えていられるか?


それが人間の大きさってやつだとも思うのです。


器の大きい人、とはたいがい自分の中に灰色の部分をたくさんもっている人です。それを持っていられる気力があるし、笑い飛ばすエネルギーがある。


そして、投影やルサンチマンをすることで自分の内的な矛盾を解消しようとしない冷静さ(?)があると思うのです。


投影やルサンチマンは一時的に内的矛盾が解消されますけど、次の投影やルサンチマンを呼びますからね。人間の組織で投影ゲームがはじまると、何が事実だか分からない、ってことになりますから注意したいですね。


器が大きい存在の人がいれば投影ゲームの連鎖は断ち切られるんですよ。

November 29, 2013 in 人間の認知について | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.11.28

今日は東北へ

今日は東北へいきます。予定では日帰り。


昨日は運動をきちっとしたので目覚めがいいです。やはり、運動ってのは人間の精神活動に欠かせないですね。。。


明日はダンスのイベント&もつ鍋で飲み会、明後日が所属していた部活関係の40周年イベント、日曜日が瞑想会と映画とライブです。合間をぬって、たまりにたまった本を片付けます。


今週末は別に大きなイベントもあるんですが、先約があってラストの場に立ち会えないのは残念。


新幹線に間に合わないのでこの辺で。

November 28, 2013 in 訪れた場所のこと | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.11.27

四谷で一人酒@中華料理屋

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四谷で予定があって、そのまま一人酒。


その昔から1人で酒を飲むというのは嫌いではない。ってか、むしろ好きな方。


5千円を握りしめて初めて渋谷ののんべえ横町に1人でいったときは、ずいぶんと大人になった気がしたものな。たぶん、いまから25年くらい前。。。


まったく知らない場所で、まったくしらない店に入って、まったく知らない雰囲気の中で酒を飲むというのは、なんともいいがたい感覚。


大人が大人になったのを実感できる数少ない場面じゃないかしら・・・。


つらいことやしんどいこと、生きていればあまた存在する矛盾や葛藤を言葉に出さず解消しようとする場所、それが酒場の一側面だと思うのですわ。


表現すれば楽になると分かっていても、腹のそこにぐっとしまって耐える覚悟を決める場所、それが酒場の一場面だと思うのですわ。


個人的な意見ですが、ビールやサワーでは自分が抱える矛盾や葛藤は消化できないんです。


矛盾や葛藤を一時的に忘れる、ということができるだけ。むしろ、自分の中にある激質(ラジャス)の部分に火をくべるだけ。


それは、欲を増長させ、矛盾や葛藤を拡大させ、時にますます自分をしんどくさせる。。。


けど、日本酒やワイン、ウィスキーは、矛盾や葛藤を根本から溶かしてしまって、「まあ、いいか」と思わせるような力があるような気がするんですね。


明治維新は酒場から生まれた


なんて話がありますが、明治の志士がビールやサワーを飲んでいたらあんな時代のムーブメントは起きなかったと思いますよ。


日本酒だったからこそ、集う人の矛盾や葛藤がどんどんと溶けて、人間本来のエネルギーが社会変革へと存分に向いたのだと思いますわ。


これから熱燗の美味しい時期ですね。

November 27, 2013 in 人間の成長について, 仕事のことについて | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.11.26

「いいこと」と「わるいこと」と

マーフィーの法則を出すまでもなく、「わるいこと」ってのは起きる時は続けて起こるもの。


不可思議ですね。


「わるいこと数珠つなぎの法則」(?)みたいなのがあるんでしょうかね?


自分の運のなさをなげいたり、順境に見える人をうらやんだり、「自分がやってきた行為(カルマ)の清算じゃないか」だとか意味づけをしようとしたり・・・


暗闇のジェットコースターに真っ逆さまに落ちるような経験をすると、人はそれぞれの生育歴や思考パターンによって自分の気持ちと向き合うようです。


いずれにしても、ここは人間が「思議する可からず(不可思議)」の領域なので、人間が思案してもどうにもならないこと。大いなる存在の領域に手をだしても、苦悩は続くだけでしょう。


ただただ、自分ら人間ができることは、マインドセットを見直すこと。


「いいこと」、「悪いこと」ってのは人間のマインドが織りなした世界観だから、このマインドセットを見つめること。


自分はこの「できごと」を「わるいこと」って思ってるけど、本当??


と問いかけること。


そもそも、できごとは「できごと」として存在しているだけ。そこに付着した人間の解釈が自分自身を苦しめるだけ。


人間は「できごと」に一定の解釈を与えることでコントロール下に置けるようになるらしいです。それが場面によっては生きやすさ、生きる喜びにもなる。


けど、時と場合によってはその解釈によって苦しめられるってわけだからおもろいものですね。


「できごと」に対して「いいこと」、「わるいこと」と解釈しない心の強さを。

November 26, 2013 in 人間が悩むということ, 人間の認知について, 感じたこと | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.11.22

答えは空の上

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「私は どこかで 間違えたかしら 今は分からない 答えは空の上」


1週間ほど前。目覚めると、YUKIの『PRISM』の一節がどこからか聞こえてきた。


外から聞こえてきたというより、自分の中から聴こえてきたって感じ。かっこ良くいえば、どこからか降ってきた感じ。


この詩の背景には、JUDY AND MARYを解散しソロで独り立ちした不安や迷いだとかがあると思うのですね。


一世を風靡して、まだまだ勢いのある時での解散だったから、さぞかし悩んだでしょう。決断するには、すごい覚悟をしたことでしょう。


で、決断をしても「私は どこかで 間違えたかしら?」と逡巡することもままあったことでしょう。あんな才能ある人ですら、否、才能ある人だからこそ、悩んだことでしょう。


この詩にはそんな思いが込められていると思うのです。


「解散は正しかったか?」、「解散して損をしたんじゃないか?」、「解散して後悔するんじゃないか?」・・・


さて、一般的に自分の決断に対して「答え」を求めることが、自分らの迷いや不安を増殖させるらしいですね。


いうは易いですが、「答えは空の上」と言い切れれば悩みや不安からも解放されていくのでしょう。


それは、現実逃避ではなく、人間がコントロールできないことに頭を使わない、という叡智なのだと思います。


それにしてもギリギリの状態からつむぎだされた言葉ってのは、聞く人の心に突き刺さりますね。


この間、日本ではじめてカードとしての商品化したインドの叙情詩『バガヴァッドギーター』は、戦場で親族と戦わなくてはならない状況から話がスタートします。(『バガヴァッドギーターカード』向井田みお著)


で、主人公が「戦いたくない」といってダダをこねる。いってみれば、究極の悩み、究極の葛藤におかれた状況が舞台設定。


ここまでの究極のギリギリの状況の中で、人が自分をコントロールするすべが物語になっているのですから驚きです。ここまでの厳しい状況でも人間はなんとかやっていけるんだ、と人間の偉大さを思わずにいられません。


それにしても、なぜこの時期にYUKIの一節が聴こえてきたんでしょうかね?まったく不思議。。。


「答えは 空の上」なんでしょうが、気になります(笑)

November 22, 2013 in 人間が悩むということ, 人間の成長について, 言葉について | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.11.21

新しいビジネスの仕込みがはじまります

「この企画は斬新だ!」


・・・と息巻いても、たいがいどこかの誰かが同じようなことを考えているもの。


まあ、この社会にそうそう新しいものなど存在しませんわ。


自分は「アイデァを思いついたら日本人で30人は同じようなことを考えている」と思ってます。数字にまったく根拠はないのですがね。


だから「新しいビジネス」といっても、どこかの誰かが確実に似たようなことを考えているはず。


30人のうち15人は構想だけで終わり、10人は企画書だけで終わり、5人が具体化に向けて動いていく・・・みたいな世界観なんじゃないでしょうかね?


で、その5人がすべてビジネスとして軌道に乗せられるわけありません。


それを実現できるってのは、運なんでしょうかね、使命として与えられたってやつなんでしょうかね、よくわかりませんが・・・何かしらの選択が働いているような気がします。


とまれ、これから新しいビジネスの仕込みがはじまります。


恐怖や不安からくる防衛的な衝動でビジネスやるのは絶対にいただけませんが、このビジネスの根底に流れているのは、それとは反対の感覚ですね。


身体が、「これをやったら絶対にいい」といっています。


春までには形にしたいですね。

November 21, 2013 in 仕事のことについて, 経営をするということ | | Comments (2) | TrackBack (0)

2013.11.20

チャレンジってのは挑戦って訳すんだ、と感じた夜

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FUNKEY HONEY公演に友達が出たのでいってきた。(今回で3年目)


舞台が終わって、出待ちして、別れをつげて、ふと空をみあげると満月。


それを見つめる着物姿の彼女がめちゃ幻想的だった。


「チャレンジ」


生きていれば人は何らかのチャレンジをしているわけです。


いうなれば、新しい本を買うのもチャレンジだし、いったことのない場所にいくのもチャレンジ。


でも、英語が輸入された時、僕らの先達はこの言葉を「挑戦」と訳したわけです。


戦いを挑む・・・


自分らの口にする「チャレンジ」ってのは、どこかライトに、どこか軽くなっていないか? 


どこかコントロール可能で、結果が想定できる範囲の中で、夜に飲む酒がちょびっと美味しい程度の「チャレンジ」を挑戦呼ばわりしていないか?


今回の満月は、きちっと戦いを挑んだ彼女に対する賛美、贈り物だったのかもしれません。


素晴らしい復活でした!


追記
もうすぐ「かぐや姫」も公開ですね。

November 20, 2013 in 初心を忘れないということ, 感じたこと, 観た映画、読んだ本、行ったイベント, 言葉について | | Comments (2) | TrackBack (0)

2013.11.19

昼飯はカレーかラーメンか(別題:覚悟が決まったあとには)

26歳で2年と11ヶ月勤めた会社を辞め、旅にでました。


そんな過去があるものですから、「会社を辞めて旅にでることに迷いはなかったですか?」と聞かれることがあります。


そんなときは決まって、「昼飯にラーメンを食べるかカレーを食べるかの違いくらいしかないと思った」と口にしてきました。


けど、人間の記憶ってのはいい加減なもの。我々のエピソード記憶は日々刻々、自分の都合のいいように書き換えられています。


「より美しく」だったり、「より悲惨に」だったり、「よりヒロイスティック」だったり・・・・


個々人によって書き換えられたエピソード記憶をもとに、記憶は再構成されていきます。


で、エピソード(できごと)そのものと記憶との間に乖離ができていく。


こないだ、あることがあってそんなことをぼけーっと考えた時に、「俺って本当は軽い気持ちで旅にいったんじゃねえな?」という思いがふともたげてきたわけです。


「いったい、26歳の俺はどんな気持ちで会社を辞めたんだろう?」と身体に聞いてみたんです。


そうしたら新たな発見が・・・


26歳の自分は、会社を辞めるのに相応の覚悟をしたわけです。貯金無し、借金ありって生活になることを覚悟したわけです。


帰国しても仕事が見つからないかもしれないって現実を覚悟したわけです。仕事が見つかったとしても、いままでの待遇から大きくへこむ可能性を覚悟したわけです。


・ ・・ん?


「昼飯をカレーかラーメンにするか」なんて軽い気持ちで当時の自分が会社を辞めて旅にでたわけじゃねえぞ、と気づいたわけです(笑)


あの頃の自分は、相応な覚悟をして自分は会社を辞めて旅にでたわけです。


いまの自分から見れば、「そんなのカレーかラーメンか、って程度の話じゃん」と思うのですが・・・旅に出たという記憶がどんどんと上書きされていって、「当時の自分がそう思っていた」と脳が誤解(?)していたんですね、たぶん。


・ ・・さて、今現在、なにかの問題を抱えているとします。


その問題を解決するには、相応の覚悟が必要だとします。覚悟には「大きな変化」だとか「大きな手放し」が問題に内在されているでしょうから、すぐには決断は出せないでしょう。


こんな時は、覚悟が決まるまでマインドをフルに働かせて「あーだ、こーだ」と悩むのがいいと思います。人間は悩みたい生き物、ですしね。


特にM気質の人は悩んで自分を痛めるのが大好きなようですし(笑)悩んだプロセスが人間の根っこや存在感をつくるのは、どうやら間違いがない。


が、覚悟が決まって決断ができたら、それは時間の経過のうちに「カレーかラーメンか」的な話になっていくんじゃないでしょうかね?


それは、覚悟を伴う決断をした人に与えられる祝福のようなもの。レイヤーがあがるというか、問題から距離を置けるというか・・・


受験だ、就職だ、結婚だ・・・


大きな覚悟に直面する20代の人と比べて、自分ら40代ってのはこと「覚悟」ってことに関しては、案外と安穏としてるんじゃないでしょうかね。


ってか、きっとそうですね。


ということで、今日からブログ再開します。

November 19, 2013 in 人間が悩むということ, 人間の成長について, 人間の認知について, 旅をすることについて、旅をかたること | | Comments (2) | TrackBack (0)