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2014.03.31

30年越しの夢が実現した

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去年のいまごろ(4月24日)、ブログにこう書きました。


私、大塚の「40代青春の忘れ物消費」。プリプリ(注:プリンセスプリンセス)のライブに行けたし、森高(注:森高千里)さんも行けたし・・・あとはおかわりシスターズなんだけど、実現の可能性は薄いだろうなあ。


平成25年4月24日のブログ


その記事から遡る1月ほどまえ(3月15日)、そのおかわりシスターズについての記事を書いていました。

平成25年3月15日のブログ


・ ・・今思えば、何かしらの予感でもあったのでしょうか?それとも、願いが言霊となって実現したのでしょうか?


週末は、山崎美貴さん(元おかわりシスターズ)&片岡聖子さん(元オールナイターズ)の復活ライブにいってきました。


まさか、このメンバーが復帰して、30年前にテレビの前でしか聴くことのできなかった歌がライブで聴けるなんて・・・狂喜乱舞な1日でした。


プロレス的にいうと、猪木VS馬場でレフリーがルー•テーズ、場所は蔵前国技館というくらいのレベルですね(笑)


人生の後悔、っていろいろとありますが、自分はおかわりの解散コンサート(昭和60年3月)に行けなかったことが本当に心残り。


当時は中学3年で高校に進級する間際だったのですが、「一緒に行ってくれる人がいない」という理由で尻込みしてしまった己の青さよ。。。まさに、週末はこの時の「青春の忘れ物」を40過ぎにして取り戻した感覚でいっぱいです。


選曲の絶妙さ(曲の構成がとにかく絶妙。後で聴いたがマニアの方のリクエストによるものらしいと判明、さすが)、二人の元気な姿、そして、同世代でおかわりのライブに土曜日の午後に各地から足を運ぶ面々・・・


なんだ、この心強さは。。。


「ああ、自分は一人じゃなかったんだ」と妙な連帯感(?)を感じた1日。


お陰で週末は仏様のような心持ちで過ごすことができました(笑)


次は6月、再度いきます!松尾羽純さんがちょっとでもいいから出ないかなあ。。そしたら、何も思い残すことはないのだけど。

March 31, 2014 in 感じたこと, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0)

2014.03.13

どんな本を読んだらいいか分からない

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机の上にあった本を並べてみました。


うーん、客観的にみるとひとつの指向性がみえますね。


それはさておき。


これらの本、一冊残らず「自分の意志」で選んだ本ではないわけです。


「Amazonの書評コメントを見て面白そうだなと思った」、「師匠筋から読むことを薦められた」、「出版社から献本された」


「新しい企画を進める中で読まないわけにいかなかった」、「書店でたまたまみかけた」、「新聞広告でみかけた」・・・


手にとった理由はさまざまですが、どれもが「たまたま(偶然性)」から「読んでみよう!」と行動に結びついているわけです。


「たまたま」ってのが人間の力でマネジメントできない以上、本との出会いに「自分の意志」なんてのはないんだな、と自分は思うわけです。(これは、人や仕事との出会いも一緒ですね)


「どんな本を読んだらいいかわからない」


飲みの席でそんな話になった時、自分は「『たまたま』目の前にやってきた本を読めばいいんじゃん?」と応えました。


で、面白ければその著者の本(もしくはそのテーマの本)を水平展開して読めば良いし、つまらなければすぐに辞めて(つまらない本を読み続けていると読書嫌いになるので)次の「たまたま」を待つ。


「たまたま」がこないのであれば、情報の感度がどこか錆びついているか、本を読む使命を与えられていないかのどちらかでしょう。


別に、本より楽しいこと、本より実りのあることなどはいくらでもあるし、無理してこちらから探して読まなくてもいいんじゃね、というのが自分のスタンス。


自分に訪れる「たまたま」に全幅の信頼をおくと、時に「たまたま」が自分を追いかけてくる感覚を味わうような気がします。


もしかすると、「たまたま」は存在証明したがっている・・・?


とまれ、新しい「たまたま」が生まれるたびに、「自分が知らない世界ってのがたくさん存在してるんだなあ」と思います。


こないだ、この映画を「たまたま」見たのです。


この映画の主人公、Fジェームス・ハントとニキ・ラウダってF1の世界ではもの凄く有名なライバル関係らしいですね。

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同じ時代を生きていて、はじめて知りました(汗)


たぶん、「たまたま」ってのは自分が知らない世界へと開く扉みたいなものなんでしょう。


自分はこの映画を観てもF1には興味も関心もないですが、人によってはこの映画が人生のパラダイム転換をはかるような「たまたま」だったりするのでしょう。


この辺の「たまたま」に対する感度の違いってのが、人間の使命であり、生きる方向性を示唆しているのかと。


日々訪れる「たまたま」を大切に。

March 13, 2014 in 人間の成長について, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0)

2014.03.12

小野田寛郎さんの記事に鈴木青年のことを思う

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『朝日新聞』のこの記事を見て、鈴木青年の事を思い出す。


太平洋戦争後もフィリピン・ルバング島に残り、密林で約30年間潜伏を続けた元陸軍少尉の小野田寛郎さん(享年91歳)に投降を呼びかけた立役者。


『大放浪』という本の著者で、雪男を捜しにヒマラヤにいって38歳で遭難した旅人(冒険家?ヒッピー?)。


鈴木青年のことを知ったのはハノイ(ベトナム)で知り合ったおじさん(30歳で海外に出て、20年旅をしている猛者)に聞いたのがきっかけ。1998年頃ようやく古本で手にいれてこの本を読んだ。

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正直、文章も構成もあったものじゃない本。けど、テーマが放つエネルギーが強くて、強烈な読書欲求を与える希有な本だったことを思い出します。


日本政府がルバング島にいる元日本兵の存在を知り、救出(?)活動をはじめたのが戦後25年以上も経過してから。


鈴木青年は、そのニュースを接して「政府ではアテにならない。自分がこの日本兵を日本に連れ戻す」と決意し、フィリピンに飛びます。


いくたのやりとりのうち、この日本兵に接近。


「武装解除の命令がでていない」と口にするこの日本兵のために、日本にいるかつての上官をフィリピンまで連れて行き、武装解除の命令を出させます。


この時の日本兵が小野田さんだったわけです。


「上官の命令でないと武装解除できない」という元兵士、戦後25年以上経過したにもかかわらず、武装解除の命令を出すためにフィリピンに飛んだ上官。


そして、それを取り持った鈴木青年。


なんか、誰も彼もが漢ですね。

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※『朝日新聞』より。傍線部が鈴木青年に関する記述だと思われます。


後日、小野田さんは時のマルコス大統領に謁見、武装解除の証として自分の刀を差し出します。


マルコスはその刀を丁寧に受け取ると、「確かに拝受しました。ただ、この刀はあなたにとって大事なものですから、私からプレゼントさせていただきます」とそのままその刀を小野田さんに差し出した。


自分には汚職のイメージが強いマルコス大統領ですが、これまた漢ですね。


鈴木青年はその後、「雪男を探しにいく」とヒマラヤへ行き、遭難。無茶苦茶な人生なようでもあり、どこか憧れるような人生でもあり・・・。


漢が惚れるような、漢が心を許すような男というのは、鈴木青年のように自由自在で無邪気でとらわれない人なんじゃないかな、と思いました。


いつかルバング島のここも訪ねてみたいものです。

March 12, 2014 in 人間の美意識について, 旅をすることについて、旅をかたること | | Comments (0) | TrackBack (0)

2014.03.11

自分の強みを活かせないのはなぜか?

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『創造する経営者』(P.F.ドラッカー/ダイヤモンド社)


「自分の強みを活かしましょう」


ビジネス書でよくいわれる言葉です。


けど、自分の強みを等身大で把握するのは案外と難しいもの。


だから、周囲からは「どう考えても強みじゃないだろ?」ってことに突っ込んで自滅するようなことがでてくるわけです。


なぜなんでしょうかね?


おそらくなのですが、潜在意識は「自分の弱み」をよく知っているわけです。不得意で、苦手で、それをやってもなかなかうまく行かない、ということを知っているわけです。


きっとどこかに、それらを「なきもの」にしてしまう心の働きがあるんでしょう。


あとは、「自分の強み」に居着けない心の働き。


「自分の強み」ってのは使命として与えられたものだし、耕せばそれなりに豊かになるはずなのに、「自分にはない強み」を追い求めてしまう心の働き(青い鳥症候群)が作動するんでしょう。


「自分の強み」ってのはどうも過不足なく把握するのが難しいようで・・・


だからこそドラッカー博士はことほどさように「強み」を口にするのでしょう。

March 11, 2014 in 仕事のことについて, 経営をするということ | | Comments (0) | TrackBack (0)

2014.03.07

『日本の神様カード』ミニ版 校了

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2008年3月の発売以来、13刷のロングセラーとなっている『日本の神様カード』にミニ版(トランプ大)が登場します。


先日、校正がでてきました(上の写真、カードパッケージが現カードのサイズです)。


小さくてコンパクトで持ち運びに便利で・・・まずます神様が身近になることと思います。


「日本の色をつかった花札のようなカードで、日本の神様からのメッセージをいただける日本発のオラクルカード」


というひらめきがあったのが、2006年冬のこと。飯田橋(東京都千代田区)の喫茶店でした。

その場で、フリーの企画者として活躍される宮澤大樹氏(龍音堂代表)に電話し、「『古事記』で描かれている神様のメッセージを、直接神社にお参りをして受け取ってみてはどうか?」


というアイデァが生まれました。


ここから『日本の神様カード』はスタートします。


以降、


私と同時期にあるインスピレーションを受けていた著者・大野百合子さん。


なかなか候補者が決まらない中で、ようやくと決まったイラストレーターのDenaliさん。


せっかく世の中に出すならちゃんと監修をしていただこうとのアドバイスをいただいた林武利氏と國學院大学神道研究所の職員の方。


監修を引き受けていただいた私の母校・國學院大学の三橋健先生と研究室の皆様・・・


「どこから手をつけていいか分からない」と暗中模索状態からスタートしたカードは、何かの導きがあったとしか思えない出会いや不思議なできごとの数々で1年と数ヶ月で世にでました。


「自分たちがつくったのではなく、何か大きな存在につくる使命を与えられた」


と思うしかありませんでした。今思うと、カードの着想から完成、流通までのすべてが、自分たちではない存在の意志に基づくものではないか、と。


今回、ミニ版発売を記念し東京、長野、北九州で講演、ワークショップが開催されす。


私も3カ所全てに参加させていただき、「『日本の神様カード』制作のものがたり」をお話しさせていただきます。

長野会場 4月 5日(土)『日本の神様カード』著者・大野百合子さんワークショプ

東京会場 4月12日(土)『日本の神様カード』監修・三橋健先生講演

福岡会場 5月18日(日)『日本の神様カード』著者・大野百合子さんワークショプ


カードの制作を通して感じた「神ながらの道」。人間がしあわせに生きるためには、こうした生き方へのパラダイム変換が大切ではないでしょうか。


よろしければぜひご参加ください。


カードは今日、校了。4月17日(木)全国発売です。

March 7, 2014 in 仕事のことについて | | Comments (0) | TrackBack (0)

2014.03.05

銀座4丁目ソニービル前の交差点より

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銀座4丁目の交差点にあったビルって無くなってたんだ。


見えてても、見ようとしていなければ、見えない


ってやつか。まったく気がつかなかった。


思えば昔、ここの地下にあった飲食街にはよく行ったな、と思い出す。


「人生はなるようにしかならないし、変化しつづける」


そんな言葉が頭をよぎる。


でも、こんな言葉はその辺の中学生だって口にできるなあ、と感じる。


言葉ばかりが一人歩きする時代。身体性のない言葉でも大手をふって流通する時代。


言葉に対しての実感、ってのはもしかしたら言葉を使っているうちに後からついてくるものなのかしらね。


とまれ、「人生はなるようにしかならない、変化しつづける」を銀座の街に感じた。自分の人生で関わりがあって、いまはご縁のない方がたくさん思い出されました。

March 5, 2014 in 感じたこと | | Comments (0) | TrackBack (0)

2014.03.04

なんかせつないできごと

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「チベットに行けないか?」


そう思ってネットを検索する。


ここを訪れたのは、1997年の夏頃。


ゴルムドという町からバスに乗り込んで44時間。高山病とバス酔いで、へろへろになりながら自治区の区都・ラサに着いたのが夜中の1時過ぎ。


なんとかホテルにチェックインしたものの、階段の上り下りさえできないほどの呼吸困難と頭痛。翌日からはチベットの強い太陽の光になぜか目が開けられない始末。


以降、数日間ベットで寝たきりで、身体にハエがたかる毎日。ガイドブックを見ると「高山病は下山しないと治らない。最悪の場合、死ぬこともある」と書いてある。


が、下山するだけの体力がない。。。


そんな時にゲストハウスの従業員が連れて行ってくれたチベットのお医者。直径1センチほどの丸薬をもらい、その場で飲んだ。


で、帰り道。


一人のチベット僧が「顔色が悪そうだな」と話かけてきた。「高山病らしい」というと、「お寺で五体投地をすればいい」という。


半ば無理矢理にお寺に連れて行かれ、五体投地を見よう見まねでやったところ・・・


高山病が一気に回復した。。。


・ ・・旅をしていて不思議な経験ってのは、そんなにあるもんじゃなかったけど、この経験はとにかく不思議。


なんとなくなりゆきで出向いたチベットだったが、チベットが大好きになったのは、この頃から。


今回、いろいろと情報集めている中でチベットの精神的支柱ともいえるポタラ宮がライトアップされている事実を知りました。


自分が過去に訪れた思い出深い場所をふたたび訪れる。


これって楽しみと怖れとが共存していますね。


こちらは、日々変化をしていて生活環境だってどんどんと変わっているのに、どこか訪れる場所にはそんなものを求めてたくないような感覚。


あの時のままであって欲しい、という一部の旅人がもつ一種ゴーマン的な感性。


そんなものは唾棄すべきだと思いつつも、ライトアップされたポタラ宮に悲しさとせつなさとチベット民族の持つしんどさを感じざるを得ません。

March 4, 2014 in 旅をすることについて、旅をかたること, 訪れた場所のこと | | Comments (0) | TrackBack (0)