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2014.05.23

「人ごと」にもちっと市民権を

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AさんがBさんに悩みごとを相談しているワンシーン。


自分の悩みやそれに付随する怒りや寂しさといった感情をしゃべるAさん。そして、それを聞くBさん。


Bさんの反応は真摯にして冷静、かつ沈着。


それを観たAさんが「ちょっと、もっと私の立場に立ってよ」と怒り出す・・・。


ヒプノセラピー(催眠療法)を習っていた頃、こんな事例で「Aさん、Bさんについてどう思うか?」と問われたことをふと思い出す。


「Aさんの感情が動いたように、Bさんが怒ったり悲しんだりする」


これによって、Aさんに一種のカタルシスが起こるのは容易に想像できる。「Bさんがは自分と同じ立場になってくれている」と受け入れられた感覚は、時に悩んでいるバカバカしさに気がつくようなパワーにもなるかもしれない。


けど、仮に「Aさんの話を聞いてもBさんの感情が動かない」なんて場合。


・・・それでも感情移入をするフリ(?)をするのが二人の人間関係にとっていいことなんでしょうかね?


ってか、悩み事の相談って案外とこのパターンの方が多いいのじゃないかしら?(家族、親族などスゴーく近しい関係はのぞきます)


「人ごと」


この言葉の持つ語感ってどこか冷たくて、つけはなす感じがしますけど、自分はもうちょっと「人ごと」って言葉にいい意味での市民権(?)を与えたいのです。


人間が悩むと、どうしても「自分と悩みの同一化」が起こります。自分の中のどこかに悩みがあって、それがどんどんと肥大化してくる感覚に襲われます。


けど、ほんらい「自分」と「悩み」ってのは別物


「悩み」という感情が何かの反応として体内に起こっただけで、「自分」ってのはそれにおかされるものではないはずです。


自分の悩みなんだけど、どこか「人ごと」


たぶんそんな立ち位置が、「自分」と「悩み」を分離させ、「悩みに巻き込まれない自分」をつくるんじゃないか、と。そこから解決の扉が開くんじゃないか、と。


「人ごと」だから冷静に、「人ごと」だから高いレイヤーで考えられるなんてことは、この世にゴマンとあるでしょうしね。


追記
世の中には、「解決を求めていない『悩み』」なんてのもあって・・・。自分も含めた多くの男性諸氏は、ここに「解決」ってスタンスでつっこむ性質がどうもあるようで。


こうした「悩み」の場合は、時には自分を役者にして(?)でも一緒になって怒ったり悲しんだりすることでカタルシスのお手伝いをするのがいいのかもしれませんね。


「解決したい悩み」と「単に共感してもらいたい悩み」と見極める叡智を多くの男性諸氏に(笑)

May 23, 2014 in 人間の認知について, 人間関係に関すること |

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