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2014.08.16

終戦の日、巣鴨プリズンの跡地へ

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大学時代、日本の近現代史を専攻しました。


卒業論文は「東京裁判」、先の戦争が終わって、日本の指導者が裁かれた軍事裁判です。

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この裁判では、開戦当時の指導者28人が起訴され、7人が絞首刑になりました。


被告として捕らえられていた当時の指導者は、池袋の「巣鴨プリズン」に収容されていました。で、絞首刑もここで執り行われました。


大学時代、「当時の指導者はなぜ戦争をとめられなかったのか?」と強く思いました。


けど次第に、それが「後世の」「無責任な」「さまざまな情報を得ている」立場からの「感情論」なのだと思うようになってきました。


で、自分自身が会社を経営するようになってからは「自分が当時の指導者だったら、何ができんの?戦争、食い止められるの?」と自分のこととして考えるようになりました。


◉人間は当事者でなければ、いくらでも思考が柔軟になり、アイデァがでてくるものです。
◉人間は当事者でなければ、言葉や行動がいくらでも思い切って大胆になれるものです。


ひとたび、 先の戦争を「当事者」として想像した時、絶望的な状況の中でも最善の打ち手をしようと奮闘した時の指導者の姿がクリアーになってくるようになりました。


大学時代は、確実にこの感覚はなかったな。。。


歳を重ねて世界観が広がったのか、知らぬ間に体制側(?)に順応するようになってきてしまっているのか、人生の折り返しを迎えて何か心の変化でもあったのか・・・よくはわかりませんが。。


昨日は、巣鴨プリズンの跡地にまいりました。そこには、8月15日とはいえ普段とまったく変わらない光景が広がっていました。


それにしても、この辺の問題がイデオロギーの係争ごととして扱われるのはいい加減なんとかしたいものです。来年は終戦70年ですし。

August 16, 2014 in 人間の認知について訪れた場所のこと |

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