« 2020年1月からの予定です | Main | 「習慣」を自分の味方につける »

2020.04.09

正当にこわがることはなかなかむつかしい

Photo_20200409141101

「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎるのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい」

 

明治から昭和初期に活躍された寺田寅彦(18781935)の言葉だそうです。

 

新型コロナウィルス感染症の影響によって、世界は大きく揺れています。当社も政府の緊急事態宣言を受けて、8日から在宅勤務となりました。創業して20年目、もちろんはじめてのことです。

 

経営には、「3つの時期」があります。

 

  • なんでもかんでもうまくいく、「上り坂」の時があります。

「何をやっても失敗する気がしない」なんて時期ですね。経営者冥利につきる時期です。

 

  • そして、「下り坂」の時があります。

「仕事の結果がでない」だけでなく、未解決で放置していた問題が火を噴きはじめる時期があります。なぜか、人が離れて行ったり、商品に欠陥がみつかったり一気にいろんなできとごが噴出して火消しに追われる時期です。

 

  • 最後が、「まさか・・」の時です。

「想定外のできごと」ってやつですね。「おいおい、そんな心構えできてないよ」と口にしたくなるような出来事は、やってきます。いやだけど、自然の摂理ですからいたしかたない。

 

今、多くの企業が、この「まさか」に直面している時期でしょう。で、こんな時代には冒頭にあげた「正当にこわがる」センスと知恵が求められると思います。

 

けど、「正当にこわがる」はとてもむずかしいです。

 

なぜなら、「正当にこわがる」ための材料となる「情報」が不確かですし、そもそも感染症のことなどここ何年(何十年?)も考えたことないような人間(=私のような人間)には、専門知識も経験も判断力もないからです。

 

そして、人間には「エゴ」(自我)があります。

 

エゴの絶対使命は「自分を生存させること」ですから、それが自分自身の判断を曇らせてしまう。恐怖や不安に押しつぶされて、「正当に」ができないわけです。

 

そんなとき、「正当にこわがる」をどのように形にしていけばいいのでしょう?

 

・・・わたしは、「心の絶対安静につとめる」ことに尽きると思います。

 

お釈迦様の教えである仏教、インドで誕生したヨーガ哲学、日本古来の信仰である神道・・・こうした古くから続いて人間の支えとなってきた教えは、

 

「『まさか』の際に、『やるべきこと』と『やらなくてもいいこと』の識別をどのようにつけていくか?」

 

を教えてくれるような気がしていてなりません。その道の専門家はなんていうかわかりませんが、小さな会社を経営する一実務者としては「まさか」のときにこれほどまでに使える叡智はないと思います。

 

安静になった心には、「正当に」がやどります。

 

それは、「やるべきこと」と「やらなくてもいいこと」との混乱状態がほどけてきたということです。必要以上に悲観的になったり、買い占めに一喜一憂してみたい「やらなくてもいいこと」にエネルギーを費やして消耗することは、きっと少なくなってくるはずです。

 

「まさか」は、わたちたちから「識別能力」を奪ってしまいます。くれぐれも、「慌て者のおっちょこちょい」にならないためにも、心を平静にして識別能力を取り戻したいものです。

 


April 9, 2020 |

Comments

Post a comment