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2020.05.29

リモートワーク、これから流行りそうですが

 

外資系の会社に勤務している友人がいます。 

 

 

数年前から出勤は月に数日で、あとはリモートワークで働いています。今思えば、時代の先駆けですね。 

 

 

「仕事場」である自宅に行ったことがあるのですが、次々と動画共有システムでミーティングを行う様子は見ていて圧巻でした。 

 

 

あの頃は、なんだか近未来のような気がしたものですが、いまは時代の流れで外資系のみならず、我々のような中小企業もこうした働き方を要請されているわけですね。 

 

 

当社も4月上旬からリモートワークをしてきました。で、「ああ、こういうことが大事なんだな・・・」というのが肌感覚でつかめてきました。百聞は一見にしかずですね。 

 

 

一番強く感じたのは、リモートワークは「筋トレ」のようなものだということ。 

 

 

「明日からリモートワークをやりましょう!」なんていわれても、すぐに実践などできるわけがありません。なぜなから私も含めて多くの人は「リモートワーク筋肉」がない(少ない)からです。 

 

 

「自宅で働く」には「自宅で働くための筋肉」が必要です。 

 

 

会社で働くのと、自宅で働くのは「筋肉」が違います。ここでいう「筋肉」とは、「気力」「集中力」「自己制御力」「計画力」「体力」などを含めたたとえのこと。 

 

 

会社で働くにも当然「気力」や「集中力」は必要です。けど、自宅で働く場合のまったく別物だと感じました。 

 

 

携帯やテレビを見ながら会社で仕事をしている人は少数派でしょうが、自宅であればそれがフリーですからね。「気力」や「集中力」を阻害するものがたくさん存在するのがリモートワークです。 

 

 

「我々は、リモートワークをするだけの筋力があるだろうか?」 

 

 

この大前提に立たないと「リモートワークをどう行っていくか?」は見えてこないかと。『誰でもラクラク!夢のリモートワーク成功読本』みたいなノウハウ本にたよっても、リモートワークなんて絶対に機能してかないでしょう。 

 

 

で、こうした「自宅で働くための筋肉」をつくるには、「自宅で働く習慣をつくる」しかありません。 

 

 

肉体を鍛えていく「筋トレ」と同様に、自宅で働く習慣つくることで「自宅で働くための筋肉」を少しづつつくっていくしかありません。 

 

 

冒頭に紹介した友達の会社には、「自宅で働く習慣をつくるための仕掛け」がたくさんあったそうです。 

 

 

日報のようなものは当然ありますし、「細かいミーティングをたくさんするための仕組み」、「やるべきことの進捗状況を一覧できる仕組み」「相互に仕事を評価する仕組み」・・・・ 

 

 

「自由を確保するがゆえの、不自由だよ。。」 

 

 

と笑いながら彼はいっていましたが、こういうことを繰り返しながら「自宅で働くための筋肉」がつくられていったのかと感じました。 

 

 

リモートワークは、これからの大きな流れになっていくことでしょう。国がその方向に向かっていますから、お金やサービスも動くでしょうし。「リモートワークをしていないと採用ができない」なんて日も、あながち非現実的ではなくなるかもしれません。 

 

 

でも、「リモートワークの導入」と「リモートワークが機能する」とはまったく別にとらえないと見誤ります。 

 

 

リモートワークは、 

 

 

「自宅で働くための仕組み」を会社が提供し、 

「自宅で働くための筋肉トレーニング」を働く側が行っていく 

 

 

この両輪があってはじめて機能していくのでしょう。 

 

 

これを、「アメリカ的な実力&成果主義的」にではなく「日本的にエレガントに、美しく、調和をもって」やっていくのをどうするか? 

 

 

経営側、働く側。それぞれの知恵が試されているのかと思います。 

 






May 29, 2020 in 仕事のことについて | | Comments (0)

2020.05.26

私にとっての「先生」とは何か?

 

『大人にとっての「先生」ってなんだろう?』という記事を前回のブログでアップしました。

 http://syatyodiary.cocolog-nifty.com/neta/2020/05/post-ae69fd.html

 

・出会ったあと、「運命的な必然」としか思えなくなるような人が「先生」

・「みんなと同じになりたい人間」の前には決して姿を現さない人が「先生」

 

 

といったことを、仏文学者の内田樹先生の本から引用させていただきました。

 

 

「先生とは何か?」に私が関心を持っているのには理由があります。

 

 

まずひとつは、私が先生を求めていること。そのためには、「先生の見極め方」を知らないといけません。過去に起きたカルト事件を持ち出すまでもなく、先生を見誤るととんでもない方向に連れていかれたり、エネルギーや時間を無駄に浪費する危険があるからです。

 

 

もうひとつは、自分が「先生」と呼ばれることがあること。それは、自分の言葉や伝えたことがどこかの誰かに影響を及ぼすことを意味します。その責任を全うするには、「先生としての美意識」のようなものをしっかり持っておきたいと思うからです。

 

 

それを踏まえて、「私にとっての先生とは何か?」を考えてみましょう。

 

 

すると、「知識がある=先生」「経験がある=先生」という具合に「先生としての条件」をひとつひとつあげていくことの困難さにぶつかります。

 

 

たとえば、「専門分野の知識がある。その道の経験も豊富である。話も巧みで面白い。」という「先生」がいるとしましょう。「先生としての条件」だけ見れば、立派に「先生」ですよね。

 

 

けど仮に、この「先生」が嘘ばかりついているとしましょう。もしくは、その場にいない第三者の陰口ばかり口にするような方だとしましょう。

 

 

それでもこの方を「先生」と師事していいものか、悪いものか・・・という問題がでてくるわけです。

 

 

こうしたやり方とは反対に、「先生だったらこういうことはしないだろう」を挙げていくと、「私にとっての先生は何か?」が逆に明確になるような気がします。

 

 

「やりたいことを見つけるには、やりたくないことを挙げていく」

 

 

・・・自己啓発の世界でよく聞かれるテクニックと同様の考え方ですね。

 

 

私にとっての先生は

 

 

◎他人に対して操作性がないこと

 

◎自分の意見や、他人への見立てに固着していないこと

 

◎他人のやること、口にすることにいちいち反応しないこと

 

◎ダブルバインドのメッセージを発信しないこと

 

◎その場の流れで、思ってもいないことを口にしないこと

 

◎一対一のコミュニケーションに、第三者を介在させようとしないこと

 

 

・・・こんなところでしょうかね。(もちろん、専門的な知識や情報はあるのは大前提です。)

 

 

「私にとっての先生とは何か?」を考えることは、「自分は人間としてどうありたいか?」を問うことにも通じるはず。

 

 

 

「あたらしい働き方」「あたらしい消費のあり方」「あたらしい人間関係のつくり方」がそこかしこで語られる今のような時期だからこそ、時間をとって考えてもいいテーマかもしれませんね。

 

 


 

 

 

May 26, 2020 in 人間の美意識について尊敬する人、または師匠筋 | | Comments (0)

2020.05.22

大人にとっての「先生」ってなんだろう

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講座をやっていると「先生」と呼ばれることがあります。 

 

 

以前は、「いやや、先生なんてやめてくださいよ。。。」といっていたのですが、ある時に「人には先生を求めたい気持ちがある」と気づきました。 

 

 

「先生との出会いが人生を大きく変える」なんてのは映画や小説でもよくあるテーマですしね。思い起こせば、私だって「先生」を欲していた人生だったわけですし。 

 

 

以降、「先生」と呼ばれることを拒否することはなくなりましたかね。 

 

 

そもそも、大人にとっての「先生」って何なんでしょうね? 

 

 

・知らないことを知っている 

・経験をたくさん積んでいる 

・生きる見本になるような点がたくさんある 

・存在そのものが、憧れ 

 

 

・・・あえて定義するなら、人によってさまざまかと思います。先日読んだ『先生はえらい』(内田樹 著)という本にはこう書いてありました。 

 

 

先生というのは、出会う以前であれば「偶然」と思えた出会いが、出会った後になって「運命的な必然」としか思えなくなるような人のことです。 

 

 

・・・ふむふむなるほど。で、この本ではこうも語られます。 

 

 

先生というのは「みんなと同じになりたい人間」の前には決して姿を現さない 

 

 

・・・これ、至言ですね。 

 

 

わたしには、何人も先生がいらっしゃいます。(先生の側が生徒としてみているかはよくわかりませんが)先生が活躍されている分野はさまざまですけど、この二つは共通しているなあ~としみじみ感じました。 

 

 

「先生とは何か?」を端的に語ることは、おそらくとても難しいはずです。それは「イケメンとは何か?」を語るのと同様で、万人にとっての統一した尺度など存在しないからです。 

 

 

そこには、「私にとっての先生」が存在するだけであって、「ほかの人にとっての先生」はどうでもいい話なのです。 

 

 

そうそうこの本の内田先生とは一度お会いしたことがあります。一年半ほど前でしたでしょうかね、講座で歴史や哲学のお話を伺いました。 

 

 

とても難しい話だったので内容はほぼ覚えていないのですが、「先生」についての話をされていたのは今でも記憶に鮮明です。 

 

 

 

先生とは、会うだけで自分の何かが軽くなる存在 

 

 

 

たしかそんな言葉だったと思います。これまた、至言ですね。 

 

 

May 22, 2020 in 仕事のことについて尊敬する人、または師匠筋 | | Comments (0)

2020.05.18

「毎日、情報発信をしよう」を考えてみる

 

「毎日、情報発信をする」というビジネスのアドバイスがあるようです。 

 

 

YouTube、ブログ、インスタグラム・・・もはや我々は情報発信のツールに困ることはありません。で、それらのほとんどが無料ときている。 

 

 

「毎日、情報を発信して周囲とつながりをつくってサービスなり商品を知ってもらう」というアドバイスは、「一見」正攻法にも見えます。 

 

 

けど、「何かをすること【DO】」は、「何かを失っていること【LOST】」でもあります。 

 

 

たとえば、「デザイナーに頼んでホームページをつくる」という【DO】を行えば、「アイデァをまとめる時間」という【LOST】、「打ち合わせをするエネルギー」という【LOST】、「デザイナーに支払うお金」という【LOST】が生じています。 

 

 

時間も、エネルギーも、お金も、多くの人にとっては有限なもの。こうした「何かを失っていること【LOST】への意識なしに、【DO】を仕事に組み込みすぎるのはわたしはあまりおすすめしない派です。 

 

 

たくさんの【LOST】があるということは、本来やるべきこと【DO】がおろそかになっている可能性が高いからです。人間はそんなに起用でも、パーフェクトでもありませんしね。 

 

 

冒頭にあげた「毎日、情報発信する」ということで、生じる【LOST】は一体どんなものがあるでしょうかね? 

 

 

細かな部分は人によって違うと思いますが、「時間」と「エネルギー」はどんな方にとっても共通する項目ではないでしょうか。 

 

 

「時間」も「エネルギー」も起業家にとっては、何よりもかけがえのないもの。この二つを使って、僕らはアイデァを形にしたり、お客さまへのサービスを提案していくわけですからね。この二つの「無用な消耗」だけは避けた方がいいんじゃね、とわたしは思うわけです。 

 

 

もちろん、情報発信は大切ですよ。やらないよりやった方がいいに決まっている。 

 

 

けど、それよりも優先してやることは「どんなサービスや商品を世界に提供していくか?」を考えることかと。 

 

 

この質問への真摯な問いかけの中から「他の人とは違った個性」だとか「どうしても発信せずにはいられないこだわり」のようなものがむくむくと頭をもたげてくるんじゃないかと。 

 

 

そんな起業家には、「情報発信せずともただよってくる雰囲気」のようなものがまとわりついてくるはずです。まあ、オーラでもいいでしょう。 

 

 

わたしが獲得したいのは、フォロワーでも、「ともだち」でもなく、「いいね」でもなく、こういう目には見えないものですね。 

 

 

言葉をかえて言えば、「起業家を起業家たらしめているもの」といっても過言ではないかもしれませんね。 

 

 

 

May 18, 2020 | | Comments (0)

2020.05.15

瞑想はどれも同じでないという話

「一緒に瞑想しませんか?」 

 

 

そんなお誘いをここ2か月ほどで何回もいただきました。ZOOMをつかってやるそうですね。 

 

 

在宅が長いですし、新型コロナウィルスの不安から「瞑想」に注目が集まるのもわからないではありません。場所もお金もかかりませんし、うまくできれば心の安定が得られますからね。 

 

 

いろいろな種類の瞑想をご紹介いただきました。 

 

 

「同じ時間に地球上の人と一緒に瞑想する」ってのもありましたし、「ほんとうの自分に目覚める瞑想」だとか、「恐れや不安をなくす瞑想」みたなのもありました。 

 

 

私は毎日瞑想をしていますから、「瞑想の誘い」に対しての柔軟性はかなりあると思うのです。なので、「宗教っぽい」「なんだか怪しい」「他のものを勧誘されそう」・・・とい瞑想のお誘いにありがちな感じはあまりないんです。 

 

 

怪しかったら次から行かなければいいし、勧誘されて、好みでなければ断ればいいだけの話ですし。でも、「瞑想のお誘い」にはほとんど参加してないんですね。 

 

 

なぜかというと、「瞑想」にはたくさんの形があるからです。 

 

 

たとえば、「伝統的な経典に基づいて行う瞑想」があります。古くからある聖典や教義に書かれていることを忠実に行う瞑想ですね。一方で、「現代の先生がつくったオリジナル瞑想」があります。短くて数年、長くても数十年しか時代の風雪を経ていない瞑想ですね。これは、大きな違いです。 

 

 

「自分の中には魂が存在する」考える瞑想があるかと思えば、「魂は実態がないものであり、すべては空だけが存在している」と考える瞑想があります。 

 

 

「瞑想中に考えがあれこれ動くのは当然」と考える瞑想があるかと思えば、「考えを遮断しなくてはいけない」と考える瞑想があります。 

 

 

「姿かたちにはあまりこだわらない」ととらえる瞑想があるかと思えば、「姿勢や体のポーズにめちゃくちゃ厳しいルールがある」瞑想があります。 

 

 

・・・などなど。 

 

 

たかが瞑想なんですが、さまざまな要因から成り立っているわけです。それこそ、先生の数だけ「瞑想」があるといっても過言ではないのかも。。。 

 

 

だから「自分にとって最適」と思うものを選んでしまったら、なかなかそれ以外のものは受け入れにくくなるのが瞑想かと。 

 

 

一流のスポーツ選手が指導コーチをあれこれと変えませんよね。瞑想もそんな世界と一緒なのだと思います。 

 

 

自分の中でうまくできてきた「瞑想のリズム」みたいなものが壊れるのはもったいないですし。なので、よほどの瞑想でない限りはご一緒できないのでよろしくご容赦を。 

 

 

 

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May 15, 2020 in 修行や瞑想のこと | | Comments (0)

2020.05.07

ワクワクすることを仕事にしたいが、どう思うか??


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「自分がワクワクすることをして仕事にしたいが、どう思うか?」

 

 

とあるZOOMのミーティングでこんな話がテーマにあがりました。

 

 

実はこれ、講座などでよく聞かれる質問の一つなんです。新型コロナウィルスの後は、「新しい働き方になる」なんて言われていますので、これをちょっと考えてみましょう。

 

 

まず、私はこの質問に関しては「よく分かりません」のスタンスです。

 

 

「ワクワク」が仕事に結びついた人を周囲で見聞きすることがあります。でも、そこに因果関係があるかどうかは冷静に考えればビミョーです。

 

 

たまたま、時代の波に乗っただけかもしれない。たまたま、優良顧客とパイプができただけかもしれない。たまたま、発信した情報が拡散されただけかもしれない。

 

 

いわゆる「成功した人」ってのは、因果関係をめちゃくちゃにひっつけるのが得意です。(めちゃ主観が入ってますがw)そんなのも相まって、この問題をより複雑にさせることになります。

 

 

また、当たり前ですが「ワクワク」が仕事に結びつかなかった人は大量にいます。で、この手の方はそれをわざわざ発信しません。だからたいがいは「なかったこと」になっているはずです。

 

 

結果的に「ワクワクすることを仕事にする」ってコンセプトばかりが残るということです。

 

 

私の肌感覚でしかないのですが、「ワクワク」がビジネスの世界でいわれ始めたのは今から20年ちょっと前の話かと。

 

 

精神世界のヴォイス社から『ソース』って翻訳本がでて、そこから「ワクワクすることを仕事にする」が一気に自己啓発や精神世界を中心に広がっていた様子は、いまでも記憶に鮮明です。

 

 

もしかりに「ワクワク」がこの本あたりから広がったのだとしたら(いつかこの辺の歴史はきちんと調べたいですね)、まだ20年ちょっとの歴史しかないコンセプトなわけです。

 

 

20年というのは、「ビジネスノウハウ」の世界では決して長い時間ではないと思います。「定番なもの」というよりも「一過性のブームが長く続いている」と見立てることもできるわけです。

 

 

私は、「ワクワクすることを仕事にする」の本質は、「着手したことをやり続ける」だと思っています。

 

 

人間は「飽きる動物」です。「ワクワク」ではじめた仕事も、マンネリ、惰性、飽きが気がちなのが人間です。特に現代は、「他人の仕事の様子」が手に取るようにわかるから、これに拍車をかけるわけです。

 

 

ビジネスで必要なのは、「なんだかこんなはずじゃなかったんだけどな・・・」

 

 

って時に

 

 

「飽きないで続けていくモチベーション」をどこから持ってくるか?

 

 

ってところだと思うのです。

 

 

「ワクワク」することは、おそらく「飽きにくい」です。「ワクワク」することなら、創意工夫を生みたくなります。

 

 

「商いは、飽きない」と昔の経営者はよく口にされたそうです。これ至言ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

May 7, 2020 | | Comments (0)

2020.05.01

「これから時代は変わる!!」を考える


「アフターコロナ(新型コロナウィルス後)」って言葉があちこちで聞かれるようになりましたね。

われわれの生活スタイルそのものが変化し、それとともに人々の価値観が変わっていく。企業の働き方がかわって、そこに所属する職業人も変化を強いられる・・・みたいな感じでしょうかね。

で、「コンサルタントみたいな人」や「影響力のある識者みたいな人」がお決まりのメッセージを発信する。

「これから時代は変わる!!」

ってやつですね。

わたしはこの手の発言には、「へえええ」くらいにしか思わないですね。だって、この瞬間も時代は変化しているわけですし。5分経過すれば、5分だけ何かが変わっている。1時間であれば、1時間なりに何かが変わっている。

けど、僕らはその変化をリアルに感じていないだけの話です。僕らの五感が「時代の変化」ってのをリアルタイムでとらえきれていないだけの話。

今回の新型コロナウィルスのように大きな動きがあると、日々の変化がヴィヴィッドに感じやすい。なので、「これから時代は変わる!」みたいな感情も激しく刺激されているだけの話ではないでしょうかね。

ってかよくよく考えると、「これから時代は変わる!!」ってのは、どんな商売でも通用する営業トークになりえます。


・これから時代は変わる!! だから、乗り遅れないために・・・

・これから時代は変わる!! なので、いままでにはない行動をしないと・・・

・これから時代は変わる!! いまのうちに、こんな価値観を身につけないと・・・


こんな感じで、ほぼほぼどんな業界でもつかえるはず。人を操作しやすい言葉でもあるのです。だから、この手の発言にはどこかまゆつばで聞くくらいがちょうどよいのかと。

時代の変化をしみじみと感じている人は、もっと静かですって。その中で、できることをたんたんとして、時代にアジャストしていこうとしていますって。


時代が大きく変化するときには、アジテーター(扇動する人)もでてきやすいものです。だからこそ、自分の感情を激しくゆさぶるような言葉には、一歩距離を置く知性が求められるのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

May 1, 2020 | | Comments (0)