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2020.05.26

私にとっての「先生」とは何か?

 

『大人にとっての「先生」ってなんだろう?』という記事を前回のブログでアップしました。

 http://syatyodiary.cocolog-nifty.com/neta/2020/05/post-ae69fd.html

 

・出会ったあと、「運命的な必然」としか思えなくなるような人が「先生」

・「みんなと同じになりたい人間」の前には決して姿を現さない人が「先生」

 

 

といったことを、仏文学者の内田樹先生の本から引用させていただきました。

 

 

「先生とは何か?」に私が関心を持っているのには理由があります。

 

 

まずひとつは、私が先生を求めていること。そのためには、「先生の見極め方」を知らないといけません。過去に起きたカルト事件を持ち出すまでもなく、先生を見誤るととんでもない方向に連れていかれたり、エネルギーや時間を無駄に浪費する危険があるからです。

 

 

もうひとつは、自分が「先生」と呼ばれることがあること。それは、自分の言葉や伝えたことがどこかの誰かに影響を及ぼすことを意味します。その責任を全うするには、「先生としての美意識」のようなものをしっかり持っておきたいと思うからです。

 

 

それを踏まえて、「私にとっての先生とは何か?」を考えてみましょう。

 

 

すると、「知識がある=先生」「経験がある=先生」という具合に「先生としての条件」をひとつひとつあげていくことの困難さにぶつかります。

 

 

たとえば、「専門分野の知識がある。その道の経験も豊富である。話も巧みで面白い。」という「先生」がいるとしましょう。「先生としての条件」だけ見れば、立派に「先生」ですよね。

 

 

けど仮に、この「先生」が嘘ばかりついているとしましょう。もしくは、その場にいない第三者の陰口ばかり口にするような方だとしましょう。

 

 

それでもこの方を「先生」と師事していいものか、悪いものか・・・という問題がでてくるわけです。

 

 

こうしたやり方とは反対に、「先生だったらこういうことはしないだろう」を挙げていくと、「私にとっての先生は何か?」が逆に明確になるような気がします。

 

 

「やりたいことを見つけるには、やりたくないことを挙げていく」

 

 

・・・自己啓発の世界でよく聞かれるテクニックと同様の考え方ですね。

 

 

私にとっての先生は

 

 

◎他人に対して操作性がないこと

 

◎自分の意見や、他人への見立てに固着していないこと

 

◎他人のやること、口にすることにいちいち反応しないこと

 

◎ダブルバインドのメッセージを発信しないこと

 

◎その場の流れで、思ってもいないことを口にしないこと

 

◎一対一のコミュニケーションに、第三者を介在させようとしないこと

 

 

・・・こんなところでしょうかね。(もちろん、専門的な知識や情報はあるのは大前提です。)

 

 

「私にとっての先生とは何か?」を考えることは、「自分は人間としてどうありたいか?」を問うことにも通じるはず。

 

 

 

「あたらしい働き方」「あたらしい消費のあり方」「あたらしい人間関係のつくり方」がそこかしこで語られる今のような時期だからこそ、時間をとって考えてもいいテーマかもしれませんね。

 

 


 

 

 

May 26, 2020 in 人間の美意識について尊敬する人、または師匠筋 |

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