« September 2021 | Main | November 2021 »

2021.10.19

【備忘録】2021年9月の読書

 

20211019-121115

20211019-121131

 

最近の関心テーマは、キリスト教です。

 

「なぜ?」とか「どこが?」といわれると困るのですが、「アンフィニッシュドにしていた勉強テーマ」だったといえるかもしれないですね。

 

いつか勉強しよう、いつか勉強しようと思いつつ、どうしても後回しになっていたということです。ヨーロッパを旅していた時に「ああ、キリスト教がわかればなあ・・」と思ったことも一度や二度ではないですしね。

 

 

  • 『サラ金の歴史』(小島雇平著)

サラ金業の歴史を通して、「環境変化に陥ったとき起業はどう対応するか?」が学べる秀逸な本です。サラ金の経営者ってのは仕事の内容はともかくたくましく、頭がいいですね。

 

  • 『沈黙の力』

『悲しみの流儀』

『日本人にとってキリスト教とは何か?』(以上、若松英輔著)

今月は、若松先生の本をよく読みました。そこから派生して、若松先生がおススメする遠藤周作先生の本をひさしぶりに手に取りました。私この先生の「多く読むよりじっくり読む」って姿勢がとても好きです。速読って散々習いましたけど、ナンセンスだなと最近は思います。

 

 

  • 『聖書を読んだら哲学が分かった』(MARO著)

とてもいい本でした。トマス・アクイナスのキリスト教神学には、アリストテレスの哲学が土台になってますよね。そもそも、宗教と哲学って目指す世界が似ているような気も・・。

 

 

  • 『世界一ゆるい聖書入門』(上馬キリスト協会著)

入門者にはおススメですが、後述の山本先生の本の方が私は好きです。

 

 

  • 『バガヴァッドギーター3章』(スワミ・ダヤナンダ師)

英語の講義録の翻訳です。英語で読んでみたので、2か月ほどかかりました。ギーターの一詩節、一詩節ごと丁寧に解説してくださいます。3章はカルマ(行為の)ヨーガ。インド哲学を深めるにはお勧めです。

 

 

  • 『一人で生きる』(中野信子・荒川和久)

孤独担当大臣というのがイギリスにはいるらしいですね。そんなところから派生して、読んでみました。「孤独市場」ってのは将来、大きなビジネスになるかもしれないですね。アイデァがある人はぜひ。

 

 

  • 『コヘレトの言葉を読もう』(小友聡)

ここ最近の勉強テーマの一つが聖書。「なかなか分かりにくい」といわれコヘレトの入門ガイドです。

 

 

  • 『私にとって神とは』

『深い河』

『海と毒薬』

『沈黙』(以上、遠藤周作著)

キリスト教を勉強する流れで、遠藤周作先生の本をまとめて読みました。『深い河』は再読です。インドへ旅をしたくなります。バラナシにある安宿・クミコハウスがでてきているのもよいです。(わずかですけど)『沈黙』は映画にもなりましたね。映画と本と、衝撃が伝わってくる場所が違うように感じました。

 

 

  • 『キリスト教の核心を読む』(山本芳久著)

「キリスト教って何?」を示した本はたくさんあるけど、私が読んだ中ではぴか一の本です。著者は東大の先生で、キリスト教神学の研究家です。「分かりやすい」とはこういうことなのか・・・を感じさせる作品。めちゃ勉強になります。

 

 

  • 『沈黙』(TH・ナン著)

若松先生がおススメしているので読みました。仏教の有名な先生ですが、先生がまとめている他の本と代り映えしないような気がしました。まあ、教えというのはそんなものなのかもしれないですけど。。。

 

 

ビジネス書も何冊か手を出したのですが、どれもこれもビミョーな本でした。宗教や哲学の本に触れていると、どうしてもビジネス書の持つ「浅さ」とか「薄さ」みたいなのが気になるんですよね。

 

 

そもそも目的やテーマが違うことは承知しているのですが。。。

 

 

ともあれ、こんな一月でした。

 

 

 

 

 

October 19, 2021 | | Comments (0)

2021.10.14

言葉の限界が、世界の限界

 

「言葉の限界が、世界の限界」

 

 

これ、わたしがサンスクリットを習った先生の言葉です。

 

 

「サンスクリット語を習うということは、単に言葉を知るだけではない。世界の見え方を変えることなんだな・・・」と考えてもいなかった視点をいきなりもらいました。これ、私には衝撃でした。

 

 

もう一つ、この先生の言葉に「ブッダ(お釈迦様)の見ていた空の色をいつか見てみたい」というのもありましたね。

 

 

インドに行けば「お釈迦様ゆかりの地」というのはいまでもあるわけです。で、そこで数々の説法をした逸話も残っている。

 

 

じゃあ、インドに行って「ゆかりの地巡り」をしたらお釈迦様と同じ空が見えているか?というと、そうではないというわけですね。

 

 

令和の時代の、日本語という言葉を使う国民って視点からの「空の見え方」ができるだけで、「お釈迦様の見ていた空」とは全然別だろうという話でした。

 

 

言葉には、さまざまな概念やら思念やらがまとわりついているわけです。だからこそ、少ない言葉でコミュニケーションができるメリットもあるわけですが、物事を見たり、考えたりする際に「固着」が生まれてしまうデメリットもあるわけです。

 

 

自由にものをみているつもりでも、自由にものを考えているつもりでも、「日本語」って枠組みに束縛をされているということです。

 

 

自分が直面している悩みも、「日常的に使っている言葉(日本語)で考えているからこそ生まれる」なんてことがあるわけで、サンスクリット語に世界をみたら「悩む意味が分からないだけど・・・」なんてこともきっとあると思うのです。

 

 



 

October 14, 2021 in 感じたこと | | Comments (0)

2021.10.05

「新しい現実」がやってきた

 

 

うちの会社のHPが英語対応になりました。

 

20211005-121612

http://company.visionary-c.com

 

  

数年前から「いつかやらないと・・・」と思っていたのですが、ようやく海外に向けて情報発信の糸口ができたことになります。

 

 

いままでも、海外から突然メールがくることはままありました。たぶん、TwitterInstagramをきっかけにうちの会社を知って、メールを探してアクセスしてくるんでしょう。今後は、海外とのやりとりがもうちょっと戦略的に&頻繁になっていくと思います。

 

 

「いつか仕事をネタにして海外に行きたい」と創業時の事業計画書に書いていたのですが、ゆるゆると形になっている気がしていて、ありがたい限りです。

 

 

コロナ禍の前から兆しはみられていましたが、国をまたいだ「越境EC」(=海外にものを販売する)が、中小企業にもどんどんとオープンになってきていますね。

 

 

参入するためのハードルが日々刻々と低くなっているようです。同時に、海外から見たときの「日本語の壁」がどんどんと「ラクラクと超えられるもの」になりつつあるようです。

 

 

まさに、「新しい現実」がやってきている感じですね。

 

 

仕事をしていると、時々「新しい現実がやってくる時期」に巡り会うときがあります。で、そのチャンスを活かすと、仕事は一気に上向いていく。

 

 

この中小企業における「越境EC」って、そんな「新しい現実」なんじゃないかと私は思っていますよ。

 

 

ただもちろん、誰でも彼でもが「越境EC」でうまくいくわけがありません。

 

 

そこは、何のビジネスでもそうなんですが、「その事業を行うための条件が揃っているか、揃っていないか?」が大切なわけで。

 

 

この「条件」だけは、一朝一夕に揃えられるものではないとも思います。

 

 

「新しい現実」というチャンスは、誰にでも開かれている。

けど、実際には「条件」を準備してきたものにしか開かれていない

 

 

という世界なわけですね。ある意味では公平だし、ある意味ではシビアなものですね。ということで、今後、当社が行ってきた「準備」が十分であったか?独りよがりではなかったか?などが試されていくというわけです。

 

 

October 5, 2021 in 仕事のことについて | | Comments (0)