2015.04.23

『経営者の条件』P•Fドラッカー博士

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起業家は高校野球のようなもの。


甲子園で優勝するような超高校級から、県大会の一回戦敗退常連校まで玉石混交。同じ高校野球をやっていても、観ている未来は全然違うし、所属しているレイヤーはまったく違う。


「ビジネス書は経営するのに役に立たない」といわれるのは、きっとレイヤーが違ったものを読んでもピントこないから。世の中は県大会で四苦八苦している起業家が一番多いのに、「超高校級」が書いたビジネス書で溢れているしね(笑)


ドラッカー博士の著書は県大会クラスの起業家にも本質的な問いかけを投げかけてくれる。いつか起業したい、という方におススメ。「超高校級」が書いたものばかり読むと自身がなくなるからほどほどに(笑)

April 23, 2015 in 経営をするということ, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.04.22

人間関係が難しいんじゃなくて、「が(我)」の取扱が難しい

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会社を立ち上げて、人をいれる。


その人に居場所と役割をつくろうと、社長は一生懸命に任せる仕事を考える。


仕事が順調に推移していき、任された側のオリジナリティも発揮されてくる。


これで、万事オッケーなはずなのだが、両者のバランスが崩れるとそうはいかなくなるわけで。。。


社長は「私が与えた仕事」と、任された側は「私がつくってきた仕事」と思う。


大切なのは、お互いに「私が」の「が」をどこかにやってしまうこと。


人間関係が難しいのではなく、己の「が(我)」の取り扱いが難しいというだけのこと。


今のところ、ここは経営学ではなく哲学や心理学の範疇。経営学者、研究テーマたくさんね(笑)

↓↓以下、5〜6月で決定している予定です。


『日本の神様カード』講座 in名古屋 5月30日(土)


『日本の神様カード』講座 in広島 6月5日(土)


『日本の神様カード』ワークショップin京都 6月14日(日)※神様カード著者の大野百合子さんの講座です。私も参加!


神道学者•三橋健先生と訪ねる武蔵御嶽神社巡り 6月21日(日)〜22日(月)※神道学者の三橋先生と青梅の武蔵御嶽神社にまいります。私も参加!


April 22, 2015 in 人間の成長について, 人間の認知について, 人間関係に関すること, 経営をするということ | | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.04.21

起業家なら、できごとを徹底的に利用しよう

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起業家に必要なのは、できごとを徹底的に利用する力。


「いい」「わるい」をラベルを貼らず、官僚のごとく冷静に、「どうやってこのできごとを利用するか?」を淡々と考える。


そんな世界は取り放題のビュッフェのごとし。そこは、ポジティブシンキングじゃ垣間みれない、豊穣な世界。


「私は運がいい」ってポジティブな考え方も、所詮は「今の私にとって都合がいい」ってだけの話ってことがほとんどだろうしね。


『日本の神様カード』ワークショップin徳島、無事お開き。それにしても、取りすぎ(笑)


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以下、5〜6月で決定している予定です。


『日本の神様カード』講座 in名古屋 5月30日(土)


『日本の神様カード』講座 in広島 6月5日(土)


『日本の神様カード』ワークショップin京都 6月14日(日)※神様カード著者の大野百合子さんの講座です。私も参加!


神道学者•三橋健先生と訪ねる武蔵御嶽神社巡り 6月21日(日)〜22日(月)※神道学者の三橋先生と青梅の武蔵御嶽神社にまいります。私も参加!


April 21, 2015 in 仕事のことについて, 経営をするということ | | Comments (0) | TrackBack (0)

2014.10.20

11/15に 旅に関するお話しをさせていただきます

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26歳の時、会社を辞めてバックパッカーになりました。


中国の安宿にいった時に出会ったおっちゃんの旅人が、「イランからパキスタンに抜けるにはなあ〜」と若い旅人に語っているのを聞いて「かっこいい!」と思ったからです。


いつか自分も、訪れた国々のことを自分の言葉で語りたいと思うようになりました。

そうスイッチが入ると、このまま仕事を続けるという選択肢は、限りなくゼロに近づいていきました。このまま仕事をしていくことが、どこか恐怖にも似た感覚に思われてきました。


そうすると、世界は「会社を辞めて旅にでた方がいい!」のメッセージで一色になってきました(笑)


不思議なことがたくさんありました。思わぬ出会いもありました。新聞で報道されていることと違うこともありました。地球はでかい、大自然はスゴいと思いました。


「かっこいい!」と思ってはいった旅人の世界が、あんがいとそうでもないことも知りました(笑)


11/15(土)スピリチュアルと旅をテーマにしたイベントを原宿ですることになりました。
「スピリチュアルを仕事にするひとたちの ちょっと不思議なおはなし in 原宿占い館 塔里木(タリム)」


「自分を変える手段としての旅」、「自由自在な自分に近づくための旅」、「自分のハートからの思いに気づく手段としての旅」・・・


バックパッカーを卒業して16年あまり。「旅にでたって何にも変わらんよ」と思っている人ほど、ご参加いただきたいです。


あと、「スピリチュアルを仕事にされたい方」「スピリチュアルを仕事にしているが今ひとつマンネリな方」にとって何かしらの創発の場になりますように!

October 20, 2014 in 旅をすることについて、旅をかたること, 経営をするということ, 訪れた場所のこと | | Comments (0) | TrackBack (0)

2014.04.03

知らないうちに反知性主義に毒されていないだろうか?

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『ヤンキー化する日本』斉藤環


「行動してみなければ分からない」


確かにそれは、そう。


机上で考えるのと、現場で行動するのは確実にギャップが存在する。行動してみなければ、確かにこの世はわからないことだらけ。


でも、そこに「反知性主義に毒された自分」がいないかを自覚することは大事なこと。


「反知性主義」とは、じっくりと考えたり、情報を徹底的に集めたり、人の話をきいたり、歴史を調べたり・・・これらを「意味なきこと」としてしまう姿勢ですね。


敵と味方の戦力の違いを無視して無謀な戦争に突入した我が国の歴史を顧みるまでもなく、反知性主義はいたるところに蔓延するもの。


おそらく、知性主義を働かせると「見たくない現実」にぶちあたってしまうからなのでしょう。


例えば新しくビジネスをたちあげるとします。


そこで必要なのは、「気合い」でも「行動」でもないんです。まずは、徹底的な「知性」。自分がやっていくことに関して、知る(調べる)ことですね。


とかく、「知る」は「行動」に比べて地味。で、頭を使うし、しんどい作業です。(特に、起業を立ち上げるタイプの人は行動重視の人が多いでしょうし・・・)


「行動」には、なんとなくの「忙しい感」を伴います。心身が「オレはやってる感」に包まれます。


一方、「知る」には、「オレはなにやってるんだろ感」だとか「行動しなきゃヤバい感」がもたげたりします。


このじっくりと知性に向き合ってられないってそわそわした感覚が、知らずのうちに身につけている「ヤンキー化」した部分なのでしょう。


誰の心にもヤンキーはいる。これが僕の基本的な考え方だ。素直にヤンキースタイルを生きる者もいれば、嫌悪とともにそれを“否認”する者もいるだろう。しかし僕の見るところ、現代はヤンキー文化のエッセンスが、かつてないほど広く拡散した時代だ、むしろ自明すぎて見えなくなっているとすら言える。(P8)


著者のこの言葉、納得ですね。

April 3, 2014 in 人間の認知について, 仕事のことについて, 感じたこと, 経営をするということ | | Comments (0)

2014.03.11

自分の強みを活かせないのはなぜか?

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『創造する経営者』(P.F.ドラッカー/ダイヤモンド社)


「自分の強みを活かしましょう」


ビジネス書でよくいわれる言葉です。


けど、自分の強みを等身大で把握するのは案外と難しいもの。


だから、周囲からは「どう考えても強みじゃないだろ?」ってことに突っ込んで自滅するようなことがでてくるわけです。


なぜなんでしょうかね?


おそらくなのですが、潜在意識は「自分の弱み」をよく知っているわけです。不得意で、苦手で、それをやってもなかなかうまく行かない、ということを知っているわけです。


きっとどこかに、それらを「なきもの」にしてしまう心の働きがあるんでしょう。


あとは、「自分の強み」に居着けない心の働き。


「自分の強み」ってのは使命として与えられたものだし、耕せばそれなりに豊かになるはずなのに、「自分にはない強み」を追い求めてしまう心の働き(青い鳥症候群)が作動するんでしょう。


「自分の強み」ってのはどうも過不足なく把握するのが難しいようで・・・


だからこそドラッカー博士はことほどさように「強み」を口にするのでしょう。

March 11, 2014 in 仕事のことについて, 経営をするということ | | Comments (0) | TrackBack (0)

2014.02.17

「嫌なヤツ」を考える

「嫌なヤツ」は自分の投影、だから「嫌なのだ」。


って考え方があります。


「嫌なヤツ」を見ることで、自分が抑圧している「嫌な自分」が直面化される。


だから、無視したり、バトルしたり、陰口言ったりして人は心の平静を保とうとする。つまり、自分の中で抑圧していることに更なるフタをする。


そんな考え方があります。


けど、これってどれだけマインドで考えたところで腑に落ちないと思うのです。


だって、「嫌だから嫌なんだ」ってマインドはもはや感情の領域。それを凌駕するマインドは存在しにくいわけです。


冬場に入る風呂の気持ちよさを理屈で説明できないように、「アイツは嫌」を理屈で説明、理解できるわけがないわけです。


たぶん、人間における「嫌なヤツ」問題は、自分のスピリットに働きかけないといけないわけです。


「世界は愛と調和に満ちている」と考えると、「嫌なヤツ」の存在ってのはどう考えても説明がつかないわけです。


愛とは無縁な気がするし、調和とはまったく逆・・


なんで愛と調和に満ちている世界にこういう人が存在するのか?


この説明のつかない矛盾。ここは、たぶん自分たちの「エゴ」の部分なわけです。


何かを期待したり、何かを求めたりとする自分たちマインド(「エゴ」)の部分なわけです。


「エゴ」は社会の推進力になりますし、人間の活力の源でもあります。


そんな一方で、「エゴ」は「イタい大人」の種子のようなもの。「エゴ」の種子は他人からの承認欲求をエサにしてどんどんど肥大化していく危険性があります。


ここはうまく付き合う必要がありますね。


「嫌なヤツ」は、自分の「エゴ」を客観的に見せてくれる存在


マインドではなく、スピリットでそんなイメージをしてみてはどうでしょうかね?


フツーは「自分のエゴの部分を見せてくれてありがとう!!」なんて聖人君子みたいなマネはなかなかできないでしょう。


けど、マインドが「アイツは嫌」と支配されてる時は「敵」と思ってたヤツが、スピリットに働きかけるとちょっとだけいとおしくなる(?)瞬間があるから不思議です。


そう、それは人生を生きていく上での同志みたいな感情かもしれませんね。

February 17, 2014 in 人間の成長について, 人間の認知について, 人間関係に関すること, 経営をするということ | | Comments (0) | TrackBack (0)

2014.02.05

経営学についてちょっと考える

「大企業の役員と対等に経営の話ができる」


会社を創ったころ(2001年)、そんなことを思って経営の勉強をしました。


ポーターの「競争戦略」、ドラッカーの「企業の強み分析」「ユーザーのギャップ分析」、コリンズの「ビジョン経営」、日本発の「暗黙知経営」、当時流行していた「ゲリラマーケティング」・・・


で、それらはそれなりに自分の血肉になりました。成果に直結するものも確かにありました。


けど、いつからか経営学の語るところの経営ってのはどこかに違和感があるように感じてきました。


それは、「経営理論が現場で使えるわけないじゃん」という現場主義的な意味ではなくて、もっと根底レベルでの違和感ですね。


「なぜ、うちの会社が存在しているのか?」


経営学的にいうと、それは「ニーズがある商品(サービス)を他社よりも低価格か高付加価値で提供しているから」ということになるのでしょう。


けど、「なにゆえ、その商品(サービス)を提供するようになったか?」ということを考えてみるとき、ほとんどの経営学では「人間が主体的に考えて商品(サービス)を考えた」というスタンスにたっています。


けど、それだけじゃないと思うのですよね。


で、たぶん経営学ではこの「それだけじゃない」という部分を追っかけることができないのです。こまかな事情はわからないですが、学問として成立しないのかもしれませんね。


経営の世界には、「たまたま」だとか「想像もしていなかったけど」だとかいうことがよくあります。


で、優秀な経営者であればあるほどこれらをうまく活用している。ってか、「それらのできごとをうまくマネジメントしてるんじゃね?」とすら思える人だっているわけです。


たぶん、ここは「人間に与えられし使命」と「経営者の志」って話のような気がするんです。


「志あるところに、経営者としての使命がやってくる」って世界観。


おもしろいのは、「志がなくても、使命がやってくる」こともあれば、「志は強いけど、使命がやってこない」ってこともあること。


ここらへんの差配は関心がありますが、とうていワタクシなどには分かるわけもなく・・・。


ということで、「大企業の役員と対等に話ができる」からスタートしましたが、MBA的な話にはもはや関心がほとんどなく・・・(笑)


でも、ここらへんのことを「あーだ、こーだ」というあたりに自分の使命があるんじゃないか、という予感もあったりもするわけです。

February 5, 2014 in 人間の成長について, 仕事のことについて, 経営をするということ | | Comments (0) | TrackBack (0)

2014.01.31

リーダーに「幸せ」の哲学が必要になってきた

人は、誰しもが幸せになりたいわけです。


でも、「幸せ」というのはそれに焦点をあわせても求められないもので、「何かの結果」としてもたらされるものなようです。


では、「何か」をきちんと、正しく行うのであれば「幸せ」になるか?


という話になるのですが、それはわからないわけです。


それは、「きちんと」だとか「正しく」というのは極めて主観的な価値観だからです。


「ワタシは幸せになりたい」という思いが強すぎて、「きちんとやらねばならない、正しくやらねばならない」というのがエゴまみれになっていたら、たぶん「幸せ」は遠のくと思うのです。


「何か」をやって、その先の結果はお任せする


たぶん、古からの叡智は人間にそのような生き方をすすめています。


ポイントは、「何か」に「きちんと」だとか「正しく」だとかの判断を加えないこと。あとは、「結果」に執着をしないこと。


「因果の法則」は世の中に遍く広がっていると思いますが、「原因」と「結果」の関連性など人間の思考レベルで分かるものではありません。


だったら、「結果」に執着するエネルギーを、「原因」(行為)に向けることが大切なのだと思います。


「人はどうしたら幸せになれるか?」


宗教や哲学の専売特許(?)だったこのテーマ。今のリーダー層はこうした哲学を自分なりに持っていないといけないような時代感になってきたんじゃないでしょうかね。


だって、「仕事のやりがい」や「モノに囲まれた生活」には興味がない人がいるでしょうが、「自分自身の幸せ」に興味のない人はいませんからね。


特に、「幸せ」に今ひとつ脆弱感があるようないまの時代の中ではなおさらです。

January 31, 2014 in 仕事のことについて, 感じたこと, 経営をするということ | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.12.25

人前にでることをはばからず

親は親になることで親になっていく。


社長は社長になることで社長になっていく。


先生は先生になることで先生になっていく。


その立場に身を置いてはじめて学びがはじまります。


かくいう自分、会社やって13年経ちますが、社長って何かいまだによくわからん。感覚的には一回りしてきた感じですかね。


最初は知識も経験もないからシンプルで、それが複雑になっていって、で、シンプルに戻ってきた・・・


ただ、一回りしたといってもレイヤー(次元)は確実にあがっていて、社長って立場に身を置いた人間ならではの言語化できない何かは確実に自分の中にあるわけで。


その言語化できないものが、たぶん立場に身を置いた人間のみが受け取れる財産だと思うのです。


逆にいうと、立場に身を置かなければ、それらのものは絶対に獲得できないと思うのです。学びを深めたかったら、四の五の言わず「立場に身を置け!」ということですね。


今年はさまざまなご縁で、「人前にでる」ことが多かった一年でした。


「人前にでるなんておこがましい」ってずっと思っていましたが、「立場に身を置」かなければえられない経験ってありますね。心底思いました。


そう、親だって社長だって未完成なままで「親としての顔」「社長としての顔」をして毎日をいきているわけです。


で、喜怒哀楽、失敗や反省を重ねながら徐々に「親」や「社長」になっていくわけです。


人前にでる、ってのも同じようなものだと思うのですよね。


人前にでることをはばからず


来年はそんな思いで一年を過ごしていこうと思います。2013年もあと1週間ですね。

December 25, 2013 in 人間の成長について, 人間関係に関すること, 感じたこと, 経営をするということ | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.12.20

昨日は会社の飲み会でした

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「会社での飲み会」


プライベートな友達との会話の中では、けっこうマイナス的な意味合いで使われることが多いような気がします。


「ジムに行きたいけど、会社の飲み会があって行けない・・めんどうくさっ」とか、「会社の飲み会があるけど、テキトーにやり過ごして合流します」って感じですね。


会社ってものへの帰属意識が多様化した時代ですから、まあこんな考えはフツーにでてくるわけです。


「社長」という役割の自分は、飲み会を主催する側の人間ですから、この手の話を聞くのはなんともな気持ちなのですが(笑)


けど、日本に数百万の会社があって、その中でたまたま一つの会社に籍を置いて、たまたま同じ時期に働いたメンバーがいて、たまたまお互いの人生がシンクロした。


「会社の飲み会」はそんなメンバーが集まっている、と考えるとちょっと見え方が違ってこないかしら??


お互いの人生がシンクロしたから、喜びや共感や尊敬や感謝があるわけです。


お互いの人生がシンクロしたから、怒りや衝突や失望や落胆があるわけです。


いずれにしても、お互いの人生がシンクロしたことは人間の叡智を越えてるわけです。しょっちゅう飲み会があるのだったらいざしらず、たまに時間を共有するのはいいことだと思いますよ。


昨日は会社の忘年会。みなさん、今年もお疲れさまでした。

December 20, 2013 in 人間関係に関すること, 経営をするということ | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.12.10

自分がつくった組織に苦しめられる

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アップルの創業者・ジョブスの人生が映画になりました。


類いまれなきこだわりでアップルを一代で伝説の企業にするのですが、一時期は自分がつくった会社から追放されてしまいます。


まさに、「自分がつくった組織に苦しめられ」たわけです。

でも、これってそんなにめずらしいことじゃない気がするんです。


自分がつくった組織に苦しめられる、自分が生んだ子供に苦しめられる、自分が選んだパートナーに苦しめられる、自分が教えた生徒に苦しめられる・・・


場面場面は変われど、よく見聞きすることかなと。


ジョブスほどの人であってもこういうことが起こるわけです。


我が日本でも明治維新期の大人物・西郷隆盛だって自分が手がけた明治政府に苦しめられた事実があるわけです。


たぶん、人類が誕生したころよりこんなことを繰り返してきてるんですよ、人間は。


「自分が・・・」ってところの「が」(我)が存在するから、そこに固着がうまれる。そして、固着したものをコントロールしたい欲求がもたげてくる。


けど、世の中に存在するものはコントロールできるものの方が少ないから、結果的にコントロールできなくて機能不全を果たす。で、さまざまな障害、軋轢を生み出していく・・・。


ってことなんでしょうかね。


人間は使命を天から与えられている、と考えれば「自分が・・・」の「が」は 本来はいらないはず。


ただ、自分らは使命が与えられているということに絶対的な信頼を置くことができにくいから、「が」(我)を持つことでなんとか自分自身を守ろうとするわけです。


この辺は生き方の選択の問題ですから、「自分が」を持とうと持たまいと個人的にはどっちゃでもいいと思うのです。


けど、「自分が・・・」の「が」ってのは時に物事を生み出すエネルギーになりますが、ときに激しい固着を生み出すので要注意だと思います。


自分がつくった会社、自分が手がけてきた仕事、自分がつくってきた組織、自分がつくってきた歴史・・・


凡人には、「が」が頭をもたげそうなことばかりだ(笑)


これらが、天から与えられたものだと考えると、ことほどさように「自分が・・」を主張する根拠はないのでしょうけどね。


ジョブスは禅の本を読んでいたといいますが、生きる中で、経営する中でこの辺にぶちあたったんじゃないかな、と勝手に想像しています。


じゃなきゃ、禅の本なんか手に取らないだろうしね。性格的に友達にはなれそうもないけど(笑)この辺のセンスはいいですね。めちゃ上から目線ですが。。

December 10, 2013 in 人間が悩むということ, 人間の成長について, 仕事のことについて, 経営をするということ, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.12.05

どっかに市場の隙間はないだろうか??

「リアル店舗の書店を一から開業しようと思う」


そんな相談があったとします。まあ、フツーに考えて今の時代にありえませんね。


出版業界は15年以上マーケット縮小傾向だし、Amazonの力がどんどんと強くなっている現実もある。たとえ売れた本があったとしても、市場原理で売れる書店へと優先的に配本される現実もある。


人件費、店舗家賃を考えてもとても厳しい経営は目に見えます。


けど、市場にはどこか隙間があるわけです。既存の書店が手の届かないことが必ずどこかにあるわけで・・・そこに気がついて、具現化できれば書店業でも充分やっていけるわけなんです。(今の自分には思いつきませんが・・)


中小企業や独立開業を目指す人はここを攻めないといけないわけです。弱者の戦略の基本です。


で、市場の隙間が小さすぎると商売にならないし、大きすぎると大手企業が参入してくる。だから、「適度な市場規模の隙間」を探すのが基本。


よく、「この市場は大きくなるから参入する」なんて話がありますが、逆にいうとこれって「いつか大手企業が入ってくる」ということになるわけですね。


ネット通販も一時は誰でも参入することができましたが、今やAmazonや楽天の寡占状態に向かっていってますからね。(商店が大型店に駆逐された歴史をみれば、ある程度予想はできたことですが)


日本はサービスや商品が成熟していますが、まだまだ市場には「顧客が満たされていない隙間」があるんですよ。


これは、「どこかに元気のいい業界や仕事はないか?」という何かを探すってアプローチではないような気がするんです。


むしろ、「どこかに市場の隙間はないか?」って飽くなき問いかけを課していく研究者のような世界観だと思います。


当然、生みの苦しみは生じるでしょうが、参入障壁があるピカピカのビジネスモデルの誕生はここからしか生まれないんじゃないでしょうかね。


自分もそんなビジネスモデルを確立できますよう。

December 5, 2013 in 仕事のことについて, 経営をするということ | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.11.21

新しいビジネスの仕込みがはじまります

「この企画は斬新だ!」


・・・と息巻いても、たいがいどこかの誰かが同じようなことを考えているもの。


まあ、この社会にそうそう新しいものなど存在しませんわ。


自分は「アイデァを思いついたら日本人で30人は同じようなことを考えている」と思ってます。数字にまったく根拠はないのですがね。


だから「新しいビジネス」といっても、どこかの誰かが確実に似たようなことを考えているはず。


30人のうち15人は構想だけで終わり、10人は企画書だけで終わり、5人が具体化に向けて動いていく・・・みたいな世界観なんじゃないでしょうかね?


で、その5人がすべてビジネスとして軌道に乗せられるわけありません。


それを実現できるってのは、運なんでしょうかね、使命として与えられたってやつなんでしょうかね、よくわかりませんが・・・何かしらの選択が働いているような気がします。


とまれ、これから新しいビジネスの仕込みがはじまります。


恐怖や不安からくる防衛的な衝動でビジネスやるのは絶対にいただけませんが、このビジネスの根底に流れているのは、それとは反対の感覚ですね。


身体が、「これをやったら絶対にいい」といっています。


春までには形にしたいですね。

November 21, 2013 in 仕事のことについて, 経営をするということ | | Comments (2) | TrackBack (0)

2013.08.27

生みの苦しみ

ビジネスには「生みの苦しみ」を味わうときがあります。


そこは「うーん、うーん」とうなっているのが苦しいのではなくて、打つ打ち手が思うように成果に結びつかないから苦しいって世界観。うんうん唸っているだけなら、誰でもできるし。


打ち手がいつか花開くって確信を、信念にまで高めるのがリーダーの仕事。


この打ち手ってのは、どうも精神の自由度に比例して増えていくらしい。


人と会う余裕がある、遊びをにいける余裕がある、人の話を聞き入れる余裕がある・・・それらが打ち手の多様性をもたらすらしい。


生みの苦しみを味わっているとき、人は「生みの苦しみから脱出して、いい流れに乗っている人」をうらやんでしまいがちなもの。


けど、よーく考えるとそんな人だって人生のどこかの局面で生みの苦しみを味わっていた可能性があるということ。


あとは、「いい流れに乗っている人」というのも果たして事実かどうかわからないということ。


外的な世界は人間の心の投影だから、この手の話はよくあること。


旅をしていた頃、社会人として活躍する同年代の仲間がすんごくいい仕事をしているように見えた。


でも、それは今思えば「見えた」ってだけであって、現実ではなかったのよね。きっと。


20代後半の自分は無職。まさに、「生みの苦しみ」の渦中でした。


おそらく、自分に見える世界に翻弄されない勇気も「生みの苦しみ」の時期には必要なのでしょう。

August 27, 2013 in 人間が悩むということ, 仕事のことについて, 感じたこと, 経営をするということ | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.06.12

「自分の生活感の感想」と自分の意見ってのは違うと思うんだよね

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かつて、「ミクシィ」は一世を風靡しましたね。


新聞に載っていた野村総研の調査によると2300万人が使用経験あり、だとか。


この会社が上場した頃は「ミクシィは盤石なビジネスモデルだ」と自分は思ったものです。


だって、スイッチングコスト(マイミクって存在がいるので、ユーザーが他の同種サービスに変えにくい)が高いですし、日本語ってのが海外のSNS業者にとってはかなりの参入障壁になると思ったし。


ただ、結論からいうとここはフェースブックがキラ星のごとくやってきて市場を奪ってしまいましたね。


心理的なスイッチングコストはあるものの、ユーザーはツイッターやフェースブックを同時並行で使いはじめたわけです。


で、「日本語ゆえの優位性」ってのは海外IT事業者にとっては参入障壁にならなかったというわけです。


さて、ミクシィの社長が変わったようですね。


自分の感覚からいうと、ミクシィを復活させるって仕事はすんごく難しい仕事に思えるわけです。


少なくとも、自分の回りではミクシィ狂想曲(?)の頃のような感覚であのサイトに向かっている人は少なくなっている。で、970万人がすでに退会(あるいは幽霊会員)なんてデータをみると「難しいなあ」という思いを強くするわけです。


でも、今朝の新聞を読んでいて思ったのですがまだ1000万人がユーザーとして活動しているそうなんです。


1000万人って•••スゴい。それを聞くと、「へええ〜まだまだビジネスはいくらでも展開できるじゃん」とか思うわけです。


何が書きたいか。


自分らは自分をとりまく生活感から物事を判断しています。そこが、すべての認知のスタートになります。


けど、そんな生活感ってのは非常に小さなものであって大局的な観点からいうと虫けらみたいに小さかったりするわけです。


仕事をしていると「自分の生活感及びそのちょっと周辺」からしか物事を見ることができない人ってのがいます。


けど、自分の生活感なんてのは世の中のスタンダーとでは当然ないわけですし、そこに固着するのもバカげた話なのです。


「自分の生活感からだけの感想」ってのを「自分の意見」なんて思っている人は世の中にゴマンといるでしょう。


物事を考えるにあたり、「自分の生活感」からスタートするのは自然でしょう。けど、仕事の場合はそこからレイヤーをあげたり、範囲を広げていくことが必要なのです。


ここは、想像力だとか自分を打破する力とかの世界です。


ホワイトカラーがホワイトカラーの仕事をしているゆえんはこの辺につきると思うのだけどね。


という自分も、自分の生活感だけからミクシィって会社を見ていました(自分は幽霊会員で6年くらい日記を書いてません)が、今日の『日経MJ』みるとすごいリソースをもっている会社ですね。


日本人としては、海外発のフェースブックではなく、ぜひミクシィに頑張ってもらいたいものです。

June 12, 2013 in 経営をするということ | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.06.04

やれるけど、やらない

やれるけど、やらない


オーナー社長であれば、会社の経費を比較的自由に使えます。親族が役人になって働いてもいないのに給料を出すこともできます(もちろん、違反です)


社員の給料から天引きした社会保険料を資金繰りに使うことも理屈上は可能になったりもします。


出社時間だって自由にできるし、休みたい時には休める。


意のままにならない人間を(意のままにならない、という理由だけで)配置転換することもできるでしょうし、シンパ(?)だけで近くを固めて派閥(もしくはそれに類するもの)をつくることもできる•••


その他、やろうと思えばできることはいろいろとあります。


けど、権力(社長という仕事は一つの権力です)を持たされた人間は「本当にその権力を持つにふさわしいかどうか?」を試されるような気がするんです。


だから、「やれるけど、やらない」という美意識が必要になってくるのです。でないと、裸の王様になってしまいますしね。行き着く先は•••イタい大人です。


人間は都合よく自分の認知を書き換えるのが得意な生き物ですから、美意識をずっと持ち続けるのは案外と大変です。どんどんと解釈が拡大されたり、緩和されたり、合理化していきますからね。


だから、ここは時間戦略。時間をかけて習慣化していく必要があるのでしょう。


仕事の美意識ってのは、たぶん「損得」「効率」「快楽」とは一種対極にある世界観なのです。


逆をいうと、「損得」「効率」「快楽」がでてくる局面では仕事の美意識が試されているということになるのかな、とも。


いうはやすく、行うは難し••• だからこそ、くどいですが時間戦略なのでしょう。

June 4, 2013 in 人間の美意識について, 経営をするということ | | Comments (2) | TrackBack (0)

2013.04.23

企業がグローバル化するということ

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「賃金が世界水準に平準化していく」


これは、世の中の流れをみていれば当然の方向性。


新聞を毎日丹念に読んでいれば、そこかしこにその萌芽がみられますね。


企業が大きく舵を切るにはまだまだ賛否両論も多いだろう中で、ユニクロが思い切りましたね。


個人的に知っているわけではないので、メディアからの情報の範囲ですが、経営者としてユニクロの柳井会長は優秀な方だと思います。


決断力や思い切りの良さがありますし、お客様目線もきちんとある。商品に対してのこだわりも、ブランドを確立させるって視点も、サプライチェーンの確立の巧みさも•••


どれもこれも、経営学のケーススタディーにとりあげられるようなものばかり。


でも、最近は「成長って呪縛にとりつかれていないかな」とか感じるわけです。


尖閣諸島の問題では政治に近い発言が目につきましたし、今回のインタビューでもこんな発言がありました。


「グローバル化は、Grow or Die(成長か、さもなければ死か)という時代。正社員でいる以上、効率をあげ、がんばってもらわないと生き残っていけない」


でも、「成長か死か?」って緊張した局面が続く中でずっと戦えるビジネスマンってどれだけいるんでしょう?と(少なくとも自分は無理です)


そもそも、「グローバル化=Grow or Die」って柳井会長の見立て(超白黒思考ですね)が正しいのかどうか?と


自分は20代の後半を住宅メーカーで働いていました。朝の8時に出社して、夜中の12時まで働きました。むろん、残業代は無縁の世界です。


毎日提出する報告書をまとめるだけでも、1時間半以上かかりました。で、その後、指導だとかロールプレイングが夜中まで続きました。


500人くらいの会社の、10人ほどの地方事務所でしたが毎月何人か辞めていきました。「退職します」と口にすると、その日(その瞬間?)が退社日でした。で、毎日のように面接をしていました。


上司の口にする「これはお前らのためだぞ」「自分の生活を豊かにしたいだろ」という大義の中で日々を過ごしました。


人間、そういわれて反論できる人はほとんどいませんよね。歴史を振り返るまでもなく、大義ってのは人に反論をさせない強さを持つんです。


この時の経験がベースにあるのでしょうかね?


自分は、正義ってのはやっかいなものだと思っています。それは、意識的にも無意識的にも、いくばくかの押しつけを生み出しますからね。


正義が大事なのは義務教育のクラス運営レベルまでであって、社会人になったら過度の正義は自分自身の心の投影ととらえるのが正常だと思うのです。


ユニクロの賃金のニュースを読んで、こんなことを考えました。


日本を代表する超国際企業ですから頑張って欲しいですけど、その陰で昔の自分のような人がたくさんいるとしたら成長もちょっと考えものかな、とも思います。

April 23, 2013 in 仕事のことについて, 経営をするということ | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.04.10

人は思うようにならない。ってか自分も

自分はゴルフをたまーにします。


が、身体がまったく思い通りに動きません。


ダンスのレッスンにもでます。


が、ボディウェーブがなかかなかうまくできません。


「他人は思うようにならん」と仕事をしていれば誰でも直面することがあると思うのですが、「自分自身だって思うようにならん」わけです。


耳をピクピクと動かすことができませんし、「ピンク色の像を考えるな」と念じてもピンク色の像が思い浮かぶし、連日の飲酒は身体によくないと分かっていても毎日の酒は止められない•••


つまり、アンコントロールにあるのは自分とて一緒なのです。


他人に対して「何回いってもわかんねえなあ」とか「いい加減に気がつけよ」とか思うことはままあります。


それが仕事の役割ですから当然ですね。


けど、人間は思うままにならいのは自分だって他人だって一緒なのですね。


そんな自分でも、ゴルフでたまーに快心の一打がありますし、ダンスも「今日はなぜか身体の調子がバツグンによくて動ける」なんて日もあります。


思い通りに動くタイミング、瞬間てやつがあるんですね。


同時に、他人にも「おっ、めずらしく今日は聞き耳持っているな」って瞬間があります。


たぶん、このタイミングをつかまえられるかどうか、ってのが大事なのでしょうね。

April 10, 2013 in 人間関係に関すること, 経営をするということ | | Comments (2) | TrackBack (0)