2015.01.26

旅先で知り合った人を信頼できなくなる、という怖さ

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ハノイ(ベトナム)


「見ず知らずの街に夜遅くに到着して、そこから宿を探す」


•••長旅をしてるとそんなことがままあります。


で、土地勘がないですからタクシーやリキシャ(人力車)を頼みます。


けど、それらの運転手がみな「善人」かどうかわかりません。


ここは、直感だけが頼り。


「知り合いのホテルに連れ込んでバックマージンをもらってやれ!」というドライバーならまだましも、そのままとんでもない無関係なところに連れて行かれることもあったりします。


かつて訪れた某国のある安宿に、「missing」(行方不明者)のちらしがたくさん貼ってありました。その数、20枚以上。。。。国籍を問わず、同世代の人が行方不明になってるんですね。もちろん、日本人も。。。


日本から遠く離れた国そんなちらしを見ると、旅を続けるのが怖くなりました。背筋が凍る、というのはあんな思いをいうのでしょう。親御さんがちらしを貼りにこられた、なんて話も聞きましたし。なんともやるせないです。


さて、最近の中東のニュースを見てて、私はその頃と同じような恐怖を感じました。そして、多くの人が感じであろう憤りなどの感情と一緒に


旅にでるのが怖くなる、という怖さ


旅先で知り合った人を信頼できなくなる、という怖さ


そんな思いも同時に感じました。


ワタクシは海外でいろいろな人にお世話になりました。


だから、日本にきた外国の人にはちょっとでもお礼返しがしたくて、街中で困ってそうな外国の方がいたら不細工な英語で語りかけるようにしるんです。


けど、「日本で海外の人が殺された」なんて事件が起こると、こちらから声をかけても「No problem!」とスルーされることがあからさまに増えるんですよね・・・。


千葉県でイギリス人女性が殺害された報道があった直後は、こちらから話かけても逃げるように行ってしまう海外の方の多かったこと。。。


せっかく日本に来ていただいているのに。。。。。少なくとも、こちらは「悪人」ではないのに。。。


今回の事態をきっかけに、彼の国の人々と、私たち日本人と、旅先で出会った人の心が分断されていくとしたら悲しいです。


そして、「海外にいくのは怖い」というマインドが醸成されるとしたら残念です。


事態の解決がかけがえある命の犠牲なく進みますよう。


そして、旅に出る人、旅に来る人•••それぞれの心が分断されませんよう。

January 26, 2015 in 旅をすることについて、旅をかたること, 運だとか実力だとかについて | | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.01.07

世界は不思議で人知を超えたことに満ちている

ミャンマーで絶対的な人気を誇る ターマニャー•サヤドー。日本からヤンゴン経由で数日かけて謁見しにいった21世紀のはじまり。


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アウンサン•スーチー女史が軟禁から解放されてまっさきに会いにいかれた、という高僧。ミャンマー人のターマニャー•サヤドーに関する話は驚く話の連続。そんな方に日本から来た一介の旅行者が食事をご一緒して、質問までできたのだから摩訶不思議。


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「世の中には不思議なことがたくさんあって、人知を超えた存在がいるんだな•••」と思っていたこの頃の好奇心を、ふたたび奮い立たせるようなイベント、まもなく行われます。


『レッツ!タロット』DVD発売記念
キャメレオン竹田 新春トークイベント
~『ムー』編集長と不思議で怪しい話をしたり、2015年の行方を占ったり、運気UPの方法を教えたりするよ! in 東京


イベント概要はこちらから


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【第一部:キャメレオン的2015年の過ごしキャタ】
2015年はどんな1年なのか、どうすればより良い1年になるのか…『レッツ!タロット』を使って2015年を占います。参加者の中から抽選で、その場で公開鑑定もしちゃうよ!


【第二部:新春 摩キャ不思議対談】
明るくかわいいキャメレオン竹田さん、実は不思議なことが大好き。
そこで、月刊『ムー』の三上丈晴編集長との怪しくて不思議な対談が実現!

・フリーメイソンに加入するにはどうしたらいいの?
・本当に効果のあるパワースポットってあるの?
・火星でも占いってあるの?
・UFOを必ず見られる場所や方法は?
・永遠の命を保つ研究はどこまですすんでいるの?
・世界情勢の裏にうごめくものの正体って?

…などなど、あなたが日頃気になっていた謎や、今まで知らなかった驚きの真実が聞けるきゃも!?


【第三部:運を引き寄せる!キャメレオン竹田がしていること】
占い師としての活動を始めて7年で14冊の書籍を執筆、ついにフルデッキのタロットカードまで出版したキャメレオン竹田さん。現在も各方面からオファーが相次いでいますが、「運を引き寄せるために、キャメレオン竹田さんが行っていること」をテーマに、実際に仕事をしたことのある関係者との対談からその秘訣を探ります。新しい年のスタートにぴったりのトークです。


◉日時
2015年1月17日(土)
14:00〜16:30


◉会場
Seven.
〒150-0013 東京都渋谷区恵比寿1-22-20 恵比寿幸和ビル7F
TEL 03-5798-7727
JR恵比寿駅東口より徒歩4分、東京メトロ日比谷線恵比寿駅1番出口より徒歩7分

January 7, 2015 in 旅をすることについて、旅をかたること, 訪れた場所のこと | | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.01.06

「挑戦」なのか?それとも「愚行」なのか?

26歳で会社を辞めて長旅にでました。

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ラサのポタラ宮(チベット)


それが、「将来を考えない愚かな行動」だったのか、それとも「恐れを知らない若きチャレンジ精神」だったのか、いまだによくわからない自分がいるわけです。


ちょうどそれは、タロットカードの0番(愚者)のようなもの。「挑戦」と「愚行」のカード。


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旅にでようがでまいが、どっちの人生を選んでもよかったわけです。どうせ、我が人生を肯定し続けながら生きてきたはずですし(笑)


けど、人間は防衛するのが大好きな生き物ですから、「進むのに勇気がいる方」を選ぶことが大事なような気がするのです。


2月21日(土)『マカロンタロット』書籍出版記念イベント(講師:加藤マカロン&ラクシュミー)でそんなお話しをさせていただきます。


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『マカロンタロット』(2011年発売)


主催のアルカノンセミナーズさんのHPはこちらから


ちなみに、わたしのバースタロットはこの「愚者」らしいです。無邪気に挑戦を続ける宿命なようですね。ありがたや。。。。

January 6, 2015 in オラクルカード&タロットカード, 人間が悩むということ, 旅をすることについて、旅をかたること | | Comments (0) | TrackBack (0)

神道学者 三橋健先生といく台湾ツアーがきまりました

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日本統治下の台湾にはいくつもの神社があったそうです。


戦後の神社廃止の流れを受けて、最も重要な神社であった台湾神社は圓山大飯店(ホテル)に、他の神社も図書館だったり美術館として接収されたようです。


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台湾神社の狛犬は近くの公園の入り口に移動され、単なる町のオブジェとして置かれています。案内看板も何一つないので、おそらく誰も足を止めないでしょうね。


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親日的といわれる台湾ですら、戦後の混乱期にこのようなことがあって、今でもそのままになっているという現状があるようです。


このたび、その台湾に神道博士の三橋健先生(元國學院大学神道文化学部)といくツアーが決まりました。


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先生が神道部門を監修された「世界宗教博物館」や「霊的なものを感じる神聖な場所です」といわれる霊鷲山無生道場などを3泊4日で訪れます。


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「神様とは?」「信仰とは?」「私達の使命と役割とは?」•••週刊『日本の神社』(ディアゴステーニ社より通算100号発行予定)の監修で多忙な先生を、海外にまでおつれしてさまざまな質問をしていただけるまたとない機会です。


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日本と台湾、国境なき信仰心を感じる旅。「既存の台湾旅行に飽き足らない方」、「神道の学びを深めたい方」、「聖なる場所を訪れるのが好きな方」におすすめの企画です。


お申し込み開始いたしました。
ヴィジョナリーカンパニー チケット受付センター

以下、お申し込みHPからの実施概要です。

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内容
三橋健先生と一緒に訪れることのできる、台湾台北の貴重な旅。観光とは「光を観る」という意味です。霊性を携えて生まれてきた私たちは、真実の姿に目覚める必要があり、人生において、言葉、行い、全てに神を感じ光を観て心豊かに生きることができます。この度、三橋先生が顧問をされた愛と平和をテーマとする「世界宗教博物館」、霊的なものを感じる最高の地ですとおっしゃる「霊鷲山無生道場」、通常ではなかなか足を運べない「北港朝天宮」という三つの大きな訪問場所へ足を運びます。ぜひ三橋健先生と美味しい食事を楽しみ、台湾と日本の想いはひとつといわれる国境なき信仰心を、旅をしながら感じてみませんか。


行程予定:
1日目:成田〜台北
2日目:霊鷲山無生道場、世界宗教博物館
3日目:北港朝天宮(往復新幹線利用)
※2日目と3日目のスケジュールは入れ替わる可能性があります
4日目:台北〜成田
往路:成田発 正午頃の便を予定
復路:成田着 夕方頃の便を予定
※往復とも成田発着予定です
※宿泊は三ツ星クラスのホテルを予定(朝食付き)
※最終日の夜、三橋先生も含めたパーティーを開催いたします
※天候、現地事情等にて行程が変更になる場合があります


訪問場所のみどころ

【世界宗教博物館】
台北市の南、新店溪の東にあり、三橋先生が顧問をされている「世界宗教博物館」は、2001年11月、霊鷲山無生道場の創始者である心道法師の発案によって創設されました。博物館の所蔵資料と展示活動、催し物や研究、出版などを通し、宗教というものの持つ力を感じ取り、世界の諸宗教についての認識を共有し、それぞれの宗教の特徴を知ることを目的としています。また、世界の主要な宗教が発展させてきた芸術表現や文献や経典、音楽、宗教儀礼や特色ある建築などを鑑賞することで、個人的あるいは文化的に、新たな経験の扉を開くことができることでしょう。
住所:台北県(現新北市)永和市中山路一段236号7F

電話:(02)8231-6699
時間:火曜日~日曜日の10:00〜17:00
閉館日:毎週月曜日
入場料:150元
HP:http://www.mwr.org.tw

交通:MRT頂渓駅から徒歩約15分


【霊鷲山無生道場】
三橋健先生が「霊的なものを感じる最高の地です」とおっしゃる霊鷲山無生道場は、福隆南方郊外の荖蘭山山腹に位置します。ここからは福隆海岸や太平洋を眺められるほか、近くには鼻頭角や三貂角の美しい景色を眺められます。道場の周囲は山々に囲まれ、正面は大海に隣接しています。現在の台湾で活動する仏教宗派の主なものとして、次の5座・9派があり(法鼓山 佛光山 慈済基金会 中台山 霊鷲山)、今回訪問する霊鷲山佛教教団は、東日本大震災の際に義援活動を行なってくれたことでも知られています。この度三橋先生より、靈鷲山仏教教団を訪問し、教祖の心道法師への拝謁をご希望されたことから、現在交渉中です。
HP:http://www.necoast-nsa.gov.tw/user/article.aspx?Lang=3&SNo=04000474


【北港朝天宮】
北港朝天宮は、台湾雲林県北港鎮に位置する寺院で北港媽祖廟ともいい、台湾の媽祖廟の総本山といわれているところで、この度、三橋先生が是非とも訪れたいとのご希望から、台北から往復新幹線を利用して訪れます。媽祖(まそ)は、航海・漁業の守護神として、中国沿海部を中心に信仰を集める道教の女神。台湾・福建省・潮州で特に強い信仰を集め、日本でもオトタチバナヒメ信仰と混淆しつつ広まりました。媽祖は宋代に実在した官吏の娘、黙娘が神となったものであるとされています。黙娘は建隆元年(960年)、福建省興化府の官吏林愿の7女として生まれました。幼少の頃から才気煥発で信仰心も篤く、16歳の頃に神通力を得て村人の病を治すなどの奇跡を起こし「通賢霊女」と呼ばれ崇められましたが、28歳の時に父が海難に遭い行方知れずとなり、これに悲嘆した黙娘は旅立ち、その後、峨嵋山の山頂で仙人に誘われ神となったという伝承が伝わっています。
住所:雲林県北港鎮中山路178号 TEL(05)783-2055
HP:http://www.matsu.org.tw/indexJ.aspx


日時
2015年3月19日(木)〜22日(日)3泊4日
※往復共に成田発着予定です


行程予定
1日目:成田〜台北
2日目:霊鷲山無生道場、世界宗教博物館
3日目:北港朝天宮(往復新幹線利用)
※2日目と3日目のスケジュールは入れ替わる可能性があります
4日目:台北〜成田
往路:日本航空805便(11:15〜14:35)
復路:日本航空804便(13:20〜17:20) ※往復とも成田発着
※天候、現地事情等にて行程が変更になる場合があります。


料金
220,000円(税込)


※こちらのツアーの主催は株式会社ヴィジョナリー・カンパニーですが、旅行取扱は株式会社サンパシフィックとなります。

株式会社サンパシフィック 
埼玉県知事登録旅行業第3-1008号
〒338-0013
埼玉県さいたま市中央区鈴谷4-19-9
TEL:048-853-7411

講師紹介
三橋健先生
1939年、石川県金沢市生まれ。國學院大学大学院博士課程修了。神道学博士。 1971年から3年間ポルトガルのコインブラ大学へ留学。元國學院大學大学神道文化学部教授、同大学院教授を経て定年退官。現在、日本の神道文化研究会主宰。『かぐや姫の罪』(新人物往来社)『伊勢神宮 日本人は何を祈ってきたのか』(朝日新書)『神社の由来がわかる小事典』(PHP)『伊勢神宮と出雲大社のすべて』(学研)など著書多数。 『日本の神様カード』『日本の神託カード』(株式会社ヴィジョナリー・カンパニー)の監修をつとめる。


その他
食事は朝のみ料金に含まれております(最終夜のみパーティー開催のため夕食付き)。
お申し込み後、詳細をご連絡いたします。
こちらのツアーの主催は株式会社ヴィジョナリー・カンパニーですが、旅行取扱は株式会社サンパシフィックとなります。
株式会社サンパシフィック  埼玉県知事登録旅行業第3-1008号
〒338-0013 埼玉県さいたま市中央区鈴谷4-19-9
TEL:048-853-7411


January 6, 2015 in 旅をすることについて、旅をかたること | | Comments (0) | TrackBack (0)

2014.12.26

旅をしていたときの日記がでてきました

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断捨離していたら長旅をしていたときの日記がでてきた。


「食べたものの金額」、「知り合った人の住所」などにまぎれて、「日本に帰ってからの借金返済計画」とあったのが妙にリアル。


心は自由、けど、常にお金のことが頭にあった27歳の頃。写真はインドのバラナシ。髪がふさふさ(笑)

December 26, 2014 in 旅をすることについて、旅をかたること | | Comments (0) | TrackBack (0)

2014.11.21

旅と仕事についての対談です(映像あり)

「スピリチュアルを仕事にする人たちのちょっぴり不思議でちょっぴりまじめなお話し」(タイトル長っ!)


先週、原宿の老舗占い館 塔里木(タリム)さんで行われたこの企画の模様がyoutubeにアップされました。


動画はここから


パワースポットツアーを催行する旅行会社社長の大村さん、イベント企画&コーディネートで活躍される高島さんとの対談です。

November 21, 2014 in オラクルカード&タロットカード, 旅をすることについて、旅をかたること, 訪れた場所のこと | | Comments (0) | TrackBack (0)

2014.11.07

「自らの固定観念を壊すための手段」としての旅

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26歳でドロップアウトして海外に旅にでました。急行電車から各駅停車に一気に乗り換えたような感覚でした。


社会人として忙しくしている時には見えなかった現実があって、旅をしなければ絶対に出会えないような人との出会いがありました。


「旅をして何か変わるのか?」・・・


多感な10代のうちでしたらガンジス河で浮かぶ死体などをみて、「何かが変わる」なんてことはあるでしょう。けど、ある程度成熟した大人であれば「劇的」になんてことはそうそうあるわけではないわけです。


けど、成熟した大人ならではの「旅」というものも存在すると思うわけです。自分の固定観念、自分の信条、自分の価値観・・・そんなものを日々壊して再生していく「常若(とこわか)の旅」というものがあると思うわけです。


「自分の価値観を壊していく手段としての旅」を提唱するワタクシが、11月15日(土)「旅」についてお話しさせていただきます。


スピリチュアルを仕事にするひとたちの ちょっぴり不思議でちょっぴりまじめなおはなし in 原宿占い館塔里木


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今思うと、いまやってる仕事と18年前に旅にでたことは確実に結びついていると思うわけですね。あなふしぎ。


November 7, 2014 in 旅をすることについて、旅をかたること | | Comments (0) | TrackBack (0)

2014.10.20

11/15に 旅に関するお話しをさせていただきます

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26歳の時、会社を辞めてバックパッカーになりました。


中国の安宿にいった時に出会ったおっちゃんの旅人が、「イランからパキスタンに抜けるにはなあ〜」と若い旅人に語っているのを聞いて「かっこいい!」と思ったからです。


いつか自分も、訪れた国々のことを自分の言葉で語りたいと思うようになりました。

そうスイッチが入ると、このまま仕事を続けるという選択肢は、限りなくゼロに近づいていきました。このまま仕事をしていくことが、どこか恐怖にも似た感覚に思われてきました。


そうすると、世界は「会社を辞めて旅にでた方がいい!」のメッセージで一色になってきました(笑)


不思議なことがたくさんありました。思わぬ出会いもありました。新聞で報道されていることと違うこともありました。地球はでかい、大自然はスゴいと思いました。


「かっこいい!」と思ってはいった旅人の世界が、あんがいとそうでもないことも知りました(笑)


11/15(土)スピリチュアルと旅をテーマにしたイベントを原宿ですることになりました。
「スピリチュアルを仕事にするひとたちの ちょっと不思議なおはなし in 原宿占い館 塔里木(タリム)」


「自分を変える手段としての旅」、「自由自在な自分に近づくための旅」、「自分のハートからの思いに気づく手段としての旅」・・・


バックパッカーを卒業して16年あまり。「旅にでたって何にも変わらんよ」と思っている人ほど、ご参加いただきたいです。


あと、「スピリチュアルを仕事にされたい方」「スピリチュアルを仕事にしているが今ひとつマンネリな方」にとって何かしらの創発の場になりますように!

October 20, 2014 in 旅をすることについて、旅をかたること, 経営をするということ, 訪れた場所のこと | | Comments (0) | TrackBack (0)

2014.09.27

世界の聖者を訪ねていたころの話

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ロンポークン猊下

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ターマニャー猊下


長旅をしていた1997年頃、聖者グッズがマイブームでした。


ミャンマーで、タイで、チベットで、ネパールで・・・現地で発売されているお坊さんや宗教者のグッズに心奪われました。


インテリアとしてお洒落ではないですし、実用的でもまったくない。長旅をしていたので、荷物は少しでも軽くしたい・・・


けど、旅をしていくうちにどんどんと増えていきました。


で、旅を続けていくと、これらの聖者に謁見できる可能性があることが分かりました。


インターネットの超黎明期、ガイドブックにだって一切載っていない中で頼りになるのは人からの情報だけ。


「この方はどこにいらっしゃるか知ってるか?」と現地の人に聞いて回ると、どんどんと謎(?)がひもとかれていきます。


そして、不思議な不思議な関連情報もどんどん集まってきます。


「このお坊さんは空を飛ぶんだ!」「この方に謁見する日は雨が絶対に降らない!」「テレポーテーションをするんだ!」「いま、200歳らしい!」「この方がいるだけで汚い水が浄化されるんだ」・・・


それはそれは、「不思議なものを見てみてたい」という旅人心をいたく刺激するいとなみでした。


タイではロンポークン猊下、ミャンマーではターマニャー猊下、インドではダライラマ猊下・・・


ある方からはハンドパワーなるエネルギーをいただき、ある方からは「一つだけ質問してもいい」といわれ、ある方からは食事をご一緒させていただき、ある方からは特別なプレゼント(お札)をいただき・・・


どこでも大歓迎でした。


まあ、ダライラマ猊下以外は日本からやってくる人なんかほとんどいないから当然でしょうが。。。。


「スピリチュアル」だとか「パワースポット」だとかの言葉も浸透していないような時代。一体、当時の自分は何をしようとしていたんでしょうかね?(笑)


先日、自宅玄関に飾ってあるロンポークン猊下の置物とふと目があったので書いてみました。


記憶ではこのお坊さん、タイのナコンラチャシーマーという街から車で2時間ほどのワットバーンライというお寺にいらっしゃいました。商売繁盛のお坊さんとして人気が絶大でした。


謁見した時に私に向かって一言なにか口にされたのですが、言葉がまったくわからず。。。。


今となっては確認するすべはないですが、あのときのお言葉が何だったか妙に気になってきました(笑)たぶん、未来を暗示させる言葉だったのだろうなあ。。。

September 27, 2014 in 旅をすることについて、旅をかたること, 精神的なこと, 訪れた場所のこと | | Comments (0)

2014.05.21

ミャンマーで「これからどうしたらいいか?」を思ってみた

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「自分はこれからどうしたらいいのだろう?」


こないだ訪れたミャンマー旅行の最終日。2時間ほど時間があったのでこんな質問をしてパゴダで瞑想してみる。


「ってか、めちゃ抽象的な質問だよな・・・」


と自己突っ込みをいれながら座ること数分・・・。なぜか、次々と知っている人の顔が頭をよぎる。


創業時からお世話になっているお客さんやコンサルタント。うちの社員やお世話になった著者の方々。
海外のお取引先やプライベートでの友達・・・


「ん?なんだこれ?」

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せっかく(?)なので持っていた文庫本に出てきた方の名前を次々と書いていく。書けば書くほどどんどんと知っている人が思い出されて、およそ90分で380人近くが頭をよぎる。


で、途中から気がつく。


「! この人たちは、初めてミャンマーに来た時にはご縁がなかった人ばかりじゃん」と。


はじめてミャンマーを訪れたのは無職(夢職?)中の1997年。時間だけはふんだんにあったから好きな所に旅をしてたんだけど、将来に対する展望がまったく描けなかった頃。借金もあったしね。


「なんとかなるよ」って自分自身に言い聞かせている言葉が、本心なのか強がりなのかがよく分からないフワフワしている・・・今思えばそんな感覚。


けど、17年後の自分はその時には想像もできなかった人との出会いがあったわけで・・・で、その方との出会いが自分自身を創ってきたわけで、今やっている仕事や役割を創ってきたわけで・・・


その数の多さと多彩さにそれはそれは驚きだったわけです。


人と人との出会いは、たぶん「大いなる存在(サムシンググレート)の領域」。


自分にもたらされた「出会い」に「どのようにレスポンスをし、どのように行動につなげていくか?」・・・


たぶん、人間にはここまでしかコントロールが許されていないんじゃないかしら?


そんなことを考えると、「自分はこれからをどうしたらいいか?」なんて思うことが分不相応なように思えてきて、バカバカしく思えてきて・・・


明日からの出会いに「ちゃんとレスポンスし、ちゃんと行動してけばいいんじゃねえか」と思ったわけなのです。「それが自分のできる全てじゃないか」と思ったわけなのです。


そんな感覚が肚に落ちると、ちょっとだけ世界に対してオープンな心持ちになれた気がしたわけです。世界を信用しよう、って感じになれた気がしたわけです。


で、そんな心持ちに新しいに「出会い」は宿るんじゃないか、とも。

May 21, 2014 in 感じたこと, 旅をすることについて、旅をかたること | | Comments (0)

2014.05.20

人生は短く、訪れたい場所は多い〜福岡&熊本に行きました

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↑日本三大下り宮・草部吉見神社(熊本県)

↓登母祖ストーンサークル(熊本県)
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「新しい土地を訪れれば訪れるほど、知らないことの多さに驚く」


週末は『日本の神様カード』のワークショップで著者の大野百合子さんと福岡、熊本を訪れました。まさに、「知らないことの多さに驚く」日々。


一生をかけて「知らないこと」をつぶしていくのが実り多き人生なのか?


それとも、「知らないこと」を「知らないことは知らない」として、そのままにしておくのが実り多き人生なのか?


うーん、前者はエキサイティングだが貪欲すぎて疲れそう。後者は、「足るを知り」「与えられた環境で咲く」感が満載だけど、どどこかつまらなそう。


このへんの選択は、その人間の持って生まれた天命や資質にかかわってくるのだろうなあ。


自分は元旅人だったこともありまして、生涯「知らないことを体験していく人生」を選択したいな、と思うわけです。


「知らないこと」をどんどんと知っていくと、次から次へと「知らないこと」がやってくるのは経験として分かっているわけです。


それは時に、時間とお金と体力の有限さを前に「どう考えても足りねえよ」って絶望的な感覚に追い込まれることもあるわけです。


それでも、そこに突っ込んでいかずにはおられない己の資質・・・


平均年齢の半分を超える齢になって「知らないこと」の多さに一抹の焦りを感じ、「あと、何年生きられるのか?」と考えた時に、「きちんと勉強しとけよ、歳取って後悔するからな」と予備校時代の先生の言葉が頭をよぎる


まあ、あの時の自分はそれを言葉の深い意味で受け入れられなかったんだから仕方ない(笑)


「人生は短く、訪れたい場所は多い」


インドのヨガ哲学も日本の神話も「貪欲」はいましめていますが、ことここに関しては貪欲スイッチをオンにしていこうと思いました。


福岡、熊本でお世話になりました皆様。講座にご参加いただいた皆様。担当いただいた大野百合子さん、大変ありがとうございました。

May 20, 2014 in 感じたこと, 旅をすることについて、旅をかたること | | Comments (0)

2014.05.01

ミャンマーの「パワースポット」を訪れて

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ミャンマー人であれば誰でも知る聖人・ボーミンガウが瞑想修業(1938〜52年の間らしいです)されたポッパ山を訪れました。

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17年前にミャンマーを旅した時にはすぐ近くの街までいったのですが、「交通費(たぶん、往復で1000円くらい。。)がもったいない」のと「移動が面倒(バスで2時間くらい)」だったので、今回初めていくことができました。


「パワースポット」


いつのまにか誕生し、いつのまにか生活に入り込んでいるこの言葉。


自分はこの言葉が持つ「操的なエネルギー」(?)がどうも好きではないのですが、「世の中には他とは違う空間が存在する」という宣伝の役割(?)は果たしてくれていますね。


このポッパ山、まさに「普通とは違う空間」でした。


断崖絶壁の頂上に創られた仏塔。そこに至るまでの修業場の数々、精霊と共存して生きているミャンマー人の世界観・・・


「よくぞ、こんなところにこんな場所を創ったな。スゲエなあ」


そんな人間の想念が重なると、その場所には何かしらのフィールドができるんでしょう。で、その「何かしらのフィールド」が次にこの場所を訪れた人の新たな想念を生む・・・。


人間には、「この場所はどこか違う」を感じるセンサーみたいなのがどこかにあるもの。


それを、「パワースポット」なる英語とも日本語ともいえない言葉でひとくくりにするセンス。人間が感じられる微細な感覚をどこかぶったぎってる語感。


そんなところが気に入らないんだな、と思いました。


ってか、せっかく聖地を訪れたのだからもっとまともなことを考えてこいよ、という感じなのですが(笑)


でも、手あかのついた紋切り型の言葉を使おうとしないことで研ぎすまされていく感覚ってものがあると思います。

May 1, 2014 in 旅をすることについて、旅をかたること, 訪れた場所のこと | | Comments (0)

2014.04.24

いてもたってもいられない

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多くの職業人をバックパッカーの世界へ誘った(?)『深夜特急』(沢木耕太郎著)を久しぶりにランダム読みしました。(旅にでると、選ぶ本が変わりますね 笑)


なめらかで美しい文章だな・・・20年前に初めて読んだ頃とまったく変わらない新鮮さですね。本質的な価値を持ち長く読み継がれる本のみが持つ存在感・・・。


「デリー(インド)からロンドン(イギリス)まで乗り合いバスで行けるかどうか?」


という仲間うちの話から、26歳のルポライターだった著者は旅にでるわけです。


私は、春のある日、仕事の依頼をすべて断わり、途中の仕事もすべて放棄し、まだ手をつけていなかった初めての本の印税をそっくりドルに替え、旅にでた。


せっかく軌道に乗りかけているのに、今がいちばん大事な時ではないか、と忠告してくれる人もいた。だが、ジャーナリズムに忘れ去られることなど少しも怖くなかった。


それより、私には未来を失うという「刑」の執行を猶予してもらうことの方がはるかに重要だった。


執行猶予。恐らく、私がこの旅で望んだものは、それだった。


確かに、酔狂なことをしたかった。デリーからロンドンまで、乗り合いバスを乗り継いでいくという、およそ何の意味もなく、誰にも可能で、それでいて誰もしそうにないことをやりたかった。


しかし、それは自分や他人を納得させるための仮りの理由に過ぎなかったのかもしれない。(第2巻 P174〜175)


たしか、26歳の自分もこの辺に触発されて旅にでたわけです。


どこか社会というカタにはめられるような違和感。


なんとなく、特急電車に乗ってしまって途中下車できないような息苦しさ。


自分がすっとばしてきたそれぞれの駅には、「観たことない世界が広がっているのかもなぁ」と考えると、いてもたってもいられなくなったわけです。


「いてもたってもいられない」


たぶん、こんな思いがやってくるというのはGOのサインなわけです。


けど、「いてもたってもいられない」を抑圧するのが日常化してしまうと、このサインと受け取るアンテナが鈍ってしまうわけです。


できれば若い多感なうちから。


歳取っても、歳取ったなりに。


「いてもたってもいられない」を育てていきたいものだな、と久しぶりにこの本を読んで感じた次第です。

April 24, 2014 in 感じたこと, 旅をすることについて、旅をかたること | | Comments (4)

2014.04.23

「なぜか好きな国」を訪れてきました

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なぜか好きな国


というのがどうもあるようで。


で、「なぜ?」を突き詰めても理由なんか分からなくて。


魂というものが存在するなら、きっとその魂がその国を彷徨したがっている、ということなのでしょう。そこはきっと、マインドフリーな体感覚が全てな世界なわけです。


「春に旅に行こう」と決めてからいろいろな地域が候補にあがりました。


チベット、マチュピチュ、ウユニ湖、タシケント、ウルムチ、南インド、スリランカ、イエメン、パキスタン・・・


結局、「なぜか好きな国」を訪れることにしました。


バックパッカーをしていた1997年。この国に査証ギリギリ(確か有効期限28日)の期間滞在しました。


勤めていた会社を辞めて、今の会社を創業した2001年。「しばらくは海外にいけないだろうから今のうちに海外に・・・」と1カ国だけ選んだのはこの国でした。


で、今回が3回目。


生涯、100ヶ国は回りたいので(まだ半分くらい・・・)、同じ場所を訪れるのは生産的(?)ではないのですが、今回は自分の「なぜか好き」を信頼しました。


はじめてこの国を訪れた時、自分は27歳でした。


「やりたいことをしたい」と会社を辞めて旅にでてきたのはいいですが、お金がなくて、帰国してからの見通しがなくて、手に職もなくて、借金はあって・・・でした。


「なるようになる」と思っていながら、自分の人生で「なるようになった」実体験(特に社会人としての経験)がきっと希薄だったんでしょう。「なるようになる」という言葉の裏には、たぶんどこか強がりがありました。


17年ぶりに訪れた街で、自分の人生「なるようになったなあ〜」と思いました。


今の仕事、周囲の人間関係、読んでいる本、観ている映画、考えていること、影響を受けている人•・・・


今の自分は何一つも17年前の自分には想像ができなかったことばかり。


そう考えると、今から17年後の自分にはどのような人生が開けているかまったく分からないわけで・・・。


まさに、「なるようになる」しかないわけです。17年前の自分とバーチャルに対話することで、そんなことを肌で感じてきました。


人生に確証を求めたい


という欲求は誰にでもあると思います。「人生の予見可能性」が心の安定をもたらすということもほとんどの人にあることでしょう。


けど、全体世界は自分たち一人一人の想像を超えた世界を見せてくれるようです。人生に過剰な確証を求めるということは、そんな世界への窓を閉じてしまう行為じゃないでしょうかね。


これから自分の「なるようになる」がどのように「なるようになる」のだろうか?を想像するのは面白いものだな、と思ったミャンマーの旅でした。

April 23, 2014 in 人間の認知について, 旅をすることについて、旅をかたること, 訪れた場所のこと | | Comments (0)

2014.03.12

小野田寛郎さんの記事に鈴木青年のことを思う

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『朝日新聞』のこの記事を見て、鈴木青年の事を思い出す。


太平洋戦争後もフィリピン・ルバング島に残り、密林で約30年間潜伏を続けた元陸軍少尉の小野田寛郎さん(享年91歳)に投降を呼びかけた立役者。


『大放浪』という本の著者で、雪男を捜しにヒマラヤにいって38歳で遭難した旅人(冒険家?ヒッピー?)。


鈴木青年のことを知ったのはハノイ(ベトナム)で知り合ったおじさん(30歳で海外に出て、20年旅をしている猛者)に聞いたのがきっかけ。1998年頃ようやく古本で手にいれてこの本を読んだ。

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正直、文章も構成もあったものじゃない本。けど、テーマが放つエネルギーが強くて、強烈な読書欲求を与える希有な本だったことを思い出します。


日本政府がルバング島にいる元日本兵の存在を知り、救出(?)活動をはじめたのが戦後25年以上も経過してから。


鈴木青年は、そのニュースを接して「政府ではアテにならない。自分がこの日本兵を日本に連れ戻す」と決意し、フィリピンに飛びます。


いくたのやりとりのうち、この日本兵に接近。


「武装解除の命令がでていない」と口にするこの日本兵のために、日本にいるかつての上官をフィリピンまで連れて行き、武装解除の命令を出させます。


この時の日本兵が小野田さんだったわけです。


「上官の命令でないと武装解除できない」という元兵士、戦後25年以上経過したにもかかわらず、武装解除の命令を出すためにフィリピンに飛んだ上官。


そして、それを取り持った鈴木青年。


なんか、誰も彼もが漢ですね。

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※『朝日新聞』より。傍線部が鈴木青年に関する記述だと思われます。


後日、小野田さんは時のマルコス大統領に謁見、武装解除の証として自分の刀を差し出します。


マルコスはその刀を丁寧に受け取ると、「確かに拝受しました。ただ、この刀はあなたにとって大事なものですから、私からプレゼントさせていただきます」とそのままその刀を小野田さんに差し出した。


自分には汚職のイメージが強いマルコス大統領ですが、これまた漢ですね。


鈴木青年はその後、「雪男を探しにいく」とヒマラヤへ行き、遭難。無茶苦茶な人生なようでもあり、どこか憧れるような人生でもあり・・・。


漢が惚れるような、漢が心を許すような男というのは、鈴木青年のように自由自在で無邪気でとらわれない人なんじゃないかな、と思いました。


いつかルバング島のここも訪ねてみたいものです。

March 12, 2014 in 人間の美意識について, 旅をすることについて、旅をかたること | | Comments (0) | TrackBack (0)

2014.03.04

なんかせつないできごと

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「チベットに行けないか?」


そう思ってネットを検索する。


ここを訪れたのは、1997年の夏頃。


ゴルムドという町からバスに乗り込んで44時間。高山病とバス酔いで、へろへろになりながら自治区の区都・ラサに着いたのが夜中の1時過ぎ。


なんとかホテルにチェックインしたものの、階段の上り下りさえできないほどの呼吸困難と頭痛。翌日からはチベットの強い太陽の光になぜか目が開けられない始末。


以降、数日間ベットで寝たきりで、身体にハエがたかる毎日。ガイドブックを見ると「高山病は下山しないと治らない。最悪の場合、死ぬこともある」と書いてある。


が、下山するだけの体力がない。。。


そんな時にゲストハウスの従業員が連れて行ってくれたチベットのお医者。直径1センチほどの丸薬をもらい、その場で飲んだ。


で、帰り道。


一人のチベット僧が「顔色が悪そうだな」と話かけてきた。「高山病らしい」というと、「お寺で五体投地をすればいい」という。


半ば無理矢理にお寺に連れて行かれ、五体投地を見よう見まねでやったところ・・・


高山病が一気に回復した。。。


・ ・・旅をしていて不思議な経験ってのは、そんなにあるもんじゃなかったけど、この経験はとにかく不思議。


なんとなくなりゆきで出向いたチベットだったが、チベットが大好きになったのは、この頃から。


今回、いろいろと情報集めている中でチベットの精神的支柱ともいえるポタラ宮がライトアップされている事実を知りました。


自分が過去に訪れた思い出深い場所をふたたび訪れる。


これって楽しみと怖れとが共存していますね。


こちらは、日々変化をしていて生活環境だってどんどんと変わっているのに、どこか訪れる場所にはそんなものを求めてたくないような感覚。


あの時のままであって欲しい、という一部の旅人がもつ一種ゴーマン的な感性。


そんなものは唾棄すべきだと思いつつも、ライトアップされたポタラ宮に悲しさとせつなさとチベット民族の持つしんどさを感じざるを得ません。

March 4, 2014 in 旅をすることについて、旅をかたること, 訪れた場所のこと | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.12.17

たたかえ、たたかえ

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「覚悟を決める」


今年はなぜか、いたるところでこの言葉を聞きました。


独立した方が「あとは、覚悟を決めるだけなんです」と口にしたり、「覚悟さえ決まってしまえば物事はスムーズに進みはじめる」とある方からアドバイスされたり、「覚悟を決めたら、考えていたことは杞憂に終わった」と知り合いの経営者が口にしたり・・・


ホントによく耳にしました。


自分は来年で44歳。早い人はミッドライフクライシス(中年の危機)に突入しはじめる世代です。もしかすると、「覚悟」ってのは同世代のキーワードのひとつなのかもしれませんね。


さて、先週末は当社主催の企画で東国三社(鹿島神宮、香取神宮、息栖神社)参りにいってきました。


神社って、いままでは感謝をささげにいくところだと思っていたのです。健康だとか、運命だとか、安寧だとかのですね。


けど、今回はあまりにも力強いエネルギーに「神社って、覚悟を決めにいくところかな?」なんて感じました。


人は、なかなか1人では覚悟ができません。


だから、見えない力を借りる。自力ではなく、他力を借りる。自分でできることの先にある世界は、大きな存在にゆだねてしまう。


たぶん、それは「覚悟を決める」という世界観ではなく、「覚悟が(自然に)決まる」という世界観かもしれません。


鹿島神宮で正式参拝をしていたとき、和太鼓の音がいままでになく腹に響きました。


なんとなく、「たたかえ、たたかえ」といわれているような気がしました。

December 17, 2013 in 感じたこと, 旅をすることについて、旅をかたること, 精神的なこと | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.11.19

昼飯はカレーかラーメンか(別題:覚悟が決まったあとには)

26歳で2年と11ヶ月勤めた会社を辞め、旅にでました。


そんな過去があるものですから、「会社を辞めて旅にでることに迷いはなかったですか?」と聞かれることがあります。


そんなときは決まって、「昼飯にラーメンを食べるかカレーを食べるかの違いくらいしかないと思った」と口にしてきました。


けど、人間の記憶ってのはいい加減なもの。我々のエピソード記憶は日々刻々、自分の都合のいいように書き換えられています。


「より美しく」だったり、「より悲惨に」だったり、「よりヒロイスティック」だったり・・・・


個々人によって書き換えられたエピソード記憶をもとに、記憶は再構成されていきます。


で、エピソード(できごと)そのものと記憶との間に乖離ができていく。


こないだ、あることがあってそんなことをぼけーっと考えた時に、「俺って本当は軽い気持ちで旅にいったんじゃねえな?」という思いがふともたげてきたわけです。


「いったい、26歳の俺はどんな気持ちで会社を辞めたんだろう?」と身体に聞いてみたんです。


そうしたら新たな発見が・・・


26歳の自分は、会社を辞めるのに相応の覚悟をしたわけです。貯金無し、借金ありって生活になることを覚悟したわけです。


帰国しても仕事が見つからないかもしれないって現実を覚悟したわけです。仕事が見つかったとしても、いままでの待遇から大きくへこむ可能性を覚悟したわけです。


・ ・・ん?


「昼飯をカレーかラーメンにするか」なんて軽い気持ちで当時の自分が会社を辞めて旅にでたわけじゃねえぞ、と気づいたわけです(笑)


あの頃の自分は、相応な覚悟をして自分は会社を辞めて旅にでたわけです。


いまの自分から見れば、「そんなのカレーかラーメンか、って程度の話じゃん」と思うのですが・・・旅に出たという記憶がどんどんと上書きされていって、「当時の自分がそう思っていた」と脳が誤解(?)していたんですね、たぶん。


・ ・・さて、今現在、なにかの問題を抱えているとします。


その問題を解決するには、相応の覚悟が必要だとします。覚悟には「大きな変化」だとか「大きな手放し」が問題に内在されているでしょうから、すぐには決断は出せないでしょう。


こんな時は、覚悟が決まるまでマインドをフルに働かせて「あーだ、こーだ」と悩むのがいいと思います。人間は悩みたい生き物、ですしね。


特にM気質の人は悩んで自分を痛めるのが大好きなようですし(笑)悩んだプロセスが人間の根っこや存在感をつくるのは、どうやら間違いがない。


が、覚悟が決まって決断ができたら、それは時間の経過のうちに「カレーかラーメンか」的な話になっていくんじゃないでしょうかね?


それは、覚悟を伴う決断をした人に与えられる祝福のようなもの。レイヤーがあがるというか、問題から距離を置けるというか・・・


受験だ、就職だ、結婚だ・・・


大きな覚悟に直面する20代の人と比べて、自分ら40代ってのはこと「覚悟」ってことに関しては、案外と安穏としてるんじゃないでしょうかね。


ってか、きっとそうですね。


ということで、今日からブログ再開します。

November 19, 2013 in 人間が悩むということ, 人間の成長について, 人間の認知について, 旅をすることについて、旅をかたること | | Comments (2) | TrackBack (0)

2013.09.03

もはや戻れない時代の話です

「LHASHA G.P.O. TIBET to Mr. KAZUHIKO OTSUKA」


部屋を片付けてたら、旅をしていた16年前にラサ(チベット)で受け取った手紙を見つけました。当時、仲のよかった女性からです。


それにしても、これだけのアドレスで日本からチベットに郵便が届いて、それを現地で受け取れるってのがなんとも不思議ですね。


G.P.O.は「ゼネラルポストオフイス」の略。


日本に絵はがきを送る際に、「次はパキスタンのカラチにいくので、現地のGPO宛に手紙ちょうだい」という具合に一筆書き添えるわけです。


で、現地にいったらGPOにいって膨大な郵便物の中から自分のそれを探す・・・この作業は宝探しのようで何とも楽しかったですね。唯一の他者からの承認機会、だったかもしれません(笑)


ただいま、うちのかみさんが海外にいっていてLineを通じて現地の写真が届くんですが、便利な時代になりましたね。


もはや戻ることのできない時代に郷愁を抱くのはなんともナンセンスですが、アナログがゆえのよさってありますよね。


彼女からの手紙は「これから現実へと向かっていく大塚君へ」という書き出しだったのですが、高山病でぶっ倒れて動けなかったチベットでこの手紙を見て泣けてきました。


その時のチベットの情景やら、感情やら、空気感やら、「帰国したら仕事どうしようかな」って思いやら・・・


当時の記憶がどひゃーっとひもづけされて甦ってきました。


彼女は自分の帰国前にベトナムへと旅立ってしまって、その後、現地で生活したので縁がなくなってしまったのですが、いつか会って酒でも飲みたいですわ。


彼女の存在は、きっとアナログでのやりとりだったがゆえに記憶に残っているのでしょう。

September 3, 2013 in 感じたこと, 旅をすることについて、旅をかたること, 訪れた場所のこと | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.06.28

自分の因子が引きつけられる

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『めくれば始まる世界一周』栗原良平・栗原純子著 リベラル社


「旅にでて何がよかったか?好きになった女性に旅をした国のことを語れることだ」


若い頃、バックパッカーとして世界を旅した作家・沢木耕太郎さん(旅にでた当時はルポライター)がこの手のことを語っていました。


で、そんな沢木さんの書いた旅行記(『深夜特急』)に影響され多くの若者が人生を踏み外す(?)ことになるわけです。


沢木さんは「旅にでるなら26歳がいい」といってもいました。


確か、「これより若いと現実を受け止められない、これ以上歳をとるとリスクが生まれる」なんてことを書きながら、最後の最後では「自分が26歳で旅に出たからだ」なーんてオチでした。


けど、26歳だった自分はこの言葉を聞いて「沢木さんみたいに自分の言葉で旅を語れたらカッコいいなぁ〜」などと思ったわけです。


そこは体験が至上の世界。


どこの誰が何をいおうが、体験したもののみが語れる世界だ、などと思ったわけです。


会社を辞めた時に「会社を辞めて旅に出る?そんなの甘いよ」とある方からいわれましたが、「人生が甘いかどうか自分の人生を使って体験したい」などと反論していたわけです。


今考えると、クセのあるイヤな男ですね(笑)でも、真剣だったわけです。


さて、うちの社員の友達が上梓された旅関係の本を贈本いただきました。


一読して、「自分の中の旅因子を見つけられる本」だと思いました。


人間ってのは「因子」ってのが体内に存在していると思うのです。それは人それぞれに違っていて、おぎゃーと生まれた時から身体のどこかに存在していると思うのです。


で、本を読んだり、人の話を聞いたり、何かしらの体験をしたり・・・


こういう外的要因が「因子」と結びついた時に、「おっ、俺ってこういう人間だったんだ!」という気づきが生まれる。そこから、自分の道が形成されていくものだと思うのです。


それは偶然であり、必然であるような世界観。


自分は、沢木耕太郎さんの本をたまたま手にした、そしてその本に影響されて旅に出た


と思っていました。


けど、今思うと沢木耕太郎さんの本に自分の「因子」がひっぱられていったんじゃないか、などと感じるわけです。(むろん、旅に出たのはこの本以外にもいろんな要因がありますけどね)


かつて、ミャンマーのパガン遺跡を訪れた時に、「(自分の意志で)こんな素晴らしい場所にやってきた」と思っていました。


それだって、今思うとパガン遺跡に自分の「因子」がひっぱられていっただけだったんです。


因子が何かにひっぱられる感覚


強いて言うのなら、自分が旅をして感じた感覚の一つですね。


出版社は不況といわれながら、相変わらずの出版点数を出しています。


それは、「出版点数を増やす=一時的な売上があがる」という構造的な問題が内在しています。


まあ、それはそれでいいのですが、問題は「人の因子を引きつけるような本」が出版洪水の中に埋もれてしまうことです。


この本はそんな時代感の中で「旅因子」を引きつける本です。若い人は取扱い注意ですね(笑)


追記
この本の中でボリビアのウユニ湖&ティティカカ湖に惹かれました。自分のイメージでボリビアはゴルゴ13の世界ですね。

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ゴルゴも読み方によってはテロリストの物語ではなく、人間の旅因子をチクチクと刺激する本なんですよ(笑)

June 28, 2013 in 旅をすることについて、旅をかたること | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.06.19

次の渡航計画が決まりません

定期的に海外に行かないと、身体の中に澱のようなものがたまっていくようです(笑)


家も、車も、装飾品も別に欲しくはないのですが、「海外にいく」という体験だけは生涯をかけて集めていきたい。


テレビを見た時に、「ああ、あそこじゃん!」ってのが一つでも増えると「面白い人生だなあ〜」とか思うのです。


食べたことないようものを食べて、知り合ったことないような人とであって、メディアで流布されている情報とのギャップを肌で感じて、自分の小ささに気がついて、あとはちょっと酒飲み話のネタにあるような体験があったりする・・・


これは、自分の価値観ですから押しつけも、共感を求めもしませんけどね。


ん・・・?でも、思います。


「若者よ、借金してでも海外にいけよ」とね(笑)


そんなこんなで、次の渡航計画を考えてます。


ブータン、マレーシア、トルコ、ウズベキスタン、シリア、イタリア、ミャンマー・・・いろいろとネタにあがるのですが、天気の問題だったり、政情の問題だったり、ご飯がまずいのは嫌だなとかあったりでなかなか決まらず・・・


どこにいこうかな状態です。


長い旅をしている人の利点は、「とりあえずどこかにいってから先は考えればいいや」って旅をできること。


自分はかつて三ノ宮から上海まで船にのって旅にでたのですが、上海でぼけっとしながら行き先を考えました。


たまたま、天津飯が食べたかったので天津に向かいましたけどね(けど、天津には天津飯がなかったです 笑)。で、ながれで北京にいって、モンゴル、シルクロードの方までいくことになったのです。


日々のなりゆきが自然と道を形つくる


思えば、これって旅だって仕事だって同じだな、と。


それと反して、今の自分のように期間限定で旅に出る人間は「失敗できないな」って思いがどうしても強く働くから、選択肢が保守的になっちゃうのだよね。


「今回、旅したところは最悪だったな」ってのも、それはそれでおもろいネタになるのは分かってはいるのだけど(笑)

June 19, 2013 in 旅をすることについて、旅をかたること | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.06.14

国境を陸路で超えるということ

かつて、香港からイギリスまでヒッチハイクでいった芸能人がいました。


目的は完遂したのですが、ミャンマーとタイの間を飛行機をつかったことが後でバレて後で謝罪をしたように記憶してるんです。


けど、「タイとミャンマーとが陸路が開かれていない」なんてのは旅をしている人であれば当時は常識だったのです。(近隣では、タイとカンボジアの国境も陸路は無理でした)


ミャンマーとタイが陸路で行けるなら俺だって行きてえよ」と思った旅人は当時それなりにいたと思われますから、批判も強かったのでしょうかね。


「国境を陸路で越える」


他の人はどうだか分かりませんが、自分はここにちとセンチメンタリズムを感じる1人です。


沢木耕太郎さんも書いていたと思うのですが、自分はインドとネパールの国境が印象深いですね。


「インドは旅するのに大変」といわれてましたから、ネパールに向かう旅行者にはどことなく安堵感がある。一仕事終えた感、ってのがあるわけです。


逆に、ネパールからインドに向かう旅行者にはどこかしら緊張感がある。はじめてインドに向かう、というのはちょっとだけエネルギーが必要でしたからね。


その両者がすれ違う感じがなんともいえなくよかったですね。


これは、電車は飛行機では味わえないもの。


陸路での国境越えは長旅に出た人に対する最大のねぎらい


インドでそんなことを思ったものです。いま思えばちゃんちゃらおかしい話でもあるのですが(笑)


どこで見たのか忘れましたが、いまはミャンマーからタイを経由して、ヴェトナムまでいけるらしいですね。


ミャンマーとタイの国境は心動かされている今日このごろ。まだ、自分のどこかに旅の因子が存在しているようです。

June 14, 2013 in 旅をすることについて、旅をかたること | | Comments (0) | TrackBack (0)