2015.04.27

映画「龍三と七人の子分たち」を観ました

お知らせ

ブログ移動しました↓今後はこちらに書いていきます。2005年から続いたこのブログももったいないので残します。

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ブログ移動にともない、旅関係の記事を書いてます。「仕事を辞めて旅にでようか」と思っている方、ぜひアクセスください。26歳で旅にでて、31歳で起業したワタクシのいまの思いです。


「勇気を出す経験」としての旅


「人に語れるネタをつくる」ための旅


今後も旅ネタを書いていきます!

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俺は昔ワルだった•••


そんな男性の生態がよくわかる映画。


高齢化が進むいまの日本では、「若い人に迷惑かけたくない」と卑屈になるより、「迷惑かけんのはお互い様」と開き直る無頼さがもっとお年寄りにはあってもいいのかもね。高度成長時代、それだけのことはしてきたでしょうし。


格闘技をやっていた頃の先生、先輩、仲間、後輩の顔が数多く浮かんできました。若き日をそれぞれが自分の美意識に生きてきた人たち。


大人になってもずっとそのままみたいな人もいるけど、たいがいは社会的にはうまくいっていないわけで。これは、この映画の主人公達にも共通するんだろうね。時代は常に流れるから、それに乗っていくところはのっていかないとね。

April 27, 2015 in 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (2) | TrackBack (0)

2015.04.23

『経営者の条件』P•Fドラッカー博士

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起業家は高校野球のようなもの。


甲子園で優勝するような超高校級から、県大会の一回戦敗退常連校まで玉石混交。同じ高校野球をやっていても、観ている未来は全然違うし、所属しているレイヤーはまったく違う。


「ビジネス書は経営するのに役に立たない」といわれるのは、きっとレイヤーが違ったものを読んでもピントこないから。世の中は県大会で四苦八苦している起業家が一番多いのに、「超高校級」が書いたビジネス書で溢れているしね(笑)


ドラッカー博士の著書は県大会クラスの起業家にも本質的な問いかけを投げかけてくれる。いつか起業したい、という方におススメ。「超高校級」が書いたものばかり読むと自身がなくなるからほどほどに(笑)

April 23, 2015 in 経営をするということ, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.04.17

天外伺朗先生、「ホワイト企業」の講演にいきました

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多くの起業家は葛藤のエネルギーを使って会社をつくる。成長とともに生命体である組織は意志を持ちはじめてくる。葛藤がベースになった経営をしていると、自分が先頭にたってないと不安定になる・・・。


フロー経営を提唱される天外伺朗先生の「ホワイト企業」の講演。どこもかしこも創業5年くらいでマネジメントの壁にぶち当たるのはこの辺が原因かもね。


意志を持ち始めた組織をコントロールしたくなるのは、「自分がいなくてもうまくいったらどうしようという不安」だと。あるね、多くの社長の心にそんな思い。


人や物をコントロールしたくなる心の奥底には、自分自身に対する無価値観があったりするのかもね。


天外先生のこれからの時代に対する経営への視点は素晴らしいと思います。


ただ、「ホワイト企業」というコンセプトが確立されれば確立されるほど、その反対概念である「ブラック企業」なるものの闇が深くなるような気もしましたです、はい。

April 17, 2015 in 人間の成長について, 仕事のことについて, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.04.11

映画「おみおくりの作法」を観ました

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リストラに会いながらも、人生が新たに開けてきそうになったのに、主人公を待ち受ける現実。


ラスト5分で「どうまとめんのよ•••」モヤモヤし、ラスト2分で涙です。


「どんな仕事も誰かの役に立ってる」が素直に受け入れられないときにおススメ。こういう時は、どんな道徳論も精神論もなかなか頭に入らないからね。


この映画の主人公に、黒澤明の名作「生きる」の主人公がどこかオーバーラップしました。

April 11, 2015 in 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.04.06

坂本一生(新加勢大周)さんの講座に参加しました

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縁あって、坂本一生さんの講演に参加した。


加勢大周報道の渦中の時は、社会人一年目だったからよく覚えてるな。「芸能人ってなんでもありだ。。。」と思ったものな。


芸能界から離れていろいろな職業を転々とされたらしいね。話を聞いていて、たくましくさえあれば人間はどこでも生きていける、と思った。


ワタクシたちが日々仕事をしたり、しんどいことに直面しても生きていくのは、この「たくましさ」を育てるためなんじゃないか、と。


今の仕事の先に、「たくましさ」の獲得を見据えた仕事がしたいものです。はい。


April 6, 2015 in 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.03.04

映画「幕が上がる」を観ました

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「なかなか人生オツなものですな」


20歳前後のアイドルが口にしたら「何を生意気な」と思ってしまいそうだが、この映画でももクロが語ると全く違和感なく聞こえるのだから不思議。


ももクロが目指しているのは、自分らのエゴを満たすチマチマした小欲ではなく、永遠に完結しない大欲なのかもしれないな、とこの映画を観て思う。


じゃなきゃ、40歳すぎたおじさん達が「ももクロはスゴい!」といい続けないでしょ(笑)


青(早見あかり)が脱退した時のことをオーバーラップして観ると泣けてきて、ラストシーンでだめ押しです(汗)やられたね。

March 4, 2015 in 人間の成長について, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.01.13

『古事記』は「無益なエクササイズ」として読んでみる

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「なにかをしたら、なにかが得られる」


もしくは、


「なにかをしたら、なにかになれる」


そんな価値観バリバリな世の中を、ワタクシたちは生きています。


だから、「(日本の神話の)『古事記』をぜひ読みましょう!」というと、「『古事記』を読むと何が得られるんですか?」的な反応が返ってきます。


「『古事記』を読むと、自分がどう変わるんですか?」的な質問がきたりします。


そんな質問に対して、「精神性が高まる」だとか「神話を理解することで地に足がつく」という答えをすることは可能かもしれません。


けど、ちょっとずれてると思うのですよね。。。。だって、『古事記』にはそんなエゴ丸出しの神々はいらっしゃらないし(笑)


「なにかをしたら、なにかが得られる」という発想は、現代人だったらフツーに行う思考パターンでしょう。


けど、たぶん『古事記』はこれとは対極にあって、「自己の役割や使命を果たしたら、あとの結果はこだわらず」って世界だと思うのです。


ワタクシの経営方面の師匠は、「『無益のエクササイズ』を生活に入れろ」とよく口にします。


自分の解釈では、「なにかを得るためになにかをする」のではなく、「なにかを得るとか得ないとか考えずに、毎日たんたんとなにか(エクササイズ)をする」ということ。


本を読むでも、文章を書くでも、人と会うでも、勉強するでも・・・「益を求めない行動を日々の中にいれておく」ということかな、と。


『古事記』も「読んだら○○が得られる」という頭なしに、


「日本人だから神話の一つくらい知っとくか。自分の人生のどこで役にたつか分からないけどねえ・・・役にたたなくても、それもよし」


そんな心持ちで読むといいのではないでしょうかね。


「無益なエクササイズ」の積み重ねは、いつか豊穣な世界をつくりだしてくれるとワタクシは信じて疑わない一人です。


「俺の人生、歩んできたら過去には想像もできない世界が広がっていた」なんてのは、ほとんどが「無益なエクササイズ」を続けてきた先にある世界観でしょうしね。


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※以下、そんな『古事記』に関するご案内です


講師 小野善一郎先生(湯島天満宮 権禰宜•國學院大学博士)
先生の講義は、「学ぶ」というより「感じる」内容です。先生とは同じ時代に國學院に通っていたというご縁もあり、一参加者として毎回楽しみにしています。


◉1月24日(土)「日本を元気にする古事記のこころ」二子玉川勉強会
14:30〜16:30
お申し込みはこちらからです。


◉2月6日(金)「第7回古事記勉強会〜日本人の心を取り戻そうIN横浜」
9:30〜11:30


以下、主催者告知から抜粋になりますーーーーーーーーーーーーーーーー


第7回目は【黄泉の国】
火の神をお生みになった伊邪那美命(イザナミノミコト)はそれが原因で命を失ってしまいます。


嘆き悲しんだ伊邪那岐命(イザナギノミコト)はもう一度会いたくて地下にある死者の国と言われる黄泉の国に呼び戻しにいかれました。そこでの出来事を通して『黄泉戸喫』(ヨモヘツグイ)と伊邪那岐命が黄泉の国で禁忌を犯したことの意味の2点について読み解いていきます。


古事記に残されている出来事と私達日本人で考え方や風習などと関連していることがわかる日本人の細やかな心遣いの真意がわかるかもしれません。


単なる古事記の解説だけではなく、小野善一郎先生の著書から、古事記のお話しをもとに、日本人が自分自身と向き合い、日本人としての根本の道理、その本質を取り戻すためのお話しです。


【会場】かながわ県民サポートセンター 3階302号室
横浜市神奈川区鶴屋町2-24-2
JR・私鉄横浜駅 北西口・西口から徒歩5分
アクセス http://www.pref.kanagawa.jp/cnt/f5681/p16362.html


【会費】
2000円(高校生まで無料) 当日お支払いください。
☆お子様連れ可


■お問い合わせ連絡先
japan.kokoroagain☆gmail.com   ←メール送信の際は、☆を@に変えてください

January 13, 2015 in 仕事のことについて, 尊敬する人、または師匠筋, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)

2014.12.19

そろそろ、手放すときかしら•••

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『週刊文春』による「南京大虐殺」をめぐる肯定派と否定派の公開討論。


若き日に大好きだった本多勝一さん、かつての切れ味がないまま今回で完結。右派の論客をバッタバッタと斬ってたころがなつかしいね。


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いままでずっと捨てられずにいる著作集もそろそろ断捨離か。。。

December 19, 2014 in 尊敬する人、または師匠筋, 感じたこと, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)

2014.12.18

アートを通して、自分と対話してみよう(イベント参加のお誘い)

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「芸術には縁がないから、展覧会にいくなんて•••」


という方にこそ足を運んでいただきたいイベントです。


聖なる存在のメッセージをアートで表現するエレマリアさん、毎年恒例の個展が23日から表参道で開催されます。今年のテーマは、「自由の女神と天使たち」


開催情報はこちら


やわらかく、愛溢れるアートの数々は、自分の中のどこかにつきささったり、凝り固まってるものを溶かしたり、表現したいけど蓋をしている何かに気づかされたりとしますよ。


私は25日(木)の午後、お邪魔する予定です。今年も花冠、かぶるのかなあ(笑)


※花冠は強制ではないので、念のため。けど、ほとんどの方がかぶってしまいます(笑)


今後の予定です↓↓


12月20日(土)大阪 ※今週末の講座です。ただいま、キャンセル待ち受付中です。
『日本の神様カード』使い方講座


『オラクルカード&タロットカード』出版セミナー


1月15日(木)東京 ※平日の夜、2時間の講座です。お勤め帰りに。
『日本の神様カード』使い方講座


1月17日(土)東京 ※人気占い師 キャメレオン竹田さんの新春イベントです
『レッツ!タロット』著者 キャメレオン竹田さんと月刊『ムー』編集長の対談イベント


2月7日(土)東京 
『日本の神様カード』著者 大野百合子さんの神様カードワークショップ


2月8日(日)東京
『日本の神様カード』著者 大野百合子さんの言霊の力ワークショップ


2月11日(祝)東京 ※詳細アップしました!申し込み開始いたしました。
『ガイアオラクルカード』著者 エレマリアさんイベント「マジカルラブバースデー」


2月21日(土)東京
『マカロンタロット』著者 加藤マカロンさん出版記念ワークショップ(12月中にアップします)


3月 7日(土)東京
『日本の神託カード』使い方講座(1月に詳細アップします)


3月19(木)〜22日(日)台湾
神道学者 三橋健先生と訪れる台湾ツアー「宗教を旅する」(12月中に詳細アップします)

お問い合わせ
TEL 03-6380-5550(平日10:00〜18:00)
info@visionary-c.com


December 18, 2014 in 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)

2014.11.26

闇がなくなってきたから、人間が妖怪になってきた

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「そもそも、夜は妖怪が活動する時間。夜が明るくなって闇がなくなったから妖怪が活動できなくなって、人間が妖怪みたいになってきた」


師匠から聞いたこの言葉を思い出しました。この本、誕生40年なんですってね。たぶん、王選手がホームラン世界一になった頃に読みました。


人間が全能感を刺激されすぎて、押し入れの闇が怖いなんて感覚をなくしてしまったらいやなものですね。


November 26, 2014 in 尊敬する人、または師匠筋, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)

2014.11.18

映画「シャンティディズ」を観ました

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道端ジェシカさん主演のヨガ映画・・・と聞いて。


「むむむ、人気優先で演技は微妙じぇね?」だとか「ヨガ業界のタイアップくさいなぁ」などと思いきや・・・人気モデル&ヨガ講師の葛藤をうまく表現してたなぁと。


ラスト10分の展開は一見の価値あり。


映画の神が降臨して、「えっ、こんな展開!」と驚く観客を笑っているかのような映画でした。たぶん、ラストの展開を想像できる人はいない映画でしょう。


感受性が高い人であれば、涙が止まらない映画でしょうね。あと、鶴見辰吾さんが「らしい」役回りをしていて癒されました(笑)ある意味、日本映画の至宝。。。

November 18, 2014 in 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)

2014.11.11

歴史って人の頭の数だけあると思うのです 

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『週刊文春』にジャーナリスト本多勝一さんが出てて驚いた。「南京」をめぐっての両者の対立は40年以上に及ぶしね。


自分は南京の虐殺記念館に行った時に「この中庭に敷き詰められている砂利は30万あります。これ一人が虐殺された同朋の命なんです!」とガイドから聞かされた時に、「むむむ。。。どなんだろね?」と感じましたね。


展示の最後に本多さんら「南京肯定派」の本が多数飾ってあったのが妙に記憶に残ってます。


ワタクシは研究者でないから「南京」の事実には迫れませんが・・・けど、歴史って人の頭の数だけ存在すると思うのですよね。


年末までこの公開討論は続くようですが、どう考えても噛み合わないでしょう。すでにはちゃめちゃな討論、編集者はどうまとめるのかしら??

November 11, 2014 in 人間の認知について, 観た映画、読んだ本、行ったイベント, 訪れた場所のこと | | Comments (0) | TrackBack (0)

2014.11.05

人はみたいように世界をながめている

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朝日新聞の「天声人語」


かつて、深代惇郎という名文家がこの執筆者として活躍したことはどこかで聞いたことがあった。


「漢文が得意そうな白髪の老人。年齢は70歳くらい」というイメージを勝手につくりあげていたが、この本をたまたま手に取って深代が46歳で亡くなっていたことをはじめて知った。


「天声人語」を担当していたのは、44〜46歳の時だというから驚き。かくて、人は勝手に自分のみたいように世界をながめている。


この本、新聞人に活気があった時代感がふつふつと感じられてグーでした。

November 5, 2014 in 人間の認知について, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)

2014.10.31

俺のフレンチTOKYO オープン@銀座1丁目

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「食材原価率を高めて、優秀な料理人を集めて、口コミと高い回転率で利益を出す」という新しい市場をみつけた俺フレ。


成熟しまくっている日本の飲食業で新しい業態なんか、なかなか思いつかないでしょ。。。。


俺フレの成功が日本経済に与えたインパクトは「どんな業種にも、まだ誰も発見していない、新しい市場が存在している」ということを世の多くの経営者に見せつけたことじゃないか、とワタクシは思うのです。


新しい市場は、いつか誰かに発見されることを待ってる。それを発見できるから、社長は社長たりえるんじゃないか、と。


October 31, 2014 in 仕事のことについて, 観た映画、読んだ本、行ったイベント, 運だとか実力だとかについて | | Comments (2) | TrackBack (0)

2014.08.17

究極の悩み、これ以上ない葛藤にどう向き合うか

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「自分の親族と命をかけて戦わないといけない・・・」そんなギリギリの局面に人間はいかにして向き合うか?


2,000年前に書かれたインドのヨガ哲学『バガヴァッドギーター』はそんな舞台設定からはじまります。


18章、700の詩編で構成されるこの経典を解説した本を今年のお盆で読みました。

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2段組みで400ページあまり、ちと骨が折れました。著者は元科学者のヨガ出家修行者です。


3年ほど前からでしょうか、「ギーターのスゴさを広めたい!」と思うようになりました。で、1年かけてカード(『バガヴァッドギーターカード』)を創りました。


で、週に一度、ギーターを習いにいくようになりました。何年間も通っていたスポーツクラブのレッスン、それも「水曜日の黄金枠」を蹴ってまでいくのですから、それはそれはスゴいことです(笑)


ギーターは「神の詩」と呼ばれ、立派な宗教書です。宗教っぽい表現もたくさん出てきます。だから、アレルギーがある方には無理だと思います。


それでも「今、好きな本はギーターだ」と隠さず人にいわずにはいられない心情。この叡智を広めたいと思わずにはいられない感覚・・・うーん、何なんでしょうかね、この内発的な衝動は。。。。


あまり、「ギーターはスゴい!スゴい!」といっていると、なんとなく友達が少なくなりそうなので控えますが(笑)

August 17, 2014 in 人間が悩むということ, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0)

2014.06.02

センスは知識からはじまる

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『センスは知識からはじまる』 水野学 朝日新聞出版


「センスがないなあ」


住宅メーカーで仕事をしていた29歳頃。支店長にしょっちゅうこう言われました。


「立て替えをしたい」というお客さんの要望を聞き、まずは営業担当が図面を書くのですが、いつもダメだし・・・。


当時の自分は「確かにセンスがないよなあ」と思ったわけです。どうみても、自分の描いた図面には家に対する夢や希望がかけていたわけです。


その後、転職をして広告や商品の仕事をする中でたびたび「センス」という言葉に出会いました。


「あの人はセンスがある」、「センスのいい商品」、「センスのある提案」、「センスのあるデザイン」・・・


けど、じゃあ「センスって何よ?」といわれると、なんとなくぼんやりとしていたわけです。


けど、「『センス』ってのは生まれつきではなく、後天的なものじゃないか?」という思いはどこかにあったわけです。


「人間は自分がセンスを発揮できる分野を探しあてて、そこを深堀りしていく。これが、『センス』ってものの正体じゃないか?」と。


その先にある「目利きができる」って世界観。


そこは、「一般」と「特殊」を見極めることのできる世界。「よし」と「悪し」と自分なりの観点で区分けできる世界。その分野の未来予測がごくごく自然とできるような世界。先天的に与えられるのでなく、獲得していくって世界。


だから、「ワタクシはセンスがあります」的なオーラが満載の人をみると、「ああ、この人はいつか時代から復讐されるだろうなぁ・・・」的に思っていたわけです。


さて、この本の著者(慶応大学の准教授)はいいます。


センスは生まれついてのものではない(P1)


センスとは知識の集積である。これが僕の考えです(P74)


「センスのよさ」とは、数値化できない事象の善し悪しを判断し、最適化する能力である(P18)


まさに、我が意を得たりです。


人間はオールマイティーに「センス」を発揮できないでしょうから、「どこに自分がセンスを発揮できるのか?」というどこか戦略的な視点が必要になりますが、決めてしまえばあとは時間をかけて知識を集めていくだけ。


地道で時間のかかる世界ですが、だからこそ「他の人には真似できない」という世界が開けていくのでしょう。


せっかく仕事をしているんですから、こういう分野を一つでも持ちたいものです。

June 2, 2014 in 人間の成長について, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0)

2014.05.26

「不幸な自分」と遊ばない

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映画『晴天の霹靂』(5月24日公開)


自分の中にいる「不幸な自分」


「もっと生まれた環境がよければ、もっとマシな人生を歩けたのに」、だとか・・・


「もっと身体が強ければ、精力的に活動できたのに」、だとか・・・


「もっと学ぶ環境にあれば、苦労しなくてすんだのに」、だとか。


「不幸な自分」ってのは、(何らかの意図の基に)自分が造り出しているんじゃないでしょうかね?


「不幸な自分」と遊ぶのは、「できごとがうまく行かなくてもしょうがない自分」、「努力しなくてもいい自分」を無意識のうちに創っちゃうということ。


マンガ『ドラえもん』に出てくる勉強もスポーツもダメな主人公「のび太」。


彼が自分の出生した頃にタイムトラベルして、「どれだけ親から期待されて生まれてきたか?」を知ってから一生懸命に勉強するシーンがあります。


たぶんこのシーンって、「『不幸な自分』と遊ぶスイッチがオフになった瞬間なんじゃないのかな」とこの映画を観て思いました。


「不幸な自分」と遊ぶも遊ばないも、自らの選択のうちにあるということなのでしょう。


我々はかくも崇高なテーマ、を子供の頃みていたマンガで突きつけられていたのかもしれません。

May 26, 2014 in 人間が悩むということ, 人間の認知について, 感じたこと, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0)

2014.05.07

「岩戸」が開いて、愛が広がっていく

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「愛することってどういうことかよくわからない」


セラピーの現場にはこういう相談がよく寄せられるそうですね。


自分自身がセラピーを習ったり受けたりした経験から、これを分析的なアプローチで解決するのはどうも難しいと思うのです。


「過ぎた過去にとらわれ、そのとらわれに固執し、その固執からくる心地よさ」


注意しないとそんな心地よさを感じてしまう危険性があると思うのです。


過去は書き換えが可能なのですから、自分の愛のボトルが残り僅かになっているのであれば、埋めるために動いた方がいいと思うのです。生きていくということは、そんな主体的な意志を世の中に向けることだと思うのです。


では、「愛」について悩む方にどう具体的な道を示すか?


たぶん、なくした物はなくした場所で取り戻すしかないわけです。


「愛」ある場所に身を置いて、「『愛』とはこんなものかな?」と身体で感じていくしかないわけです。


そんな場所に身を置いた時に感じる気恥ずかしさ、そんな場所に身を置いた時に感じる違和感、そんな場所に身を置いた時に感じる疎外感・・・


そんな感情を抱きながらでも、「いつかなにか感じたらいいな」的に身体で感じていくしかないわけです。


GW中に行われたフラワーエッセンスの世界大会「国際フラワーエッセンスコンファレンス」は、まさに愛と調和に満ちたイベントでした。


どれだけスゴかったかというと、普段「愛」などとブログに書かない自分が「愛」をテーマにしているほど素晴らしかった(笑)


『古事記』に天の岩戸からアマテラス様が出られて、世界に光が戻ったというお話しがあります。


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アイデァを出した神様(オモイカネノカミ)、アイデァが正しいか占った神様(フトダマノミコト)、力強く岩戸を押しあけた神様(アメノタジカラオノカミ)、鏡を用意された神様(イシコリドメノミコト)、岩戸の前で踊った神様(アメノウズメノミコト)・・・


さまざまな神様の協力で、世界に光が戻ったというこのお話し。


これって、「周囲の力を借りて人間の愛が広がっていく物語」と読めないでしょうかね?


人は一人では愛の岩戸を開けることができないわけで、さまざまな方の協力が必要だ、とおそらく古の叡智は語っているのでしょう。


世界各国から集まったさまざまなゲストスピーカー、イベントを実行された関係各位、参加された多くの方々とのふれあう中で、多くの方の「岩戸」が開いたんじゃないでしょうかね。


12年ぶりの貴重なイベントに立ち会えた運命に感謝。お会いしたみなさま、お疲れさまでした!

May 7, 2014 in 感じたこと, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0)

2014.04.10

この怒りって感情はワタシの怒り??

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『恐怖なしに生きる』クリシュナムルティ


「なんでこんなこと言われなといけないの?」


誰かに口にされて怒りを覚えることって、誰でもあると思うのです。


けど、その「怒り」って感情をよーく見つめてみると、実は「ワタシの怒り」ではなくて「相手(口にした人間)の怒り」だったりすることってあると思うのです。


自分と他人との同一化


とかく、今の時代は「つながる」が一つのキーワードですから、他人と自分とがごちゃごちゃになりがち。


言葉のやりとりをしているうちに、「相手の怒り」が言葉と言霊を通じて自分に入ってきて、いつのまにか「ワタシの怒り」みたいに感じてしまうわけです。


だから、「他人の怒りを引き受けて怒ることでしんどくなる」なんてことが起きてくるわけです。


怒りを覚えたら、その感情を徹底的に観ること。「その怒りの主体は誰なのか?」を観察すること。


そうすることで、自分と他人との境界がひかれ、「他人の怒りを引き受けない」なーんて心の平安がもたらされることでしょう。


人間、エネルギーは有限。


他の人の怒りを引き受けてエネルギーを消費するのはもったいない、です。


インドの宗教的哲学者クリシュナムルティは、「感情を観察すること」の大切さを教えてくれます。


人は、自分の感情を観察するするよりも感情に任せて動いた方がラクチン。だから、自分の感情のみならず、他人の感情までを引き受けてアクションに精を出そうとするのでしょう。


感情が揺れた時に自分の心を観察できる冷静さが、叡智というものなのでしょう。

April 10, 2014 in 人間が悩むということ, 人間の認知について, 人間関係に関すること, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0)

2014.04.04

イメージすることは力である

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古今東西、人間は言語化できないものをイメージの力で形にしてきた。


イメージができると、人は安定する。


姿が現れることによって、コントロール下に置けるから。


姿が現れることによって、自己同一化から脱却できるから。


姿が現れることによって、周囲との対話が可能になるから。


今の時代、市井の一個人は「イメージされたものに囲まれている」時代感を生きていて、自らが「イメージ化」する機会がなくなっている。


便利といえば便利、ラクといえばラク。


人間を悩ます死や病、老いや苦しみへの恐怖。みえないものへの怖れや自然への畏敬・・・イメージが不足するからいいようのない怖さが増長する、といえないでしょうかね。


イメージすることは、力です。生を地に足つけて生きていくための主体的な働きかけです。


「イメージの力」展 6月9日まで国立新美術館で開催です。世界各国のお面の展示コーナーはなかなか圧巻でした。


この展覧会のネーミングをした方のセンスはすばらしいですわ。

April 4, 2014 in 人間の認知について, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0)

2014.04.01

人間は都合よく記憶を書き換えている

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「人間は自分にとって都合のいいように妄想し、自分にとって都合のいい事実だけ信じる」


先週末に公開のこの映画。自分なりにあえて主題をまとめてしまうとこんな感じか。
白ゆき姫殺人事件 オフィシャルサイト


『白ゆき姫殺人事件』というタイトルのもつ語感が、なんかサスペンスチックで、映画の持つ魅力を引き出せていないのでは?というシロート考えはあるものの、現代人必見の映画です。


「あの時に、こんなことがあった」だとか


「あの時に、こんなこと言われた」だとか


「あの人にはあんなことをしてしてあげたのに」だとか


人間の過去の記憶(エピソード記憶)ってのは、たいがいは自分にとって都合のいいように書き換えられていていい加減なものなわけです。(こういう学術的研究もあるようですね)


けど、「ワタクシ」(私)をコントロールする司令塔の脳みそは、絶対的な万能感を持っている。


だから、「私が記憶していることは、間違いがないはずだ!だって、私自身のことじゃん!」とになるわけですね。


そういう人に、「エピソード記憶なんていい加減なものじゃん!」なんて言おうものならたいがいは、反発をされるわけです。


この映画は「人間のエピソード記憶なんていい加減なもの」というメッセージ(&具体例)を観る人に与えてくれます。


それぞれが、自分にとって都合のいいエピソード記憶同士のぶつかり会い


そこを理解してはじめて「自分の記憶も間違っているかもな?」という謙遜の精神や、「あいつのいっていることにも一理あるかもな?」という気持ちが他人に対して生まれてくるんじゃないでしょうかね?


「絶対」「間違いなく」「確実に」


が多用されるということは、おそらくエピソード記憶に固着しているってサインです。


ここから離れる勇気(固着は安心と安定をもたらしますから離れるのには勇気が必要ですね)と自在さを持つことは、他への共感への第一歩になるんでしょう。


「これって本当なんですかね?」


この映画でふいにでてくるこの一言、なかなか深いですよ。

April 1, 2014 in 人間の認知について, 人間関係に関すること, 観た映画、読んだ本、行ったイベント, 言葉について | | Comments (0)

2014.03.31

30年越しの夢が実現した

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去年のいまごろ(4月24日)、ブログにこう書きました。


私、大塚の「40代青春の忘れ物消費」。プリプリ(注:プリンセスプリンセス)のライブに行けたし、森高(注:森高千里)さんも行けたし・・・あとはおかわりシスターズなんだけど、実現の可能性は薄いだろうなあ。


平成25年4月24日のブログ


その記事から遡る1月ほどまえ(3月15日)、そのおかわりシスターズについての記事を書いていました。

平成25年3月15日のブログ


・ ・・今思えば、何かしらの予感でもあったのでしょうか?それとも、願いが言霊となって実現したのでしょうか?


週末は、山崎美貴さん(元おかわりシスターズ)&片岡聖子さん(元オールナイターズ)の復活ライブにいってきました。


まさか、このメンバーが復帰して、30年前にテレビの前でしか聴くことのできなかった歌がライブで聴けるなんて・・・狂喜乱舞な1日でした。


プロレス的にいうと、猪木VS馬場でレフリーがルー•テーズ、場所は蔵前国技館というくらいのレベルですね(笑)


人生の後悔、っていろいろとありますが、自分はおかわりの解散コンサート(昭和60年3月)に行けなかったことが本当に心残り。


当時は中学3年で高校に進級する間際だったのですが、「一緒に行ってくれる人がいない」という理由で尻込みしてしまった己の青さよ。。。まさに、週末はこの時の「青春の忘れ物」を40過ぎにして取り戻した感覚でいっぱいです。


選曲の絶妙さ(曲の構成がとにかく絶妙。後で聴いたがマニアの方のリクエストによるものらしいと判明、さすが)、二人の元気な姿、そして、同世代でおかわりのライブに土曜日の午後に各地から足を運ぶ面々・・・


なんだ、この心強さは。。。


「ああ、自分は一人じゃなかったんだ」と妙な連帯感(?)を感じた1日。


お陰で週末は仏様のような心持ちで過ごすことができました(笑)


次は6月、再度いきます!松尾羽純さんがちょっとでもいいから出ないかなあ。。そしたら、何も思い残すことはないのだけど。

March 31, 2014 in 感じたこと, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0)

2014.03.13

どんな本を読んだらいいか分からない

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机の上にあった本を並べてみました。


うーん、客観的にみるとひとつの指向性がみえますね。


それはさておき。


これらの本、一冊残らず「自分の意志」で選んだ本ではないわけです。


「Amazonの書評コメントを見て面白そうだなと思った」、「師匠筋から読むことを薦められた」、「出版社から献本された」


「新しい企画を進める中で読まないわけにいかなかった」、「書店でたまたまみかけた」、「新聞広告でみかけた」・・・


手にとった理由はさまざまですが、どれもが「たまたま(偶然性)」から「読んでみよう!」と行動に結びついているわけです。


「たまたま」ってのが人間の力でマネジメントできない以上、本との出会いに「自分の意志」なんてのはないんだな、と自分は思うわけです。(これは、人や仕事との出会いも一緒ですね)


「どんな本を読んだらいいかわからない」


飲みの席でそんな話になった時、自分は「『たまたま』目の前にやってきた本を読めばいいんじゃん?」と応えました。


で、面白ければその著者の本(もしくはそのテーマの本)を水平展開して読めば良いし、つまらなければすぐに辞めて(つまらない本を読み続けていると読書嫌いになるので)次の「たまたま」を待つ。


「たまたま」がこないのであれば、情報の感度がどこか錆びついているか、本を読む使命を与えられていないかのどちらかでしょう。


別に、本より楽しいこと、本より実りのあることなどはいくらでもあるし、無理してこちらから探して読まなくてもいいんじゃね、というのが自分のスタンス。


自分に訪れる「たまたま」に全幅の信頼をおくと、時に「たまたま」が自分を追いかけてくる感覚を味わうような気がします。


もしかすると、「たまたま」は存在証明したがっている・・・?


とまれ、新しい「たまたま」が生まれるたびに、「自分が知らない世界ってのがたくさん存在してるんだなあ」と思います。


こないだ、この映画を「たまたま」見たのです。


この映画の主人公、Fジェームス・ハントとニキ・ラウダってF1の世界ではもの凄く有名なライバル関係らしいですね。

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同じ時代を生きていて、はじめて知りました(汗)


たぶん、「たまたま」ってのは自分が知らない世界へと開く扉みたいなものなんでしょう。


自分はこの映画を観てもF1には興味も関心もないですが、人によってはこの映画が人生のパラダイム転換をはかるような「たまたま」だったりするのでしょう。


この辺の「たまたま」に対する感度の違いってのが、人間の使命であり、生きる方向性を示唆しているのかと。


日々訪れる「たまたま」を大切に。

March 13, 2014 in 人間の成長について, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0)

2014.01.27

読む本が減らない

新しくご縁をいただく方に著書をいただくことがあります。


本というのは、「想念の賜物」(「創りたい」「書きたい」という強い思いが書籍という形になったもの)だと思ってますから、必ず読むようにします。


「これから仕事で役立つだろうな」という本も読むようにします。


「この企画を手がけるんだったら、これくらいは知らないとな」という本はできるだけ先回りして読んでおきたいです。


「この人は人間的に尊敬できる」だとか「この人の考え方は好き」という人が推薦した本。これも読むようにします。


って考えると、自分で選んで読んでいる本ってほとんどないんだよな・・・。


まさに、本の方からひっぱられるって世界観。


こんなだから、増える時は読んでいない本がどあーっと増えて、どんどんと本棚や机に積まれていくわけです。で、3冊くらいを同時並行で読む。


これって、「本を読んでるワタシが主体的に未来を開く」じゃなくて、「本にひっぱられてワタシの未来が自然に開かれる」って世界だと思うのです。


いくたの本にひっぱられて、それに追いついていこうとする一人の人間のささいな営み


のような気がするんです。


「この本は面白い」「面白くない」も大事でしょうが、「この本はワタシをどこに引っ張ろうとしてるのか?」と考えるとなかなか面白いなと思います。


人との出会い、本との出会いにワタクシ(自己)の介在する余地なんかたぶんほとんどないのですからね。

January 27, 2014 in 感じたこと, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)

2014.01.16

「なんであいつはああなんだ?」を悩むときの補助線となる一冊

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『嫌われる勇気』(岸見一郎・古賀史健著、ダイヤモンド社)


「人は変えられない、変えられるのは自分だけだ」


って言葉あります。


「なんであいつはああなんだろうね?」といくら陰口言おうが、「あいつは○○って過去があるからああいう行動をするんだ」とトラウマ的分析をいくらしようが、変えられないものはどうしようもない。


どこの組織、人間関係でもよくある話ですね。


この本が取り上げているアドラー流心理学にいわせると、そこには「変わらないことで得られる『目的』」が存在するからなんだと。


たとえば、「いつまでもダメな自分でると周囲から期待されずラクチンだ」なんて目的。


ほかにも、「周囲から陰口をいわれることで周囲から同情を買いたい」という目的だとか、「ダメな自分を演じることで逆に他人を支配したい」という目的だとか。


そういう極めて個人的な目的。


アドラーは、過去のトラウマに責任を求めるのではなく、今日、いま、ここに存在する何かしらの「目的」にアプローチする心理学。


人間関係の問題をトラウマ的なアプローチから入ることは、確かに一定の有益性はあるでしょう。


けど、一方でトラウマ分析の堂々巡りのスパイラルに陥ってしって、過去をこねくりまわしてしまうことに時間をつかってしまいがちであるのも事実かと。


フロイトやユングと並ぶ心理学の巨頭でありながら、いまいちマイナー感のあるアドラーが分かりやすくまとまっています。


自分自身を知るため、人を知るため。


人間関係を複雑にしないため。


そこからもたらされる悩みを軽減するため。


すべての人必読の本だと思います。

January 16, 2014 in 人間の認知について, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)

2014.01.03

「スーパーヒーローな一面」に光をあてる

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今年の元旦は、赤坂氷川神社で初詣。その後、六本木で本屋に寄りました。


『芦原英幸正伝』


伝説の空手家、芦原英幸さん(1944〜1994)の評伝が発売されていたとは・・・つゆ知りませんでした。

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芦原英幸さんは、昭和50年代に人気劇画『空手バカ一代』に「ケンカ十段」のニックネームで登場。


格闘家としての圧倒的な実力、大多数に対して孤軍戦いを挑む勇気、ユーモア&人情味溢れるキャラクターが昭和の格闘ファンを魅了します。


四国の松山に本拠を構え、メディアに露出する機会が少なく、50歳の若さで逝去されたために「伝説の格闘家」になっていたわけです。


その伝説の格闘家と交流があった著者による評伝ですから、マニアにはたまりません。元旦から一気に読みました。


読了して、元旦に訪れた赤坂氷川神社のご祭神・スサノオが芦原さんにオーバーラップしました。


暴れ者の八岐大蛇を退治したスサノオ。ケンカなら負け知らずで四国の空手界を制覇した(劇画上では)芦原氏。


どちらとも、「スーパーヒーロー」でした。


そんなスサノオは泣き虫な神様でした。母のイザナミがいる根堅州国に行きたい、とないてばかりいました。一方の芦原氏もこの評伝によるとスゴく気が弱く、臆病な部分があったようです。


どちらともが持つ、「スーパーヒーローの二面性」・・・。


たぶん、人は誰しも自分の中に「スーパーヒーローな一面」を持っています。


けど、そんな素晴らしい一面は、光があてられずにフタをされていることが多くはないでしょうかね?


「自分は弱いところがあるから・・」といった思いや、「スーパーヒーロー」な部分をオープンにすることで受ける他人のやっかみや誤解などを考えてしまって、「無きもの」にしていることがないでしょうかね?


「破天荒で強い自分」と、「臆病で泣き虫な自分」と


自分の二面性を自覚しつつ、「スーパーヒーロー」な部分に光をあてて出し尽くすこと。


たぶん、それこそが人間が「内なる本分に従う生き方」なのかもしれません。


2014年の元旦をそんな思いで迎えました。本年もよろしくお願いいたします。

January 3, 2014 in 感じたこと, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.12.10

自分がつくった組織に苦しめられる

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アップルの創業者・ジョブスの人生が映画になりました。


類いまれなきこだわりでアップルを一代で伝説の企業にするのですが、一時期は自分がつくった会社から追放されてしまいます。


まさに、「自分がつくった組織に苦しめられ」たわけです。

でも、これってそんなにめずらしいことじゃない気がするんです。


自分がつくった組織に苦しめられる、自分が生んだ子供に苦しめられる、自分が選んだパートナーに苦しめられる、自分が教えた生徒に苦しめられる・・・


場面場面は変われど、よく見聞きすることかなと。


ジョブスほどの人であってもこういうことが起こるわけです。


我が日本でも明治維新期の大人物・西郷隆盛だって自分が手がけた明治政府に苦しめられた事実があるわけです。


たぶん、人類が誕生したころよりこんなことを繰り返してきてるんですよ、人間は。


「自分が・・・」ってところの「が」(我)が存在するから、そこに固着がうまれる。そして、固着したものをコントロールしたい欲求がもたげてくる。


けど、世の中に存在するものはコントロールできるものの方が少ないから、結果的にコントロールできなくて機能不全を果たす。で、さまざまな障害、軋轢を生み出していく・・・。


ってことなんでしょうかね。


人間は使命を天から与えられている、と考えれば「自分が・・・」の「が」は 本来はいらないはず。


ただ、自分らは使命が与えられているということに絶対的な信頼を置くことができにくいから、「が」(我)を持つことでなんとか自分自身を守ろうとするわけです。


この辺は生き方の選択の問題ですから、「自分が」を持とうと持たまいと個人的にはどっちゃでもいいと思うのです。


けど、「自分が・・・」の「が」ってのは時に物事を生み出すエネルギーになりますが、ときに激しい固着を生み出すので要注意だと思います。


自分がつくった会社、自分が手がけてきた仕事、自分がつくってきた組織、自分がつくってきた歴史・・・


凡人には、「が」が頭をもたげそうなことばかりだ(笑)


これらが、天から与えられたものだと考えると、ことほどさように「自分が・・」を主張する根拠はないのでしょうけどね。


ジョブスは禅の本を読んでいたといいますが、生きる中で、経営する中でこの辺にぶちあたったんじゃないかな、と勝手に想像しています。


じゃなきゃ、禅の本なんか手に取らないだろうしね。性格的に友達にはなれそうもないけど(笑)この辺のセンスはいいですね。めちゃ上から目線ですが。。

December 10, 2013 in 人間が悩むということ, 人間の成長について, 仕事のことについて, 経営をするということ, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.12.09

二作目というプレッシャーに立ち向かう勇気

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『夢と狂気の王国』を観ました。


『エンディングノート』なんて素晴らしい作品をデビュー作でつくったから、監督の砂田麻美さんにとって二作目はかなりプレッシャーだっただろうな。


選んだテーマがジブリ。


もしや、常に生みの苦しみに直面している宮崎駿さんに自分の葛藤を投影したか?


とまれ、


プレッシャーの中で負けずに仕事をすること


この映画は砂田監督のそんな心意気を感じさせる映画でした。


自分を守りたいんだったらもっと無難なテーマを選ぶだろうに、あえて日本を代表する表現界の雄(?)ジブリをテーマにした姿勢が素晴らしいですね。


蛮勇じゃなくて、変に気が強いってのでもなくて、若気の至り的なイキがってる感じもしない・・・たんたんとしているけど芯が強くて動じないって感じ。


こういうのを勇気、というのだと思います。


自分は前作から引き続きこの監督が作中で行うインタビューが大好きですわ。どこが琴線に触れるかはよくわかりませんが(笑)

December 9, 2013 in 人間の美意識について, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.12.02

日本は神代の國だということ

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かぐや姫、期待以上の映画でした。


日本は神代の國です。言霊が存在するし、神のご加護ってのも普通にある。


昔話ってのはそれらのことを人が無意識的に学べるように受け継がれてきた人類の叡智だったと思うのです。


それらが世代間で分断され、ともすると古くさいものとして忌避されているとしたらもったいないですね。


ジブリが描くとかぐや姫もこうなるんですね・・・姫を迎えにくる大いなる存在の表情と音楽。「もしかして実際に見てきた?」って感じるほどリアリティがありました。

December 2, 2013 in 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.11.20

チャレンジってのは挑戦って訳すんだ、と感じた夜

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FUNKEY HONEY公演に友達が出たのでいってきた。(今回で3年目)


舞台が終わって、出待ちして、別れをつげて、ふと空をみあげると満月。


それを見つめる着物姿の彼女がめちゃ幻想的だった。


「チャレンジ」


生きていれば人は何らかのチャレンジをしているわけです。


いうなれば、新しい本を買うのもチャレンジだし、いったことのない場所にいくのもチャレンジ。


でも、英語が輸入された時、僕らの先達はこの言葉を「挑戦」と訳したわけです。


戦いを挑む・・・


自分らの口にする「チャレンジ」ってのは、どこかライトに、どこか軽くなっていないか? 


どこかコントロール可能で、結果が想定できる範囲の中で、夜に飲む酒がちょびっと美味しい程度の「チャレンジ」を挑戦呼ばわりしていないか?


今回の満月は、きちっと戦いを挑んだ彼女に対する賛美、贈り物だったのかもしれません。


素晴らしい復活でした!


追記
もうすぐ「かぐや姫」も公開ですね。

November 20, 2013 in 初心を忘れないということ, 感じたこと, 観た映画、読んだ本、行ったイベント, 言葉について | | Comments (2) | TrackBack (0)

2013.10.01

日本人には笑いと涙が足りない

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一般に、「日本人は○○だ」という時には、自分自身の投影である場合が多いいもの。(だから、今日のブログのテーマは大塚自身のことなわけですね)


ですが、あえてタイトルは「日本人には」としてみました。


こないだ、箱根に行ったのです。大学時代からお世話になっていて、今でも仕事でお付き合いある先輩とです。


で、箱根神社にお参りし、酒を飲み、現在や将来の話をして・・・


最後はくだらない話で横隔膜がよじれるほど笑いながら床につきました。第三者が客観的にながめたら何が面白いか分からないテーマですね。


で、思ったのです。


「ここまで笑ったのっていつ以来か?」と。


自分は、同世代の人と比べて喜怒哀楽の多い人生を送っているつもりです。で、そのために外にでたり、人と会ったり、機会をつくっているつもり。で、よく遊んでもいるつもり。


けど、横隔膜がよじれるほどの笑いってのは歳とともに少なくなっていきますね。


横隔膜がよじれるに従って、いろんなものがほどけていく感覚を覚えました。抑圧したものだとか、押さえていたものだとかですね。


抑圧したものや、押さえていたもののためにものすごいエネルギーを使っているんだな、と思いました。


これを仕事や遊びに向けたら最強なんだけど、とかくそうはいかないのが人間社会(笑)


だから、たまに喜劇映画にでもいって「笑いや涙」をいただくのがベスト。それは、無自覚のうちにたまったエネルギーの放出作業なんです。


先週末に公開のこの映画、笑いながら泣ける素晴らしい映画です。さすがクドカン!

October 1, 2013 in 感じたこと, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (2) | TrackBack (0)

2013.09.06

大海の一滴の水、というとらえかた

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自分をなにほどのものであると考えることは、神と自分自身とのあいだに障壁を築くことです。これにたいして、自分がなにほどのものであるとの考えをやめることは、神と一体化することです。


大海の一滴の水は、自ら意識することはありませんが、母体の広大さに関与しているのです。ところが、一滴の水が、大海を離れて存在を主張しはじめると、たちまちに蒸発してしまいます。


地上の生命は泡沫にすぎないと言ったとしても、それはけっして誇張ではありません。(『ガンディー 獄中からの手紙』P82)


インド独立の父、ガンディーの獄中書簡の一節です。今度、インドの叙情詩『バガヴァッドギーター』に関連する商品をリリースするので読んでみました。


人間を「大海の一滴の水」と例えるこの感覚、自分は好きですね。


「大海の一滴の水」ごとき存在である人間が、「ものごとがうまくいかない」だとか「あの人がきらいだ」だとかやっているのがこの社会。


「自分がなにほどのものである」というスタンスに必要以上に立つから、問題や不安や葛藤が生まれるのでしょう。


たしかに、「自分がなにほどのものである」と意識し、そのために自己を武装し、自分のコントロール下に置かないと生き難い時代感だとは思います。


けど、ときに「自分がなにほどのもである」から離れ、大海の一滴の水になったごときスタンスでいきていくことも大事だと思うのです。


一人の人間は世界の中心ではなく、端の端、そのまた端に小さく座しているような存在なのでしょうしね。

September 6, 2013 in 人間が悩むということ, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.07.08

週末は青春の忘れ物消費でした

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23歳から3年間、北陸で働いていました。


たぶん、旅立ちにあたってもらったカセットテープ(時代を感じる・・・)の1曲が広瀬香美でした。


3年間、広瀬香美が朝かかるようにセットして7時に目覚めていました。


毎日のように飛び込み営業ばかりしていたので、心が折れることが多かったのですね。同僚も友達も自分の周囲数百キロ圏内にはいなかったし(笑)とにかく一人でしたので、彼女の歌にはだいぶ洗脳(?)されました。


会社を辞めてミャンマーを旅していた時に、田舎町で「ロマンスの神様」がたまたま流れて来た時は驚きました。


「会社生活でやり残したことがあったんじゃね?」といわれてるようでした。


歌には記憶や思いでが付着しますね。


しょっちゅう曇天の金沢の街、はじめての社会人生活ですんごくお世話になった先輩のKさん、「よし、友達をつくろう」と思って立ち上げた北陸格闘技振興協会(笑)のメンバーたち・・・


足しげく通ってやっと仕事をもらったが最初の仕事で大クレームをして出入りが禁止になったN社・・・


そして「いつかは広瀬香美みたいな人と友達になりてえなあ」的な当時の妄想(笑)やることがなかったから仕方なく通っていた図書館とやっていた簿記の勉強(笑)・・・


「ロマンスの神様」に刺激をうけてこんな記憶がよみがえってきました。。。


ビルボード、はじめていったのですが最高ですね。


高等遊民(?)のNさん、チケットありがとうございました!


追記

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日曜日は、70年代限定の歌で横浜のライブハウス貸し切ってのコンサート。


プロではないのですが、大ファンの人が出たので応援に(笑)最後は、自らがマイクをもって舞台にいました(爆)


9月は90年代の歌限定のライブがあるようで・・・で、でるか??

July 8, 2013 in 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.06.03

映画「くちづけ」は必見です

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映画「くちづけ」公式サイト


「人の人生を根底から変えてしまうエネルギー」


一部の本や映画にはそういう力がありますね。


でも、それらの作品ってのは、単体としては存在しえないわけです。


作品を読んだり、鑑賞をする私たち人間•••個々人の中にある「何かしらの因子」と作品との関係性の中ではじめて存在するわけです。


で、因子と作品とがタイミングよく結びついた時にはじめて、スゴいエネルギーを放出するわけです。「自分にも何かできないか?」って具体的な行動が生まれるわけです。


そう考えると、本や映画に触れるというのは、「自分の因子を探す作業」という側面があるかもしれませんね。


さて、この映画。番宣も見ずに行ったのでどんな映画か待ったく分からずでした。


ポスターを見て「父親から巣立っていく娘さんの話かな?」くらいにしか思わず、橋本愛さんがでてるし、空き時間があったので「まあ行ってみるか」という感じで。ライトなヒューマンドラマだろうな、って感覚でした。


映画の舞台が知的障がい者の自立支援を目的としたグループホームであること、主人公の娘さんが知的障がい者である、という前情報もありませんでした。


それはそれは、ヒューマンドラマであり、社会派ドラマであり、ラブロマンスであり、父と娘のドラマであり•••


観る人のどこかしらの因子に突き刺さるだろうな、という映画でした。


日本語には、「筆舌に尽くしがたい」という言葉と、「百聞は一見にしかず」という言葉があります。


自分なぞでは文章にすればするほどこの映画の魅力から遠ざかってしまうと思いますので、DVDの発売などを待たず、とにかく映画館にいくことをおススメします。


自分にとっては「自分の因子がどこにあるか?」を久しぶりに分からせてくれる映画でしたし、具体的に何かしらの行動を起こそうと思いました。


あと、子供の頃に近くにいた人のことを思い出しました。この映画を観ていなければ永遠に記憶に出てこなかった人ですね。

June 3, 2013 in 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.05.16

悩むことの豊かさ

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「問題と解決とはワンセット」


おそらく、多くの働く人はそう思っています。だから、仕事で問題が発生すると「解決」というスイッチが入ります。


で、その「解決」の能力が高い人は一般的には「できる人」と言われます。


でも、「世の中にはすぐに解決できない問題」があるって現実もあります。問題解決って思考を刷り込まれた自分らは、その手の問題を前にしても「解決」ってスイッチを無意識にいれてしまいがち。


で、そこから無力感やら不全感が生まれたりします。


こういう時は、たぶんなのですが「問題を抱えている私」を存分に味わうのがベストなのです。それはそれは、いやーな感覚なのでしょうが。


でも不思議なことなのですが、きちっといやーな感覚を味わっていると問題そのものの見え方が変わったりします。で、時に自然と解決してしまったりします。


この本は、北海道にある「べてるの家」という精神障害などを抱えた方の活動拠点について書かれた本です。


「治療しない」「管理をしない」「弱さを認め合う」「話し合う」「ぶつかりあう」という中で、それぞれが自分の生き方を見出していくらしいですね。


「私たちは、生活を便利にしたり豊かにしたり、自分にないものを身につけたりいろいろ努力しているが、そういうこととは無関係に、生きることに悩みあげくという力が与えられている。


そういうことを忘れている。生きる苦労とか生きる大変さをすべてとりさって、軽くなって楽に生きたい、そういう潔癖願望が病気のように蔓延しているように思います。」(P140)


ケースワーカーの方がこう語っていたのが印象的でした。


目先の問題を安易に解決せず、深く深くほりさげる


それは、「なぜなんだろう?」「どうしてなんだろう?」という自分自身への問いかけに身体や心が揺さぶられる世界のはじまり。


そのプロセスで問題を違った観点からみられるようになったり、普段は自己開示しない人があまりのつらさに周囲に相談するようになったり、「これは受け止めるしかないだろうな」と諦めの心境になったり•••


そこから「肚に落ちる」って感覚や、「問題が問題でなくなって」って意識がうまれたりすることがあるわけです。


自分らはこの「揺さぶられた状態」ってのが嫌いな生き物。脳みその絶対使命は「私の安定、私の安全」ですからしょうがありません。


だから、極端な話だと「問題解決って形をとった現実逃避」に走ったりするわけです。「問題解決する私」でいることで、「揺さぶられた状態」から逃げようとするわけです。


「揺さぶられた自分」ってのを持てるってのは、たぶんその人間が持つ本質的な力なんです。そこは、渦中にいるとしんどいですが、あとからみると豊穣な時間であることに気がつくといった世界観なのでしょう。

May 16, 2013 in 人間が悩むということ, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.05.13

正義は正しい。けど、それを武器にするのは正しくない。

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その昔、宗教の勧誘をうけたことがあります。


高校時代の女友達から呼び出されたのですが、雑談もそこそこに「人間には10の悪がある」だとか「廃退した地球を救う」みたいな話になっていったんですね。


で、「一緒にやりましょう!いまやらないと手遅れになります」と。


「全然、興味がない」と話をすると「その理由をいってください」と。


まあ、いきなり呼び出され、聞きたくもない話をきかされて、挙げ句にこれですから無茶苦茶なわけです。


こんな押し問答が続いた結果、「目を血走らせて『廃退した地球を救う』なんていってもムリに決まってるじゃん、バカ」と一言残して帰りました。それが彼女と会った最後の瞬間ですね。


さて、この時の彼女の話。環境やら、教育やら、政治やら•••話としては非常にいい話でした。


いわゆる社会正義に基づく、正論ってやつですね。


でも、正論をいきなり錦の御旗のようにもってこられて「あなたも一緒にやりなさい」はちょっと違うと思うのです。


さて、こんな例を出すまでもなく「正義」ってのはやっかいです。


無意識のうちに人を巻き込もうとしますし、「正義」の外にある人の話を受け入れられなくなりますからね。


言葉をかえていえばおせっかいの押し売りだし、頭がガチガチで思考の柔軟度がないなわけです。


だから、自分の「正義」を正当化する都合のいい情報しか頭に入ってこないわけなのです。


でも、人って「正義」を口にしたい時期ってのもあると思うのです。


万人に共通しているのかはわかりませんが、自分は「人は不安になると正義に固執したくなる生き物だ」と思っています。


正義ってバリアーで自分を覆っていれば、自分の不安ってやつが外界に接することがないですからね。それは、ある意味で自己の安定を意味しますし。


たぶん、人間の脳みそはこういう形で自分らの自我を守ってくれているわけです。


そいや、自分も旅をしていたころはよく「正義」を口にしていたかな、と。


好きなことはしていましたが、仕事はなく、借金もありましたからね。今思えばちゃんちゃらおかしいですが、将来に対しての不安もありましたし。


あの頃に苦笑いをしながら自分の「正義」に付き合っていただいた周囲の皆さまには頭のさがる思いでありますわ(笑)


この映画に「正義は正しい。ただ、それを武器にするのは正しくない」というセリフがありました。


この映画の根底に流れている一つのメッセージなのでしょうが、今の時代を風刺しているようで痛快でした。

May 13, 2013 in 人間の認知について, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.05.07

やっと花の美しさに目がとまるような人間になりました(笑)

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連休は半年ぶりにゴルフをしました。


毎度恒例のヤクルト飲み放題のゴルフ場


途中のホールでおしるこをふるまってくれるのですが、茶屋の前の花がめちゃキレイでした。


ってか、トイレにも、レストランにもいたるところに花が飾ってあり、その可憐さがとても粋でした。


「このゴルフ場ってこんなにキレイに花を飾ってたか?」ってのが半分と、「もしや自分、いままでは花に目がいっていなかったか?」というのが半分。


若き日の自分はですね、たぶん花の綺麗さに目を留めるような感性を忘れて生きてきたんです。


そういう「生産性のないこと」はムダだってスイッチが働くようなタイプの人間だったのです。


だから、リゾートへいってもぼけーっとできずに必ず何かをしているような人だったのですね。


でも、今思うとそれって何かに突き動かされているような生き方のような気がするのです。


「人間は成長しなくてはいけない」って強迫観念だったり、「ぼけーっとしていると大変な事態を引き起こすんじゃないか?」って裏付けのない不安だったり、「あの人は頑張っているのに自分だけ」という他人とに比較だったり•••


ですね。


たぶん、そんな性格だったから頑張ってこれた部分ってあると思うのですが、そろそろおさらばですね。(てか、ここ何年もそんなこと言っているな•••)


長かったゴールデンウィークも終わり、その時々でご一緒したみなさんお疲れさまでした!


追記
そいや、連休中にご紹介いただいた著者さんから自著である「花の本」をプレゼントされました。


なんでもかんでも「シンクロだ!!」って驚く感性はないのだけど、ちょっと今の状況とリンクしましたね。

May 7, 2013 in 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (6) | TrackBack (0)

2013.05.01

苦心して創っても、完成した瞬間から陳腐化する

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1冊の国語辞典を15年かけてつくる話です。


「間違えた辞書を誰が信用するか」とセリフにありましたが、それにしても文字校正が5回(五校!)もあるってのは想像を絶する作業ですね。


で、更にスゴいのは辞書はできた瞬間に陳腐化していくことです。


言葉や表現は常に変わりますから、できた瞬間に改訂作業の準備に入るらしいのです。完成したらまた次のスタートがはじまるらしいのです。


「商品やサービスは陳腐化する。それは避けられない運命だ。そのリスクを防ぐためには、自らの手で商品を陳腐化させなければならない」(※だいぶ自分の言葉で表現しています)


的なことを言っていたドラッカー博士の言葉を思い出しましたね。


自らがつくり出したサービスや商品を自らの手で陳腐化させる気概と行動力を持っている人、それをイノベーター(改革者)というのでしょう。


と考えると、イノベーションってのは別に起業家や戦略家だけが起こすものではないわけです。


自分が手がけた仕事(業種、職種問わずです)そのものの中に、イノベーションの萌芽が内在されているということなのでしょう。


映画の帰り、和英辞書を新刊で買いました。すさまじく気の長い仕事をしている人にせめてもの敬意を。

May 1, 2013 in 人間の美意識について, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.04.24

子供からは「オジさん」と呼ばれる年代になったけどね

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人間はいつか死ぬことは分かっているが、自分だけはなんとなく死なないと思っている


こんな感覚って誰にもあると思うんです。心理学的にいうと自己愛ってやつらしいですね。


「私がオバさんになっても」って森高千里さんの有名な歌がありますが、これも「私はオバさんになんかならない」って感覚があって初めて成立する歌のような気がするんです。


「私がオバさんになっても本当に変わらない? とても心配だわあなたが 若い子が好きだから」


オバさんがどのくらいの年齢と定義するのかよくわかりませんが、歳をとって自分のパートナーが若い女性に目がいってしまう女心を描いたこの作品のこのパートは、森高さんの作品で最高の一節だと思うのです。


さて、デビュー25周年、彼女自身15年ぶりというライブに行きました。


幸運なことにセンター最前列。「渡良瀬橋」は自分から5メートル、「17才」や「気分爽快」はわずか3メートル。まさに、狂喜乱舞、感動の嵐•••。熱狂的なファンとともに盛り上がりました。


で、3メートルの場所(ここにこだわる 笑)で「私がオバさんになっても」をライブで聴きました。


余韻がなかなか冷めなかったのですが、一晩たって目覚めたら詩人 サムエル•ウルマンの言葉を思い出しました。


青春とは人生のある期間を言うのでは無く心の様相を言うのだ。人は希望ある限り若く、失望と共に老い朽ちる。


大学生のとき、「私がオバさんになっても」の映像を見た時の衝撃は忘れないですね。非の打ち所がない美貌とすらっとした足はまるでサイボーグのようだと思いました。


あれから21年、昨日の森高さん。


あの頃の気合い入ってます感(?)が抜けて、ごくごく自然体な感じがとてもよかった。「私がオバさん〜」を歌ってもぜーんぜん違和感がなく、逆に変な嫌みも感じられない。


ってか、「オバさん」って言葉そのものの定義が昨日の彼女を見ると微妙ですね。


「私がオバさんになったら あなたはオジさんよ かっこいいことばかりいっても お腹がでてくるのよ」


この歌は最後の最後で男性諸氏に強烈なカウンターパンチを放つのです(笑)


人間は無常な存在ですから、年齢を重ねてしまうのは避けられない。けど、価値ある歳の重ね方っていうのはきっとありますね。


そうそ、「いつか行きたい所リスト」に渡良瀬橋と八雲神社が入りました(笑)


私、大塚の「40代青春の忘れ物消費」。プリプリのライブに行けたし、森高さんも行けたし•••


あとはおかわりシスターズなんだけど、実現の可能性は薄いだろうなあ。

April 24, 2013 in 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (4) | TrackBack (0)

2013.04.16

私は旅心を忘れない?

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3年前の夏、アメリカのコロラド州。


「ネパールに仕入ルートをつくりたいなぁ」とふと思いつきました。


で、南米やらヒマラヤ周辺やらを一人旅をしていた彼女のことが頭をよぎりました。


新婦に対してふさわしい表現ではないかもですが、日本人離れした美貌とは裏腹になかなかなんとも行動的な女性です。


彼女に現地のネパーリーを紹介してもらって、買い付け先の紹介から金額交渉、ディープな観光から、人探し(13年前にお世話になったチベタンを探しにいきました。結果、見つかりませんでしたが••)何から何までお世話になりました。


そういえば、10年ほど前は「いま、○○を旅をしています」って友達がいっぱいいました。で、各地から送られてくるエアメールでしばし旅情に浸ることができました。


が、自分が歳をとりすぎました。もちろん、周囲も。


いま、リアルタイムで世界を長旅している友達って誰かいるのかな•••??


そんな彼女の結婚式。お色直しはインドのサリーで、よく似合ってました。


これは、「結婚しても、私は旅心を忘れない」という無言のメッセージかもしれませんね(笑)てか、それくらいの遊びがあった方が結婚ってのはいいのかもな、とも。


末長らくお幸せに!


追記
どーでもいい話ですが、自分の結婚式のお色直しはチベット人の民族衣装でした。これは「自分は旅心を忘れない」という意味と、「どこにいてもオリジナリティを出したい」というほんのわずかな意思表明でしたね。

April 16, 2013 in 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.04.09

日本人としての心意気

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諸君は信じることができますか、東洋はある点で西洋にまさっているということを!(『茶の本』岡倉覚三著P26)


7年くらい前の話です。


アメリカの某会社とミーティングをしていた時に、「日本には霊性(スピリチュアリティ)がないからなあ•••」と、さらっと口にされました。


それを聞いて自分は「建国数百年の国が、よーいうよ」と思いましたね。


歴史が長ければいいってもんじゃないでしょうけど、日本にだって霊性はそこかしこに存在してますし、「いったいそれを知っていて口にしてんのか?」と思いました。


さて、この本は明治の終わり頃、「茶」を西洋人に理解させるために著者が英文で書いたものの日本語版です。


行間に「日本にはスゴい文化があるんだよ、君らにわかる??」ってのがありありとでてくるのが喝采でしたね。


自分らの国にかけているものは、外国にたいするこの手の心意気ではないでしょうかね?


たぶんなのですが、日本は感じることを主に置く文化。一方の彼の国は形にすることを主に置く文化なのではないでしょうかね?


だから、日本の文化はそれを感じられない人には分かりにくいわけです。


で、自分らの文化はそれをことほどさように形にする必要性を感じてこなかったわけです。


形になっていないからといって存在していないわけじゃないのにね。

April 9, 2013 in 人間の美意識について, 精神的なこと, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)