2014.12.09

『古事記』はいつかいきなり読めるようにはならないので・・・

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「12、3歳までに歴史を学ばない民族は、例外なく滅びていく」


歴史学者のトインビーが口にしたというこの言葉、FBやブログで多くの方がとりあげているのを見てきました。


それだけ、現代人の心を打つ言葉なんでしょうね。


「例外なく民族が滅び」るかどうかはわかりませんが、日本の歴史書『古事記』を読み、伝えていくことは日本人のたしなみとして大事だと思います。


けど、「いつか『古事記』を勉強したい!」と思っていても、この本は読めるようにならないかと。「いつか英語を話したい」と思っていてもしゃべれるようにならないのと一緒ですね。


この本は物語の前提から入るので、一章から丁寧に読んでいくと挫折していく本です。


「物語の構造と根底に流れている心」


これらをよく知っておられる方のナビゲートなしに突き進むのは、ちとむちゃくちゃだと思います。単にストーリーをなぞるだけだと、物騒としか思えない話もでてきますしね。


大祓詞を教えていただいた小野善一郎先生(湯島天満宮権禰宜)の『古事記』講座が、ただいま二子玉川&横浜で開催されています。


「言葉に魂が宿る」そんな教え方をされる先生でして、私は、先生に習ってから大祓詞がイキイキと躍動していく感を味わいました。お時間ある方はぜひ!私も東京の部に参加します。


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12/28(日)東京 「日本を元気にする古事記のこころ」

1/ 9(金)横浜 第6回古事記勉強会「日本人の心を取り戻そう」

December 9, 2014 in 精神的なこと | | Comments (0) | TrackBack (0)

2014.12.03

真剣に生きようとすれば、祈りが生まれる

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東京都神社庁が毎月発行している格言「生命の言葉」。12月は熱田神宮宮司、神社本庁総長を務められた岡本健治(1924~1999年)さんの言葉でした。


15年ほど前のこと。長旅から帰国し、撮影した写真を現像したらびっくり。被写体が「祈ってる姿」「物を売ってる姿」の人物写真ばかりだったからです。


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百貨店で実演販売をやってる友達にその話をすると、「『物を売ってる姿』ってのは人間が誕生した頃から続く、美しい行為だからなんだよ」とわけのわからないことをいわれました。


ただ、あの時の彼の話は「まんざら嘘ではないんじゃね」と思う自分が今はいるわけです。


「祈り」「物を売る」に現れる、人間の「ひたむき」。そこに、ワタクシの何かが触れてたんでしょうね。


上の写真はミャンマーのチャイティーヨーパゴダ、3回いくとお金持ちになれるそうです。あと、1回!なんとしてでもいくつもり。


今後の予定です↓↓


12月20日(土)大阪
『日本の神様カード』使い方講座


『オラクルカード&タロットカード』出版セミナー


1月15日(木)東京
『日本の神様カード』使い方講座


1月17日(土)東京
『レッツ!タロット』著者 キャメレオン竹田さんと月刊『ムー』編集長の対談イベント(詳細決まりました!12月4日から申し込み受付)


2月7日(土)東京
『日本の神様カード』著者 大野百合子さんの神様カードワークショップ


2月8日(日)東京
『日本の神様カード』著者 大野百合子さんの言霊の力ワークショップ


2月11日(祝)東京
『ガイアオラクルカード』著者 エレマリアさんイベント(近日中詳細アップ)


2月21日(土)東京
『マカロンタロット』著者 加藤マカロンさん出版記念ワークショップ(12月中にアップ)


3月 7日(土)東京
『日本の神託カード』使い方講座(1月に詳細アップ)


お問い合わせ
TEL 03-6380-5550(平日10:00〜18:00)
info@visionary-c.com

December 3, 2014 in 人間が悩むということ, 精神的なこと, 訪れた場所のこと | | Comments (0) | TrackBack (0)

2014.11.27

インドのヨガ哲学 「バガヴァッドギーター」の講座にでてます

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「理想的な心の状態をむやみに求めたり、理想的な状態にないことをなげかない。理想にしがみつかない。変わる物は変わる、心も、体も、世界も。」


毎週水曜日に開催されているインドのヨガ経典「バガヴァッドギーター」の勉強会@代々木に久しぶりに参加。


「人は知識を頭に入れるから変容が起こるわけじゃなくて、存在がある人のそばにいることで変容が起こるんだろなあ」と講師の向井田みおさんの講座にでるといつも思います。


去年、この権威ある経典をカードにできた幸せに感謝。
バガヴァッドギーターカード


でも許されるら、「ヨーガとは心の働きを抑制することである」で有名な「ヨーガ•スートラ」も広めるお手伝いをしたいなあ、と。


ヨーガ・スートラ おススメの本↓

パタンジャリのヨーガ・スートラ


November 27, 2014 in オラクルカード&タロットカード, 尊敬する人、または師匠筋, 精神的なこと | | Comments (0) | TrackBack (0)

2014.09.27

世界の聖者を訪ねていたころの話

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ロンポークン猊下

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ターマニャー猊下


長旅をしていた1997年頃、聖者グッズがマイブームでした。


ミャンマーで、タイで、チベットで、ネパールで・・・現地で発売されているお坊さんや宗教者のグッズに心奪われました。


インテリアとしてお洒落ではないですし、実用的でもまったくない。長旅をしていたので、荷物は少しでも軽くしたい・・・


けど、旅をしていくうちにどんどんと増えていきました。


で、旅を続けていくと、これらの聖者に謁見できる可能性があることが分かりました。


インターネットの超黎明期、ガイドブックにだって一切載っていない中で頼りになるのは人からの情報だけ。


「この方はどこにいらっしゃるか知ってるか?」と現地の人に聞いて回ると、どんどんと謎(?)がひもとかれていきます。


そして、不思議な不思議な関連情報もどんどん集まってきます。


「このお坊さんは空を飛ぶんだ!」「この方に謁見する日は雨が絶対に降らない!」「テレポーテーションをするんだ!」「いま、200歳らしい!」「この方がいるだけで汚い水が浄化されるんだ」・・・


それはそれは、「不思議なものを見てみてたい」という旅人心をいたく刺激するいとなみでした。


タイではロンポークン猊下、ミャンマーではターマニャー猊下、インドではダライラマ猊下・・・


ある方からはハンドパワーなるエネルギーをいただき、ある方からは「一つだけ質問してもいい」といわれ、ある方からは食事をご一緒させていただき、ある方からは特別なプレゼント(お札)をいただき・・・


どこでも大歓迎でした。


まあ、ダライラマ猊下以外は日本からやってくる人なんかほとんどいないから当然でしょうが。。。。


「スピリチュアル」だとか「パワースポット」だとかの言葉も浸透していないような時代。一体、当時の自分は何をしようとしていたんでしょうかね?(笑)


先日、自宅玄関に飾ってあるロンポークン猊下の置物とふと目があったので書いてみました。


記憶ではこのお坊さん、タイのナコンラチャシーマーという街から車で2時間ほどのワットバーンライというお寺にいらっしゃいました。商売繁盛のお坊さんとして人気が絶大でした。


謁見した時に私に向かって一言なにか口にされたのですが、言葉がまったくわからず。。。。


今となっては確認するすべはないですが、あのときのお言葉が何だったか妙に気になってきました(笑)たぶん、未来を暗示させる言葉だったのだろうなあ。。。

September 27, 2014 in 旅をすることについて、旅をかたること, 精神的なこと, 訪れた場所のこと | | Comments (0)

2014.07.01

夏越の大祓にいきました

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夏越の大祓に会社近くの赤城神社にいきました。


「自分に与えられている使命を果たさせてください。そのために必要なことやもの、出会いやアイデァをお与えください」


と思って手を合わせました。


「自分の使命が時にあやふやになる」


調子のいい時はそんなことないんだけど、調子が今ひとつの時はどうもそんなモードになりがち。


そんなときは、使命を全うしてそうな人を背景もバックグランドもわからないのに「うらやましいなあ」と思う自分がでてきたりします。


きっと、こうした心を祓うのが大祓なんでしょう。


自分の使命が必ず内にあるにもかかわらず、それにフタをしてしまって「どこかに自分がすべきことはないだろうか?」と探しまわる人間の姿。


これを象徴したのが、『古事記』の有名な天の岩戸の故事ではないでしょうかね?


自分の使命は、自分自身で自らの岩戸を開いて顕現させたいもの。


故事には天手力男神(アメノタジカラヲ)が強引に天の岩戸を押し開いたといわれていますが、自分の使命を顕現させるには、ある程度の強引さと覚悟が伴う世界なのかもしれません。

July 1, 2014 in 感じたこと, 精神的なこと | | Comments (0) | TrackBack (0)

2014.04.08

戸隠神社の五社参りにいきました

戸隠神社(長野県)の五社参りにいきました。

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結晶が見えるほど微細な雪が、風に吹かれて舞う大雪の中での参拝。

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残念ながら奥社にはいけませんでしたが、粉雪が舞う光景は「人間の穢れや罪が祓われる」ように見えました。


中社で御朱印をいただき、車に乗って戻ろうとすると、雪がぱたっと止んで雪空の中から太陽が・・・

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そして、市内に戻る頃にはすばらしく幻想的な光景になっていました。

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「天の岩戸が開く」というのは、このような世界に触れることで、自分の内なる岩戸が開くことをいうのかもしれませんね。


追記
今週末は『日本の神様カード』ミニ版の発売記念ワークショップで神道学博士の三橋先生の講座が渋谷(東京都)であります。私も冒頭、『日本の神様カード』誕生までのものがたり、についてお話しさせていただきます。

「神様とつながり、楽に生きる生き方とは in 東京」

よろしければお越しください。


April 8, 2014 in 感じたこと, 精神的なこと, 訪れた場所のこと | | Comments (0)

2014.02.20

恐いものの恐さを知ること

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「恐いものの恐さを知ること、それが本当の勇気」


無鉄砲で、暴れん坊だった若き日の剣豪・宮本武蔵にあるお坊さん(沢庵和尚)が口にした言葉です(だいぶ私の言葉になっています)。


武蔵はそこから蔵にこもって読書を3年し、人格を磨いていく・・・


吉川英治さんの描く『宮本武蔵』、前半の一つの山場です。


「恐怖心」


凡そ、フツーに生活をしている人でこれと無縁な人はいないわけです。


お金があればあるで、社会的な立場があればあるで、仕事のスキルがあればあるで、子供が健全に育っていればいるで・・・


これと付き合っていかないといけないのはたぶん人類全体のカルマなんでしょう。


昨日はワークショップでした。2ヶ月に一度、経営者が10人ちょっと集まる会合で、早いもので参加してから丸4年が経ちました。


テーマは一切なくて、それぞれが話をしたいことを勝手に話すところから会は進展していきます。


将来の事業への不安、家族や社内の問題、事業継承の悩み、新規事業への迷い、「ありたい自分」と「現実の自分」とのギャップの葛藤・・・


自分らが「問題」として人に相談したくなることの多く(ってかほとんど)は、この「恐怖心」って問題にいきつきますね。4年間でたくさんのケースを見聞きできました。


自分たちは、全力をあげて恐怖から逃げようとします。


「今はこれに取り組む時期じゃない」だとかいってマインドをフルに駆使したり、


「オレはゼンゼン恐怖んなんかないぜ」と感情のスイッチをオフにしたり、


やたらと周囲に対して攻撃的になったり、


恐怖を感じないようにバタバタと忙しく新しい行動をしてみたり・・・


ホントに人は狡猾に自分を騙す(笑)


沢庵和尚の言うように、恐いものを恐いものの姿のまま、過大評価も過小評価もせずに見つめること


これがやりきれると、できごとそのものが姿を変えてしまうことがあるんですね。そんなケースもいくつも見させてもらいました。


「恐いものの恐さを形のままに知る」


ここは「一人一人が自分でなんとかする」のではなく、信頼できる師匠や仲間、家族との相互依存(いい意味での依存です)の中で向き合っていくことが必要なんでしょう。


寺子屋、青年団、サークル・・・形はなんでもいいと思います。


「恐いもの」を必要以上に大きく見せるための情報がたくさんある時代は、こうでもして自分を守っていかないとやられちゃいますからね。


ってか、自分がそんなサークルでもつくるかな。

February 20, 2014 in 人間が悩むということ, 人間の成長について, 人間の認知について, 精神的なこと | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.12.30

使命に「命」を「使」われる

使命、って言葉があります。


この言葉、「命を使う」とも「命を使われる」とも解釈できると思うのです。


自分の「命」を「使」って使命に邁進する


うん、言葉としてはおかしくありませんね。


けど、自分は


自分の「命」が使命に「使」われる


というのが本来の姿じゃないかと感じるのです。


自分らは仕事を選んでいるんじゃなくて、仕事に選ばれているんです。


自分らは本や映画を選んでいるんじゃなくて、本や映画に選ばれているんです。


同様に、


自分らが使命を見つけるんじゃなくて、使命の側に見つけられているんです。


使命の側に「命」を「使」われているんです。


「この人間に任せたら形にしてくれそうだ」


と使命の側から選ばれているんです。


人間はオバカですから、エゴや小我からくる欲求を「使命だ!」として認知してしまいがちな生き物です。


ただ、なぜか不思議ですが、使命に選ばれていない仕事はなかなかスムーズに事が運びませんね。


逆に、使命に選ばれた仕事は難問を簡単にクリアーできたり、予期せぬ出会いがあったりと摩訶不思議なことが次々と起こりますね。


それは、使命に選ばれた人間に与えられた通行手形みたいなもなのかもしれません。


使命に選ばれるために、自分らは力を磨くわけです。自分にくる「できごと」に逃げずに対応するわけです。


そう、それは実力を磨いてオーディションへと臨む役者の世界のようなものですね。


今年の年末年始は9連休。


日頃の疲れを癒すのも大事ですが、使命を与えられるような過ごし方をしたいものです。


来年も自分自身に使命が与えられますよう。

December 30, 2013 in 人間の成長について, 仕事のことについて, 精神的なこと | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.12.17

たたかえ、たたかえ

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「覚悟を決める」


今年はなぜか、いたるところでこの言葉を聞きました。


独立した方が「あとは、覚悟を決めるだけなんです」と口にしたり、「覚悟さえ決まってしまえば物事はスムーズに進みはじめる」とある方からアドバイスされたり、「覚悟を決めたら、考えていたことは杞憂に終わった」と知り合いの経営者が口にしたり・・・


ホントによく耳にしました。


自分は来年で44歳。早い人はミッドライフクライシス(中年の危機)に突入しはじめる世代です。もしかすると、「覚悟」ってのは同世代のキーワードのひとつなのかもしれませんね。


さて、先週末は当社主催の企画で東国三社(鹿島神宮、香取神宮、息栖神社)参りにいってきました。


神社って、いままでは感謝をささげにいくところだと思っていたのです。健康だとか、運命だとか、安寧だとかのですね。


けど、今回はあまりにも力強いエネルギーに「神社って、覚悟を決めにいくところかな?」なんて感じました。


人は、なかなか1人では覚悟ができません。


だから、見えない力を借りる。自力ではなく、他力を借りる。自分でできることの先にある世界は、大きな存在にゆだねてしまう。


たぶん、それは「覚悟を決める」という世界観ではなく、「覚悟が(自然に)決まる」という世界観かもしれません。


鹿島神宮で正式参拝をしていたとき、和太鼓の音がいままでになく腹に響きました。


なんとなく、「たたかえ、たたかえ」といわれているような気がしました。

December 17, 2013 in 感じたこと, 旅をすることについて、旅をかたること, 精神的なこと | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.05.31

出雲にいきました

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かつて、ある外国の方に「日本には霊性がないからな•••」と軽く口にされたことがあるんです。


この時は、「建国数百年の国が何言ってるんだよ」と思って一笑しただけだったんですが、今思えば「どこがどう霊性がないのか?」と徹底的に反論しておけばよかったと思います。


我が国の霊性ってのは、感じることに重きを置いていて形にする必要などなかったんです。けど、当たり前なのですが形がないからといって存在しないわけではないのです。


今回は、出雲大社の遷宮に関する奉祝行事に参加しました。で、近くの神社にいくつか参拝をしました。


比べるのもナンセンスですが、神魂神社が持つ凛としたたたずまいがスゴかったです。同じ国土に生きる者として誇らしいな、と思いました。

May 31, 2013 in 精神的なこと, 訪れた場所のこと | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.05.20

昨日は、「日本の神様とつながる」セミナーでした

昨日は、セミナー(「日本の神様とつながる」)で講師を仰せつかりました。


111人(+4人身内関係者)と多くの方にお集りいただきました。


私は第2部に出させていただきました。


2008年に発行した『日本の神様カード』(現在、11刷り中)の開発にかかわるお話を、監修をお願いした神道学博士の三橋健先生、著者の大野百合子さんとともに対談させていただきました。


かつての日本には「わからないことは天の神様のいう通り」という言葉がありました。大きな存在にゆだねる、という生きる智慧をもっていました。


けど、いきすぎた個人主義(個性主義?)が「努力や頑張りで人生を切り開く」という風潮をつくりだしました。「夢や目標が実現しないのは、本人の意識や行動が足りないからだ」的な空気が支配する社会をつくりだしました。


たしかに、努力や頑張りってのは必要でしょう。それが、ものごとをなしとげる上での必要不可欠な要素の一つだとも思います。


でも、本当に事をなしとげる時って「努力や頑張り」とは無縁な世界にいるような気がするのです。


周囲からは「努力している」「頑張っている」と見えるけど、本人はまったくそれを意識していない世界観••••


「なぜ、そのことを努力できるの?」「なぜそんなことに夢中になれるの?」と考えた時に、自分はそこに大きな存在が1人の人間に与えてくれてた「使命」ってものの存在を感じるわけです。


たぶん、大きな存在ってのは我々が「使命」に近づくためのヒントを数多く我々に投げかけているわけです。で、それらを消化していくだけで人間はたぶんいっぱいいっぱいなわけです。


なぜか関心があること、なぜか好きなこと、なぜか他の人より努力ができること、なぜか自分の回りによく起きること、なぜかよくお会いする人、なぜか気の合う人•••


もしかすると、そんなものが「使命」へのヒントなのかもしれないかな、と。


けど、人間は「このままではマズい」だとか「このままでは先行きが不安だ」って脳みそのスイッチがすぐに入るわけですね。


で、結果的に大きな存在がなげかけている使命のようなものに自らがフタをしてしまうというわけです。で、頭で考えた「使命」ってのに、「努力」や「頑張り」を武器にして向かっていくわけです。


けど、脳みその絶対任務は「自身の安定」のようですから、頭で考えた「使命」なんてのは、自分自身を防衛するだけのちっちゃなものでしかないわけです。


「わからないことは天の神様のいう通り」


って言葉を、「大きな存在に任せた努力放棄的な生き方」って見方としてとらえるのも人生、「真の使命にちかづくための主体的な意志」ってとらえるのも人生。


かつての自分(といっても、数年前まで)は前者的な生き方していましたが、今は後者の生き方がごくごく自然だなと思うようになりました。


こんな考えをベースに置いてお話をさせていただきました。


ご参加いただいたみなさん、ありがとうございました。

May 20, 2013 in 仕事のことについて, 精神的なこと | | Comments (0) | TrackBack (0)

2013.05.14

『日本の神様とつながる』セミナーがまもなく

今週末の『日本の神様とつながる』、100名近い方にお申し込みいただいているみたいです。


ありがたいですね。


母校•國學院大学で長く教鞭をとっていらした三橋教授と、さまざまな著作を世に出して活躍中の大野百合子さんと対談という舞台です。


「このメンバーで何をお前がしゃべるんだ?」ってつっこみが友達から入ったのですが、自分自身に対してつっこみをいれたくなる気分もちょっとあったり。


ただ、今年のはじめに「今年は世の中にでていこう(講演とか執筆ですね)」と思って、たまたますぐにオファーをいただいたのが話だったということ。


まさに、「人生に何を問いかけるか?」ではなく「人生に何を問いかけられているか?」って視点で考えると、お話しを受けたのがごくごく自然な流れなのですよね。


自分は創業した頃、事業の一つに「講演業」ってのをいれていたんです。で、知り合いの会社の新人向けに講演をしたこともあるんです。


でも、どう考えてもあの頃は「人生に何を問いかけるか?」ってスタンスだったな、と思うわけです。


反対に、今回は「人生に何を問いかけられているか?」って感じがするのです。


言葉にすると似てるけど、この二つって大きな違いなんだな、と思う今日この頃です。

May 14, 2013 in 仕事のことについて, 精神的なこと | | Comments (2) | TrackBack (0)

2013.04.09

日本人としての心意気

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諸君は信じることができますか、東洋はある点で西洋にまさっているということを!(『茶の本』岡倉覚三著P26)


7年くらい前の話です。


アメリカの某会社とミーティングをしていた時に、「日本には霊性(スピリチュアリティ)がないからなあ•••」と、さらっと口にされました。


それを聞いて自分は「建国数百年の国が、よーいうよ」と思いましたね。


歴史が長ければいいってもんじゃないでしょうけど、日本にだって霊性はそこかしこに存在してますし、「いったいそれを知っていて口にしてんのか?」と思いました。


さて、この本は明治の終わり頃、「茶」を西洋人に理解させるために著者が英文で書いたものの日本語版です。


行間に「日本にはスゴい文化があるんだよ、君らにわかる??」ってのがありありとでてくるのが喝采でしたね。


自分らの国にかけているものは、外国にたいするこの手の心意気ではないでしょうかね?


たぶんなのですが、日本は感じることを主に置く文化。一方の彼の国は形にすることを主に置く文化なのではないでしょうかね?


だから、日本の文化はそれを感じられない人には分かりにくいわけです。


で、自分らの文化はそれをことほどさように形にする必要性を感じてこなかったわけです。


形になっていないからといって存在していないわけじゃないのにね。

April 9, 2013 in 人間の美意識について, 精神的なこと, 観た映画、読んだ本、行ったイベント | | Comments (0) | TrackBack (0)