2020.05.15

瞑想はどれも同じでないという話

「一緒に瞑想しませんか?」 

 

 

そんなお誘いをここ2か月ほどで何回もいただきました。ZOOMをつかってやるそうですね。 

 

 

在宅が長いですし、新型コロナウィルスの不安から「瞑想」に注目が集まるのもわからないではありません。場所もお金もかかりませんし、うまくできれば心の安定が得られますからね。 

 

 

いろいろな種類の瞑想をご紹介いただきました。 

 

 

「同じ時間に地球上の人と一緒に瞑想する」ってのもありましたし、「ほんとうの自分に目覚める瞑想」だとか、「恐れや不安をなくす瞑想」みたなのもありました。 

 

 

私は毎日瞑想をしていますから、「瞑想の誘い」に対しての柔軟性はかなりあると思うのです。なので、「宗教っぽい」「なんだか怪しい」「他のものを勧誘されそう」・・・とい瞑想のお誘いにありがちな感じはあまりないんです。 

 

 

怪しかったら次から行かなければいいし、勧誘されて、好みでなければ断ればいいだけの話ですし。でも、「瞑想のお誘い」にはほとんど参加してないんですね。 

 

 

なぜかというと、「瞑想」にはたくさんの形があるからです。 

 

 

たとえば、「伝統的な経典に基づいて行う瞑想」があります。古くからある聖典や教義に書かれていることを忠実に行う瞑想ですね。一方で、「現代の先生がつくったオリジナル瞑想」があります。短くて数年、長くても数十年しか時代の風雪を経ていない瞑想ですね。これは、大きな違いです。 

 

 

「自分の中には魂が存在する」考える瞑想があるかと思えば、「魂は実態がないものであり、すべては空だけが存在している」と考える瞑想があります。 

 

 

「瞑想中に考えがあれこれ動くのは当然」と考える瞑想があるかと思えば、「考えを遮断しなくてはいけない」と考える瞑想があります。 

 

 

「姿かたちにはあまりこだわらない」ととらえる瞑想があるかと思えば、「姿勢や体のポーズにめちゃくちゃ厳しいルールがある」瞑想があります。 

 

 

・・・などなど。 

 

 

たかが瞑想なんですが、さまざまな要因から成り立っているわけです。それこそ、先生の数だけ「瞑想」があるといっても過言ではないのかも。。。 

 

 

だから「自分にとって最適」と思うものを選んでしまったら、なかなかそれ以外のものは受け入れにくくなるのが瞑想かと。 

 

 

一流のスポーツ選手が指導コーチをあれこれと変えませんよね。瞑想もそんな世界と一緒なのだと思います。 

 

 

自分の中でうまくできてきた「瞑想のリズム」みたいなものが壊れるのはもったいないですし。なので、よほどの瞑想でない限りはご一緒できないのでよろしくご容赦を。 

 

 

 

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May 15, 2020 in 修行や瞑想のこと | | Comments (0)