ひとそれぞれの宿命
ベトナムのハノイのドミトリーに宿泊した時のこと。
3日ほど前から隣のベットにいたスイス人の女性が、外出先から泣きながら帰ってきた。当時27才の僕よりちょっと若いその女性は半年かけてベトナムの少数民族を研究しているのだ、という。興味深い話の数々に僕の好奇心はかきたてられ、毎日彼女の話を聞いていた。
「今日は郵便局にでもいって、久しぶりに自宅に電話でもしてくるわ」といって外出したのが数時間前。その間に、一体何があったのだろうか?彼女は全く語ろうとしない。ずっと水を飲み続け、泣いている。
ドミトリーには僕の他にノルウェーの女性と日本の男性がいた。けど、僕らは何もできずに彼女を見守るしかなかった・・。
しばらくすると彼女が口を開いた。何でも「自宅にしばらくぶりに電話をしたら弟が交通事故で亡くなっていた」との知らせに接したそうだ。部屋にいいようのない空気が流れた。
「そうなの・・」とノルウェー女性が口にした。「いくつだったの?」だとか「兄弟、仲はよかったの?」だとか話を続ける。口数は少ないが、ポツリポツリと語るスイスの女性。そんな中、僕は彼女を前にどうしていいかが分からなかった。
翌日、彼女はスイスに帰っていった。「またどこかで会いましょうね」といって明るく宿を出ていった彼女。僕は自分の非力さ、器量のなさのようなものに自己嫌悪を感じていた。このまま旅なんかしていてもいいのか?と思った。
人の器量、みたいなものは想定外の出来事が起きた時に真価が問われる。想定内の出来事の中では、誰しもが器量を持って(るように)生きていける。今思えば、あの状況で周囲が何をできる訳ではない、と思う。どんな言葉をかけても慰め程度にもならないだろう。
ノルウェーの女性はそれをきっと分かっていた。そして、彼女なりにできることをその場の判断で行っていた。事実、当初はポツリポツリとしか話せなかったスイス人の女性が序々にではあるが落ち着きを取り戻していった。明らかに人としての器量、で僕は負けていた。
旅には喜怒哀楽が凝縮されている。いろんなことが起きるので自分を発見する機会が増えていく。何が得意で何が不得意かが分かっていく。どんなことに怒り、どんなことに感動し、どんなことに困るのかが分かっていく。それはとりもなおさず「自らの役割」(=生きている宿命、のようなもの)に出会いやすくなる、ということだ。
僕は何ごとも努力、努力でやれば何とかなる、とは思わない。人にはオギゃーと生まれた時から与えられた役割のようなものがある、と思うから。自分なりの役割を見つけて、それを最大限に活かす事が生きることだと考えている。僕はあの状況で何もできなかった、というのはその後も僕の中で大きなテーマとなった。逆にいうとそんな事を通じて、僕は自分の役割を考えた。「一体、俺にはどんな役割が与えられているのか?」と。
追記
僕もインドから数週間ぶりに電話をしたら叔父の訃報に接しました。
August 4, 2005 in 旅人たちの人生設計 | Permalink | Comments (0) | TrackBack (0)
有限会社ヴィジョナリー・カンパニー 大塚和彦


