2005.05.06

3年で一人前、について

学校を卒業して入社した会社を僕は2年と11ヶ月で辞めた。それは「3年勤めないと社会人として認められない」といった風潮(?)へのせめてもの抵抗だった。2年と11ヶ月がダメで3年はいいのなら、なんて社会はくだらないのだろう、と考えた。


誰がいった言葉なのか分からないが「まずは3年会社に勤めないと話にならない」といわれる。けど、昨今は「ドックイヤー」といわれる忙しくてせわしない世の中だ。現在の1年はかつての7年に相当する、というくらい社会は早く動いている。


それでも、僕の見聞きしている限り、社会人として認められるのは3年のままらしい。これってちょっとバランスを欠いているんじゃないか、と常々思っている。そもそも勤続年数で社会人云々をいうこと自体がどうなんだろう?とも思う。

一般に、誰にでも24時間は平等に与えられているといわれる。確かに時間の流れだけ考えればしごくごもっともだ。だけど、時間の密度や深さは人によってまちまちだ。


例えば、法人営業で新規開拓をする時。いたずらに訪問件数だけ稼ぐ営業マンがいる。一方で受け付けの突破の仕方やアポイントの取り方、効果的な活動のやり方を常に考えてッブラッシュアップする営業マンがいる。


セミナーに参加して、「ああいい話聞いたなあ〜」で終わる人もいれば、10年は食べていけるビジネスモデルを考えるきっかけとする人もいる。


能力の違い、といってしまえばそれまでだが、両者の間にはある一定の時間経過の中から得られる「学び」が違う。それは、学びが多い人の方が深くて密度の濃い時間を送っている、ということだ。


そう考えると、社会人として認められるという3年といっても人により天と地との開きがある。それを、「3年はやらないと会社の事は分からない」とひとくくりにするのはナンセンスだ。そこには時間に対する密度や濃さといった視点が全く欠落している。


僕は、「何年やったから一人前」だとかいう時間を軸に考えるのには抵抗があった。とはいえ、「一つの仕事を3年も続かないで偉そうに」といわれるのにもちょっとへこんだ。


けど、修行僧のごとく嫌々と会社勤めをするのなら、すぱっと辞めた方がいいと思った。その決断は、最終的には自分にしかできない。その決断が正しいのか、そうでないのかは、決断をした時点では分からない。


損か得かでは決して答えはでるものではなく、自らの直感を信じるだけだ。そのためには、「3年」といった根拠のない数字に惑わされてはいけない、と思うのだ。

May 6, 2005 in 僕はなぜ旅に出たか?? | | Comments (2) | TrackBack (0)

2005.05.05

社会人として直面する矛盾

12年くらいまえのこと。社会人になって3週間の新人研修を受けていた。そんな時に「新人のうち数名は新人研修が終わったら地方勤務になる」という噂を聞いた。僕はこの会社の最終面接で「3年間は東京勤務」と担当役員から聞いていただけに驚いた。


数日後、僕は「メシのうまいところに」の一言で石川県への転勤が決まった。社会人になって3週間あまり。「えっ!約束が違うでしょう」の一言もいえないままに・・・。

僕なりの人生設計のようなものは社会人のスタートから打ち砕かれた(と当時は思った)。地方にいくのが嫌だ、ということではない。多くの人間にとって一生ごとである就職で、約束ごとを平気で反古にする会社の姿勢が嫌だった。毎年、数名の新人が地方勤務でスタートしているのを知るに及んで不信感は高まった。「なんだはじめから計画的じゃないか」と。


最初の数カ月は覚える事も多い、勢いで何とかやっていった。けど、信頼といった根本の部分で自分にブレが生じていた。会社が「社員の生活の向上のため」といっても僕は素直に受け取れなかった。個々の上司などは信頼できる方も多かった。けどそれが、会社という組織体になった時に無責任になってしまうような感覚を持っていた。


ある日、僕は上司に思っている事を話した。「就職前にいっていたことと違うんですね。こうした部分で信頼関係ができていなくて、僕は会社を一生信じられるんですかね?」と。


数分後、上司の「それが会社組織というものだ」という言葉に僕は失望した。では、「それが会社組織」という時の「それ」とは一体何だろう?「社員と雇用に関わる約束をしていても、雇い人の都合で勝手に説明もないまま思うように人員を配置できる」というのが「会社組織」なのだろうか?


それならそれで僕は十分納得できる。会社が労働者の時間と労力のみを買っている、と考えれば社員の生活やビジョンなどよりも、会社としての都合が優先されるべきだろう。


けど、会社は「社員にとっていい会社」みたいな美辞麗句を掲げている。その矛盾が何ともいやだった。学生あがりの安直な正義感、といってしまえばそれまでだが、これは僕にとって大きな問題だったのだ。「それが会社組織」という何とも耳障りのよい言葉でうまく丸め込まれるような感覚を覚えた。


結局、2年と11ヶ月会社にお世話になったがこの疑問は解消できなかった。(矛盾を矛盾としてとらえられなかった自分は未成熟だと思うが、旅にでると矛盾を抱えられずに海外にきているやつが多かった)


「会社を辞めて旅に出たい」などというと「働くとはこういうものだ」とか「社会とはそんなもんだ」というアドバイスをいただくことがある。そんな時に聞いてみよう。「こういう、とは具体的にどういうことか?」「そんな、とはどういうことか?」と。


大人世代が若い人に人生論をぶちまける。僕はすごくいいことだと思う。けど、こういう生意気な後輩や部下に負けないだけの理論武装はすべきだろう。少なくともそれが、若い人の考えを真正面からどっぷりと受け止める、ということだ。


逆に、社会の矛盾と向き合いはじめた若い世代の人。体のいい言葉で話をはぐらかされて自分の夢を見失う恐ろしさを見つめよう。自分の将来は自分しか責任をもてないのだから。

May 5, 2005 in 僕はなぜ旅に出たか?? | | Comments (3) | TrackBack (0)

2005.03.22

僕はなぜ旅にでたか〜2〜

その写真を見たのはいつの事だっただろうか・・・。路上で物売りをする一人の青年。それは若き日のお笑い芸人(?)高田純次。


中東か南アジアだろうか・・現地の人と一緒にモノを売っている彼の姿だった。汚い格好に身を包み、伸びきったヒゲが不潔感もろだしだった。どこかのインタビュー番組だったかもしれない。「若い頃、こんな姿で旅してたんですよ・・」と彼一流のトークで面白おかしく話していたワンシーン。ふとある日それが蘇ってきた。

自分の人生にもあんなワンシーンが欲しい、とふと思った。みんなが仕事をする中、ふらふらと海外で路面で物売りをする。そんな写真があれば一生涯ネタになる、と思ったのだ。僕はこんな生き方をした、という証になると思ったのだ。(少なくとも高田純次はきっちりとネタにしていた)


人に比べて特別なにができる、というわけではない。かといって「普通」というくくりで束縛されることが人一倍嫌な僕のわずかな選択、それが旅であったのだ。


前にも書いたが、旅にでるにはいろんな要因が絡み合っている。それを紐解いていくのはナンセンスなことかもしれない。ただ、僕はネタをつくるために海外に出た。それは人と違う生き方がしたい、という魂の咆哮であったとさえいえるかもしれない。


日本社会に「復活」して7年あまりの時間が流れた。今、考える。人と違う生き方がしたいから海外にでる、といのは我ながらいい選択肢だった、と。人と違う生き方がしたい、という欲求に従った自分の選択を褒めたい、と。


けど、「日常生活の中でも人と違う生き方はできるのだ」という視点を旅にでた当時の僕が持っていたら、もっともっと地に足ついた大人になっていたとも思うのだ。人生はリセットができないからどっちがよかったのかは分からないけどね。

March 22, 2005 in 僕はなぜ旅に出たか?? | | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.03.17

僕はなぜ旅にでたか〜1〜

どんなに衝撃的な出来事であれ、その出来事が起こった一瞬を見て評価を下すのは易しい。が、本質的に重要なのはそれが起きたプロセスであり、過程だと思う。


例えば1941年、日本が真珠湾を攻撃した。運命の12月8日、その一日の一瞬をとらえてて日米戦争を語るのはナンセンスだ。むしろ日中戦争から三国同盟締結など、それまでに至る過程を分析、検討しなくては日米戦争の本質が見えてくるわけがない。


旅に出ている時「なぜ旅に出たのですか?」という質問を何回もいただいた。僕の場合、上海の安宿でバックパッカーなる人種を知り合って「会社を辞めて旅にでよう!」と思った。彼らの精神的な自由さへの憧れ、みたいなものがあったのだと思う。常に、そういう言い方で説明をしていた。


しかし、それはあくまでも旅に出ようと思った「一瞬」のことであり、僕が旅にでた「本質」ではない。旅にでようと思うまでにいたったプロセス、その中で考えたことや悩んだ事、不安に思ったことこそ、僕はなぜ旅にでたか、の答えであるはずだ。しかし、それを他人に伝えるのは難しい。僕自身の悩みや思いが複雑に幾重にも絡まっているからだ。それは簡単に説明できるものではない、と思う。


だから旅人は思考省略をする。「なぜ旅に出たか?」を安易に、つまり「一瞬を」語ろうとする。けど、語れば語るほどそれは、本質から離れていくような気がするのだ。


「なんとなく会社がいやになっちゃってね、思いきってでてきたんですよ」という一言。「なんか面白い事があるんじゃないかってね」という一言。「沢木耕太郎の小説を読んで絶対旅にでたいと思ったんですよ」という一言。それは旅にでた一瞬の瞬間であって本質ではないと思うのだ。僕は旅をすることを重々しく語る輩は好きではない。けど、安易に、そうそうやすやすと旅にでた理由など語れるはずはない、とも思うのだ。


旅に出たのか、を本質から語る事は難しい。それは、自分の人生と直面をして、問いかけをしなくてはならないからだ。

March 17, 2005 in 僕はなぜ旅に出たか?? | | Comments (1) | TrackBack (0)

2005.03.12

若造の理想を考える

「若い時に旅にでないと人生にロマンがないんだよね。今の選択はとってもいいんじゃないの」
会社を辞めて1年くらいたった頃、勤めていた会社の上司と再会した。池袋で魚を食べながら、会社を辞めてからの話を聞いていただいた。


上司といっても直属の上司ではなかった。地方営業所に勤務していた僕にとっては「本社の偉い方」という存在の方だった。なかなか、本社の方とお会いすることはないが、その上司はよく営業所にみえていろいろと話を聞かせていただいていた。旅先からたびたびハガキをお送りしていて、帰国すると年賀状をいただいていた。御礼の電話をすると「一度お会いしましょう」ということになったのだ。

久しぶり、といっても1年くらい振りだった。特段、お互いが変わったことはなかった。が、僕の内面では大きな変化があった。猛烈なスピードで走っている電車から各駅停車に乗り換えたような感覚。当初はそれを恐れながら、旅にでるに及び1人2人と個性的な生き方をしている人たちに遭遇するたびに、こうした生き方はなかなかできるもんじゃないな、と自己満足にひたってる自分がいた。きっと「僕は決して勤め人では納得しないぞ!」といったオーラに漲っていただろう。


自分の考えを理論(理屈?)としても確立しはじめていた。「なぜ旅にでるのか?」「自分はどうありたいのか?」旅先で考えたこと、聞いたこと。自分の生き方を論理的に肯定する作業を無意識にしていた。そのプロセスで何とはなしに自分に変化がみえるような気がしていたのだ。


上司がいった冒頭の言葉、ありがたかった。特に、会社でまっとうに何十年と仕事をやってこられた方の言葉だっただけに嬉しかった。


が、今は思うのだ。当時の僕は理想と現実の矛盾とを自分の中で解決できずにいた。そのモヤモヤは、大義名分を伴って旅に行くという行動となってあらわれた。ごく普通の生活の中での現実と理想の矛盾と戦っている多くの人、社会人として働く大多数のそれらの人。当時の僕はそれらの人を「現実と直面しない人」とした感覚でとらえていたのだはないか、と。


上司がどのような意図で上の言葉を贈っていただいたのかはわからない。ただ、大義名分や大きな事ばかりを話していて現実を直視しない僕にいいようのない不安定さを感じていたのではないかと思うのだ。されど、ロマンという言葉で若造の生き方を肯定していただいた上司、今はその器の大きさに感謝する自分がいるのだ。


今ふと思う。もし自分が同じような部下て、同じようなシチュエーションだったらどう反応するだろうか、と。現実を直視しろ、だとか人生を甘くとらえるな、だとかの記号化された言葉を吐かないで若者(といっても私も35歳で若造だが)の不安定な理念に酒をのみながら付き合えるだろうか、と。少なくとも私は上司の言葉に救われる思いがした。振り返って、今の僕自身が他人を安心させるような言葉を語れるだろうか、と。

March 12, 2005 in 僕はなぜ旅に出たか?? | | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.03.07

旅人たちの人生設計

「パキスタンからイランに抜けたい!?まずは、タイあたりでロンリープラネットを手にいれろよ!」

1995年の秋。場所は上海のバックパッカー宿。「戦後、50周年の中国がみてみたい」と会社を休んで中国の一人旅。明日、日本に帰るという時に宿泊したドミトリーのベットの上。40代半ばのバックパッカーが、これから世界一周に出るという若者にアドバイスをおくっていました。

旅をしていれば何気ないワンシーンですが、私には何ともいえない衝撃が体に走りました。パキスタンやイランやカンボジアそうした国を一人で旅行している人が大勢いることにです。

別段、世間ずれした生活をしていたつもりはありません。当時の私は26歳。國學院大学文学部を卒業し社会人としてごくごく普通に仕事をしていました。

ただ、大学時代から運動部にいたのでバックパッカーなる人種とごくごく単純に接点がなかったのです。なんだかむしょうに自分が行った場所のことを語りたいと思いました。自分が知り合った人のことや、感じた出来事を自分の言葉で語りたいと思いました。会社を辞めて一体自分がどう感じるかを試してみたくなりました。

「人生は甘くない」という大人世代に「本当にそうかどうか自分の人生をつかって確かめたい」と偉そうにいって会社を2年と11ヶ月で辞めたのはそれから3ヶ月後のことでした。

あと、1ヶ月で退職金がもらえたのですが、「3年勤めて一人前」といった「世間」に対してのせめてもの意地で2年11ヶ月で退職をしました。その後、2年間、履歴書に残らない時間を過ごすことになります。

旅をしていた頃、いろんな場所にいって、多くの人と知り合って、多くの喜怒哀楽を感じました。その後、流れながれて、現在は広告会社を経営しています。

最近、感じることは「旅で人生が劇的に変わることはなかったが、今の自分のべースになっているんだな」といういうこと。

バックパッカーの方、人生設計の一つにお役立てください。人生、裏口入学の道が確実にあると思います。旅をしていたからマイナス、というわけではありません。

経営者の方、35歳、会社設立5年間、従業員10名以下の社長奮闘記としてお読みください。その他、この雑文がご縁で多くの出会いがうまれればと思っています!

March 7, 2005 in 僕はなぜ旅に出たか?? | | Comments (0) | TrackBack (0)