3年で一人前、について
学校を卒業して入社した会社を僕は2年と11ヶ月で辞めた。それは「3年勤めないと社会人として認められない」といった風潮(?)へのせめてもの抵抗だった。2年と11ヶ月がダメで3年はいいのなら、なんて社会はくだらないのだろう、と考えた。
誰がいった言葉なのか分からないが「まずは3年会社に勤めないと話にならない」といわれる。けど、昨今は「ドックイヤー」といわれる忙しくてせわしない世の中だ。現在の1年はかつての7年に相当する、というくらい社会は早く動いている。
それでも、僕の見聞きしている限り、社会人として認められるのは3年のままらしい。これってちょっとバランスを欠いているんじゃないか、と常々思っている。そもそも勤続年数で社会人云々をいうこと自体がどうなんだろう?とも思う。
一般に、誰にでも24時間は平等に与えられているといわれる。確かに時間の流れだけ考えればしごくごもっともだ。だけど、時間の密度や深さは人によってまちまちだ。
例えば、法人営業で新規開拓をする時。いたずらに訪問件数だけ稼ぐ営業マンがいる。一方で受け付けの突破の仕方やアポイントの取り方、効果的な活動のやり方を常に考えてッブラッシュアップする営業マンがいる。
セミナーに参加して、「ああいい話聞いたなあ〜」で終わる人もいれば、10年は食べていけるビジネスモデルを考えるきっかけとする人もいる。
能力の違い、といってしまえばそれまでだが、両者の間にはある一定の時間経過の中から得られる「学び」が違う。それは、学びが多い人の方が深くて密度の濃い時間を送っている、ということだ。
そう考えると、社会人として認められるという3年といっても人により天と地との開きがある。それを、「3年はやらないと会社の事は分からない」とひとくくりにするのはナンセンスだ。そこには時間に対する密度や濃さといった視点が全く欠落している。
僕は、「何年やったから一人前」だとかいう時間を軸に考えるのには抵抗があった。とはいえ、「一つの仕事を3年も続かないで偉そうに」といわれるのにもちょっとへこんだ。
けど、修行僧のごとく嫌々と会社勤めをするのなら、すぱっと辞めた方がいいと思った。その決断は、最終的には自分にしかできない。その決断が正しいのか、そうでないのかは、決断をした時点では分からない。
損か得かでは決して答えはでるものではなく、自らの直感を信じるだけだ。そのためには、「3年」といった根拠のない数字に惑わされてはいけない、と思うのだ。
May 6, 2005 in 僕はなぜ旅に出たか?? | Permalink | Comments (2) | TrackBack (0)
有限会社ヴィジョナリー・カンパニー 大塚和彦


