困ったことは天の神様のいうとおり
物事の判断に困ることがあるとする。
例えば、転職。
今の会社の居心地はとてもいい。けど、将来性がなくて不安、なんて場合。
転職した場合と転職しなかった場合のメリットとデメリットを考えたり、他人に相談したり、関係する書籍を読んだり。
が、考えれば考えるほどよくわからなくなってくる、なんて場合。論理的にはそこそこ考えつくしてしまって、あとはどちらかに行動する、なんて場合。
最近、ブログの読者の方でこのような悩みの方がいらっしゃいました。
みなさんならどうしますか?
僕がこの方にしたアドバイスは「困ったことは天の神様の言うとおりにしたらいいんじゃないの」でした。
僕は特定の宗教は持ってると自覚していません。(感覚的には仏教が一番しっくりきますけど)
けど、人間の叡智をはるかに超えた大きなものの存在を常に信じています。
で、どれだけ人間があれやこれや考えても、その大きなものの存在に太刀打ち(?)できるわけない、と思っています。
さらに言うと、理屈や論理で考えてもわからないことは、大いなるものの存在にゆだねるのが自分にとって最良な結果になると信じています。
昔の人は「天の神様の言うとおり」といいことをいいました。
今の僕らに足りないのはこの精神ではないか、と僕は考えています。
処理する情報だけでも膨大な時代に、あれもこれも自分の判断だけでジャッジをしていくのは時間的にも労力的にも無理があります。
論理を極めるところまで自分の力で考えるのは当然でしょうが、それ以上にあれこれ思いをはせるのは自分の精神を摩耗させるだけです。
論理的にがっちりと考えて、「天の神様の言うとおり」という姿勢をもっていればこれらのメッセージは「直観」やら「インスピレーション」やら「ひらめき」といった形でうけとれると思います。
それらは人間の努力の対局にあるものではなく、常に延長線にあるものです。
努力をしていても、「大いなるものの存在を否定するような努力」はもったいないし、突き詰めていうと無駄じゃないか、と思うのです。
追記
今週は火曜日から出張が続きます。最近は夜のお付き合いがだいぶ減っていましたが、今週は毎日のように会合が入ってます。健康診断も終わりましたし(結果はまだですが)、ジムもそこそこいってるのでちょっと無理しようかな、と。
September 8, 2008 in プチ経営の哲学 | Permalink | Comments (0) | TrackBack (0)
有限会社ヴィジョナリー・カンパニー 大塚和彦