2005.11.21

刺激に満ちた週末、でした

週末は全日本学生キックボクシング連盟の興行にいってきました。

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知っている方は知っていると思いますが、僕はここの団体(大学のキックボクシング部が集う)の出身です。


今から15年位前のことなので詳細は省きますが、僕の大学生活はここを中心として回ってました。


年に2回、後楽園ホールで試合があるのですが(新人戦などは他の会場で都度開催している)、今回が63回目の開催とのこと。


「ってことは単純にいっても30年は続いてる??」これは、分裂だとかが多い格闘業界ではなかなかありえない快挙、です。


さて、試合はなかなかの好カード続き。とにかくがむしゃらにやるので、下手な中堅プロボクサーなどの試合より面白いです。


けど、僕は正直にいうと、かつての僕ほど格闘技に共感ができないんです。興奮したり、感動したりを格闘技を通じてできにくくなっちゃったんですね。何でだろ??


確かに、母校の学生が出てれば必ず負けないで欲しい、と思うよ。一つ一つのパンチやキックに熱も入るし、選手の努力が形になって欲しいと強く思う。


けど、かつてみたいな感情移入はできにくくなってるんだよ。


ある方(運動部出身で同世代の方)とかつてこういう話になった時に「それは、自分が戦ってるからでしょう?」との意見をいただいた。


その方、曰く「後輩だとかの戦いを見て、俺も頑張らねば、という人は本人が頑張っていないんだよ」なのだそうだ。


それよりも後輩だとかの戦いを見て、「格闘技と仕事とフィールドは違うが、俺は彼には負けて無い」と思えれば格闘技などみて妙な感情移入などそうそうしないのだ、という。「だって、俺らは大人だぜ!」だってさ。


なるほど・・そんな意見もあるものか。


それよりも僕が凄えなあ〜と思ったのが、僕が現役の時にすでにOBであった方々(それもかなり古い世代のOBの方々)が未だに現役で選手だとか大会だとかをサポートしていること。


仕事して、家庭もってなかなかできないよね〜休みの日を使って、当然にお金の持ち出しもあるだろうし。自分が学生の頃に接していた後輩が現役で試合にでているならともかく、まったく接点のない世代でしょ。


僕は、戦う選手よりもそちらに刺激を受けて帰ってきました。


そうはいっても、戦うっていいですね!


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追記
昨日は通っているジムのイベントにいってきました。


何でも限定ウェアを買うのに、徹夜して並ぶ人がいるほどの熱狂ぶり。僕は朝一番に起きて電車に乗ろうと外にでたのですが、あまりに寒いので家に帰って一眠りしました。


けど、ラッキーなことにお目当てのグッズをゲット!(遅く出かけたといっても売り場オープンの4時間前には現地についてたけど。)


中国で電車のチケットを買うために半日以上並んだ時のことを思い出しました。


それにしても、ジム好きの人のパワーは凄い、ですね。

http://www.btsj.jp/event/tour2005_FINAL/goods.html

November 21, 2005 in 格闘技, 無題 | | Comments (2) | TrackBack (1)

2005.10.28

楽して強くなりたい、とは思ったが

「強くなりたいな」といつからか思うようになっていた。


小学校の4年くらいまでは、そこそこ体格もよい方だった。けど、高学年になるにつれて身長も体重も周りにどんどんと抜かされていった僕にとっては、高い身長と鍛えられた肉体は憧憬の対象だった。


そんな僕を惹き付けてやまなかったのが、「あなたもこんな体になれますよ!」という商品の数々だった。

僕と同じ時代を生きている方であれば、ほとんどは目にしたであるだろう。『少年ジャンプ』などに乗っていた肉体改造マシーン(?)の広告を。


「誰でも簡単に」

「NASAの宇宙飛行士も愛用」

「わずか1日5分で」

「テレビを見ながら寝たままで」


などの広告コピーには、「今のままのあなたではダメですよ」という潜在メッセージが込められている。「そんなんじゃ女の子が見向きもしませんよ」という強迫観念(?)を間接的に与える効果がある。


内なるコンプレックスを刺激され、「強くなりたいけど努力はしたくないなあ〜」と僕は商品に飛びつきまくった。


1ヶ月の小遣いが2,000円だとか3,000円だとかの時代、だ。そんな中で、僕はお年玉の全額をはたいたり、お使いのおつりをごまかしたりして、次々と商品を購入した。みっともないが、ここで一部をカミングアウトしてみよう。


●アポロエクセサイザー(16,800円くらい)
NASAが開発したという全身の筋肉を鍛えるマシーン(実際は安っぽい荒縄みたいなものでできている)。確か箱にはスペースシャトルの絵が書いてあった、かな。車田正美のボクシング漫画で登場し、多くの子供が飛びついた。


「無限大の負荷」というコピーは単に商品の性能が悪く、動きがスムーズでないだけの事だと小学生の僕でも理解するのに時間がかからなかった。


●ブルワーカー(15,000円くらい)
ひ弱でもてない男の子がブルワーカーを使ってトレーニング。見事彼女をゲットする4コマ漫画で僕らをあおった筋トレグッズの王様(現在でも売っていると思う)。


ひ弱な主人公がトレーニングをしながら「まったく簡単だ!」というセリフをいうんだけど、それに飛びついて購入。商品は良かったが、思うほか努力が必要なため、すぐさまお蔵入り。

bull
ブルワーカー


●イーグルキャッチャー(2,500円くらい)
「りんごをつぶせる握力に!」の触れ込みで購入。届いた商品はただのスプリングでそれも強度が異様に低い。これじゃトレーニングにならんだろ、とすぐゴミに。(類似商品に「ダイナビー」という遠心力を利用した商品もあり。これも握力がつくという触れ込みだったが、努力が必要なのですぐ飽きた)


●真向法講座(価格は忘れた)
「2週間でオリンピック体操選手並みの柔軟性!」との触れ込み。が、柔軟体操のやり方を解説した冊子だった。(これにはやられた!同じく、身体鍛練講座というのもあった。これは、腕立てや腹筋のやり方がかいてあるだけの冊子で僕は絶望で泣きたくなった)


まだまだあるよ

●人体秘孔図(1,300円←なんて素晴らしい値段設定!小学生に安すぎず高すぎず。開発者はかなり頭がいいね)
「相手を一撃で撃破」とのことだが、人体のツボをイラストで解説しただけのもの。正中、だとかいってもねえ〜。それをどう打撃するかが知りたいのだよ。


●商品名は忘れた(16,800円)
「NASAで開発された無重力トレーニングマシーン」「地上の10倍の効果が!」
と会員DM(この辺のマーケティングテクニックもうまい)を見て購入。両足に金属製のアンクルを付けて、鉄棒に逆さからぶら下がってトレーニングをする。実際やってみたら、死ぬほどつらい!頭に血がのぼった状態で、小中学生がトレーニングなどできるわけないっちゅうの。


その他にも、「足が早くなるヒジサポーター」(実際は普通のサポーター)だとか、筋肉がつく薬(これは小麦粉みたいな味がしたな、気のせい?そういや、同時期に「体が柔らかくなる薬」も買ったな。筋肉の薬とパッケージは違うけど味は一緒だったような??)


電気で筋肉を刺激するマシーン(これは24,000円くらいしたね)にミスター高橋のチュービングトレーニング(これはゴムのチューブだけですね)そうそ、ブルースリーの通信教育も受けたね。テキストは香港の言葉で翻訳されたものは文章が難しくてまったく分からなかったね。


なぜかヌンチャクに、コシティ(インドやパキスタンのトレーニング道具)なんかも買った。ホントにそんなことしている暇とお金があれば、腹筋や腕立ての一回でもやってりゃいいのにね。


かつて、僕がこうした商品に費やしたお金は30万円くらいだ。それも、小学生から中学生の時期にだから今現在の貨幣価値(?使えるお金との相対)でいうと、数百万円は投資(?)をしただろう。


そんな中から僕は一つの結論を得た。「楽してできるものに本物はない(たぶん)」と。


僕はかつての自分を客観的に書いて笑っている。「ばかだなあ〜」と。それを読んでいるみなさんも笑う。(一部の人は、「俺と一緒だ」と冷や汗かいてるかもしれませんね。案外と多い、と思うけど)


けど、僕らが今現在生きていて、無意識に奇跡のようなものを求めていないだろうか?

「自分にだけ」

「ある日突然に」

「努力もそこそこに」

「ドラスティックに変化する」


そんなものを無意識に求めていないだろうか?


「誰でも楽々独立開業」「海外株投資で目指せセミリタイア」「資格をとれば一生安泰」などなど、資本主義では常に僕らの「楽したい」「無駄はしたくない」「理想の自分に近づきたい」という欲求を喚起するような情報に満ちている。


「そんなのはないんだよ」と痛い思いをしながら僕は子供の頃に学んだはずなのに、やはり時としてそんなものに飛びつきたくなってしまう。


けど、「そんなものは(たまにはあるかもしれないけど)ほとんどない」と自分の中で決めつけるだけで僕らをとりまく現実への接し方は大きく変わってくる、と思うのだ。


追記
これらの商品を開発していた会社の社長が10年以上前でしたかね、脱税でニュースになりました。竹やぶにお金を捨てた(隠した?)とかでだいぶ話題になりましたね。


!? ・・ってことは僕以外にも多くの人がやられているんでしょうね。


僕が体を鍛えるために腕立てや腹筋をはじめたのは高校の頃からでした。それにしても、なんであんなに強さに憧れたんだろ?一時は、空手で出家(?)をして修行しようと思ってたしね。


あのままいってたら、と考えると正直ゾッとします。

October 28, 2005 in プチ経営の哲学, 格闘技 | | Comments (9) | TrackBack (0)

2005.08.29

あの時、左にいっていれば・・

「あの時、左ではなく右にいったから人生大きく変わっていたな」という瞬間が僕にはいくつかある。


その一つは、大学入学時のオリエンテーションの時。教室にはじめてむかった瞬間だ。


階段をのぼって左に行くべき所を、僕は過って右に向かってしまった。すると、一人の男性が声をかけてきた。「君、新入生??クラブ決まったの??」と。

彼は応援団の学生だった。時はバブル、いろんなサークルが華やかな勧誘をしている中、僕に初めて声をかけてきたのが応援団だった、といのもいかにもな話だ。


僕は極真空手の本部道場に入門していたので、大学の運動部と二足の草鞋をはくつもりはなかった。「僕は他にやりたいことがありますんで」とやんわりと断った。が、そんなことで引き下がる人たちではない。「何をやりたいの?」という話から、つい僕は「空手をやっている」という話をしてしまった。


その日から、「史学科1年3組10番」は武道系学生からマークをされることになる。個人情報保護法案などない時代、僕の個人データは完全に流出した。「空手をやっているでかい奴がいるぞ」と。


授業が終わると、教室の前後から合気道部だとか、少林寺拳法部だとか、空手部、キックボクシング部だとかの学生がやってくる。「一度、練習に来てくれ」としつこい勧誘だ。さりとて僕はあまり嫌ではなかった。大学で運動部に入るっていうのはちょっと夢でもあったのだ。


それは高校時代の柔道部の恩師が語っていた一言だ。


「武道やスポーツは始めるのに遅すぎる事はない。だから、他の人が中学の3年間でやったことは、高校の1年間で取り返せる。高校の3年間でやったことは、大学の1年間で取り返せる。けど、大学の4年間でやったことは、一生かかっても取り戻せない」と。

そんだけ奥が深いのが大学の運動部だ、といっていた言葉はなぜか僕の感性に引っ掛かっていた。そんなこと自分の言葉でいってみたいな、と。


僕は興味本意の直感で、少林寺拳法部とキックボクシング部の練習に参加することにした。


正直、僕は少林寺とキックをバカにしていた。当時の僕は空手が格闘技最強だと思っていたからだ。当時の僕は、屈強な体格の人がお互いの持てる力を出し合うのが武道だと思っていた。空手の業界にいくと、80㎏以上あった僕でも小柄である。けど、少林寺やキックをやっている方はみなさん小さくて、弱い感じがした。(見た目は恐かったが・・)


が、その思いは50キロ前後しかないキックボクシング部の先輩とスパーリングをして粉々にされた。3分の間、僕は先輩に全く触る事ができなかった。しかも、ハイキックを4発も5発ももらってヘロヘロだった。空手でできつつあった「おれはちょっとやれるかもよ」という自信は粉砕された。更に、この先輩がキックボクシング部の中では特別強いという訳ではなかったことに衝撃を覚えた。


「すげえ〜、こんなに小さい人がこんなに強いなんて!!」それは、僕が空手を辞めて、キックボクシング部に入部をしようと思った瞬間だった。それから大学の4年間はこの部を中心に学生生活がまわっていった。


昨日、そのキックボクシング部に僕を熱心に勧誘していただいた先輩が自宅にいらっしゃった。僕の結婚式にいらして以来だから3年ぶりか。


蓼科や伊豆に学生服で合宿に出かけた時も、金がないといってはヤバいアルバイトに出向いた時も、政治家のボディガードをして選挙カーで回った時も、場末の街で飲みにでかけた時も、そんな街々でバトルを繰り広げたときもその先輩の姿があった。


もしもこの先輩と会わなかったら僕の人生はどういう方向に展開していただろう。もしも僕があの時に右ではなく、左にいっていたら僕の人生はどうなっていただろう。僕の人生は粛々と進んでいただろうが、今ほどは面白、おかしくははなかったかもな。


出会った頃は、「思い掛けない偶然の出会い」と思えたものが、時がたつと必然みたいに感じてくることがある。この人との出合いは必ず訪れるべきだった、と思えたりすることがある。


へべれけになって、上半身裸になって学生の時と全く変わらない振り付けで踊る先輩を見てそんな事を思った。


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追記
最近は夜の飲み食いが多いので2キロ太りました。今週はジム強化週間にします。今、決まっている予定以外は絶対に夜の約束を入れない、と思ってますが意志が続くかしらん???

August 29, 2005 in 格闘技 | | Comments (7) | TrackBack (0)

2005.08.23

格闘技のお手伝い

昨日は、代々木第2体育館で開催された、格闘技のイベント「TITANS」の手伝いにいってきた。僕の役割は「大会ディレクター」。名前だけき聞くと格好いいが、要は裏方全般だ。

いろんな人に怒られて、いろんな人に文句を言われたが大会は相応に盛り上がりをみせて終わった。
終わりよければ全てよし、といっていいだろう。

メインエベントはK-1でも有名な武田幸三選手が壮絶なKO負けをして幕を閉じ、非常に残念だったが・・

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現役ムエタイチャンピオンと武田選手に勝ったジョン・ウェイン・パー選手(右)


昨日までは、こちらの準備に力をいれる事が多くて回りの方にいろいろとご迷惑をおかけしました。今日からはきちんと本業に精を出します。


昨日は夜、遅かったので今日はこのあたりで。


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August 23, 2005 in 格闘技 | | Comments (5) | TrackBack (0)

2005.05.30

後楽園という名の聖地

昨日は新日本キックボクシング協会の興行だった。僕は、大学時代からのご縁でこの興行の進行などのお手伝いをさせていただいている。あまりたいしたことはしていないが「僕らがゴーを出さないと試合が進まない」という立場だ。


昨今の格闘技ブームで会場は超満員、14試合の熱戦が繰り広げられた。メインはK-1にも出場して知名度は全国区の武田幸三。得意のローキックでムエタイ戦士を33秒で秒殺した。

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会場の後楽園ホールは僕のような格闘技好きには聖地ともいえる空間である。小学生の頃よりプロレス、空手に目覚め、高校時代はアルバイトでためたお金のほとんどを格闘技に費やし、大学に入学する頃は「格闘技の知識はもしかして日本でもトップクラス??」と思い込んでいた僕の人生を語るには欠かせない場所だ。


「今まで後楽園に何回足を運んだのだろう?」とふと考えた。


プロレスに、キックに、ボクシング。プロ空手に、ムエタイに・・・ブルーザー・ブロディの運命の新日本登場、藤波VS木村のワンナイトマッチ、センティアンノーイVSラモンデッカーの激戦、鈴木VS竹山の頂上対決、東京三太の華麗なテクニック、村上竜二が制した士道館大会、旧UWFでの前田の孤独な戦いなど・・・通なら垂涎ものの試合の数々、後楽園での思いでは数え上げればきりがない。


その一つ一つのドラマはよくも悪くも僕の性格形成に影響を与えている、と思う。


後楽園ホールの名物に、チケットを購入するために並ぶ階段がある。高校生だった僕は学校をさぼり後楽園へと向かう。当日チケットを手に入れるために薄暗い階段でひたすら待つのだ。時にそれは8時間あまりにも及ぶ。その間、「ゴング格闘技」や「格闘技通信」を読みながら試合へのモチベーションを徹底的に高めるのだ。


試合の展開を予想し、様々なシュミレーションをする。相応の歳になると興行主の思惑だとか、興行の流れ(ここで誰が勝つと興行が盛り上がるのか)なども予想要因として加わってくる。この時間がなかなかたまらないのだ。


壁にはファンが書いた落書きでにぎやかだ。僕もこの階段には「猪木VSフォアマン絶対実現!」だとか「レイス、ハンセン、ニックはIWGPへの参加を!」だとか数々の落書きを残した。


この壁は何回か塗り替えられているのだろう、僕が書いた頃の落書きはもはやないが、今でもファンが書いているのがいとおしい。そこには今の格闘技ブーム、ならぬ格闘家ブームとは一線を画す者たち熱い魂の咆哮でうめ尽くされている。


かつて格闘技ファンは隠れた存在だった。「君、もしかして格闘技ファン?」と知り合った人が格闘技ファンだと知った時、僕らは妙な興奮と感動を覚えた。僕は一人の格闘ファンとして現在のように格闘技の裾野が広がるのは嬉しい。けど、いいようのない思いにかられるのだ。テレビで寝ながら見る格闘技って一体何なの?と。


それは、業界がメジャーになったことに対する疎外感かもしれない、と思う。けど、今の格闘技ブームにはモヤモヤがたくさんあるのだ。それが何なのか、今は僕の言葉で語る事はできない。けど、そのいいようのない思いのカギは後楽園の階段にあるような気がするのだ。

May 30, 2005 in 格闘技 | | Comments (5) | TrackBack (0)

2005.03.20

ムエタイ 王者の戦い

「ラジャダムナンスタジアム」-格闘技に少しでも関わる人間であれば、一種の畏敬の念を持って語られるムエタイ(タイ式キックボクシング)の殿堂のひとつ。(最近の格闘技ファンはそんなことないかな?)


多くの格闘技ファンをいろんな意味で迷わせた名著「空手バカ一代」でも「虹の挑戦者」でも、ムエタイは神秘の国の最強格闘技、として描かれていた。貧しい子供が生活を支えるために幼少からムエタイの練習に励み、チャンピオンになって富と名声を手にいれる、というステレオタイプのタイ式サクセスストーリーとともに語られていた気がする。


数万人ともいわれるムエタイの選手人口。その中から最高峰の二人が新日本キックボクシング協会のリング上でタイトルマッチを行ったのだ。

ワイクー(タイの伝統的な戦いの踊り)からはじまったこの戦い。試合中には戦いを促す音楽が流れ、一種独特の雰囲気で試合は進む。


最終的にはチャンピオンが一度のダウンを奪ったものの、大きな山場もなく判定勝利。これが日本人同士の戦いであれば凡戦の一つだろう。会場からヤジのひとつもでたかもしれない。


けど、ムエタイにはそういったヤジを封じ込める独特のオーラがあるような気がするのだ。選手の動きの一つ一つに、ムエタイ500年の歴史の中ではぐくまれた、すごい意味だとか攻防だとかがあるような感じを受けるのだ。その雰囲気は場内に伝播し、会場を支配する。


だから、ムエタイの試合を今流行の格闘技などの試合と同様のレベルで語るのはナンセンスだ。


初心者のファンが「うーん、ムエタイはやはり渋いですね〜」と、何だかわけの分からないのに語る。
それに、先輩ファンがうんちくをたれる。「やっぱガードとデフェンスの一体化は芸術の域まで達しているよな」「あの蹴りはセンティアンノーイを彷彿させるよ」だとかいう感じで。その構図が古くからの格闘技ファンにはたまらない。(少なくともファン歴25年くらいの僕には・・)


そんな語りを促すような格闘技。何か深い意味を感じられるような格闘技。今はやりの格闘技が、「完全決着」「エンターテイメント」「ショーアップ」が主流であるがために、ムエタイの存在感がますますと光輝いてくると思うのだ。

March 20, 2005 in 格闘技 | | Comments (0) | TrackBack (0)