サパにいこうかしら?
ここには少数民族「モン族」だとか「メオ族」だとかが、毎週末になるとやってきて市場をひらく。
東南アジア全般にいえることなのだが、男性より女性が働く。更にいうのであれば、モン族は子供がよく働く。
カゴいっぱいに自分達がつくった藍染めの衣装やら、帽子、楽器等をつめこんでマーケットを行き来する人たちに売っていく。
非情(?)なことに愛嬌のある子供、かわいらしい子供ほど次々と商品が売れていく。
売れない事もは売れる子に商品を託したりする それでバックをしたりしている。子供ながらの苦肉の策として考え出した知恵、だろう。
僕はモーちゃんから全身の衣装と、帽子と、楽器と、バックを買った。これだけ買っても15ドルくらいだったかな。けど貧乏旅行者には痛い出費だった。宿がたしか1日2ドルのゲストハウスに宿泊していたから。
マーケットが終わり、僕は知り合いになったおばさんの村にいくことにした。
サパから山道を歩いて2時間、更にそこから険しい傾斜を30分かけて登っていく。僕はへろへろだった。
家に着くとおばさんがご飯とお酒をふるまってくれた。米に野菜の煮物のシンプルな料理、だった。
おばさんはモン語しかしゃべれない。だから何をいっているか全くわからない。「ジョリー」が美味しいだとか、綺麗だとかという意味で、「バジョリー」がその反対という意味だということは知っていた。
だから「ジョリー」と「バジョリー」だけで会話をした。
けど、確かにこういっていたのが分かった。「ベトナム人だったらもっと美味しいものをご馳走するんだけど、モン族は貧しくてこんなもので」と。
子供の頃に聞いた。
「すみませんこんなもので、といって食事やお土産を出すのは日本人だけだ」と。
それが嘘だったと僕は知った。謙遜だとかの心はかなりの民族が持っている普遍的な感情だ、と僕は旅を通じて感じた。それをモン族のこのおばさんがはじめて教えてくれた。
疲れと酒とで一気に眠くなって、僕は藁の中で寝た。
すると、見知らぬ外国人が来たということで遠くから僕を眺めていた子供達がわらわらと集まってきた。そして、クリスマスだということで賛美歌を歌ってくれた。時は9年前、ちょうどクリスマスイブだった。
中国語は4声の発音で言葉が成り立っている。だから抑揚だとかがあって、上手な中国語はちょっとした楽曲みたいだ。
が、モン族は6声(人によっては8声といっていた)で言葉がなりたっているらしい。だから、賛美歌なんかもいままで聞いた事がないほど美しい、のだ。神様の声、といったらいいすぎかもしれないが。
「なんかだ夢みたいだなあ〜」と僕は写真を1枚だけとらせてもらった。「旅にでてきてホントによかった」としみじみと思った。
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昨日、寝る時にふと思った。「サパにいきたいなあ」と。
でも、「9年前に会った子供達が変わっていたら嫌だな〜」-そんな思いが頭をもたげた。
実際、僕はある国を再訪した時に、かつての知り合いが妙にツーリスト慣れしてしまって嫌な思いをしたことがあるからね。
思い出は大切にしておくべきか、思い出よ再びとアクションをおこすか。
しばらく逡巡は続きそうだ。
November 2, 2005 in 訪れた国のこと | Permalink | Comments (2) | TrackBack (1)
有限会社ヴィジョナリー・カンパニー 大塚和彦


