2006.05.02

東京裁判から60年、のようです

大学で歴史学科に通った僕の卒業論文は「東京裁判」だ。


東京裁判とは米国などの連合国が日本の「指導者」を事後法によって裁いた極東国際軍事裁判、のことだ。軍部と元首相など7人の指導者が絞首刑に処されている。


戦勝国の大量殺人が不問にされ、米ソの対立の政治的道具として利用された側面をもつこの裁判。


予備校時代に麻疹のようなプチ左思想に傾倒(?)した僕にとっては格好の勉強テーマ、だった。


明日、5月3日は東京裁判が開廷して60年だという。今朝の朝日新聞は東京裁判の調査記事がのっていた。

何でも20代の90%が東京裁判の内容ついてよく知らない、という。で、その内容をしらない人ほど首相の靖国神社参拝に対して抵抗感を感じていない、という記事だ。


でも、考えてみれば僕らは東京裁判なんて学校では習わなかったはずだ。その内容なんて知らないで当たり前ではないか・・。それをことほどさように主張する新聞の姿勢はいかがなものかしら??それも靖国の問題とからめて。


東京裁判の内容を知れば、アメリカやイギリスなどの連合国の傍若無人さ、日本の戦争に対しての無計画さに目がいくんじゃないかしら?少なくとも靖国の「問題」は東京裁判が終わってからの問題でしょう。意図的に(?)論点をごちゃまぜにしているような気がしてならない、のだ。


東京裁判は、日本人の無責任体制を生み出した温床、という側面を持っている。


井上ひさしさんが書いていた。「一部の人たちに責任を負わせ。みんなで遁走したのです。」と。


軍部が悪い、政治家が悪い、ということを免罪符にして報道機関や国民の多くは責任を逃れた。真珠湾のすぐ後、マレーシアやシンガポールを陥落させて、イケイケドンドンだったのはどこの誰??という事実を抜きにして、戦犯に罪をかぶせた。


当時、あなたは何をしていたの?という事実を直視しつくさなかったのが日本の戦後、だ。


それは、今の時代にも僕ら国民のDNAとして受けつがれている。政治家が悪い、社長が悪い、社会が悪い・・・じゃあ、あなたは具体的に何をしているの??悪いという前に何かしたの??


当事者意識の欠如、それが日本の戦争の一側面だ。政治家も、国民も、軍部も、「誰かが何とかする」という人がマジョリティだったのが当時の日本だ。


僕は中国の内陸部を旅していた時、「お前の国は戦争でこんなことをした」とののしられたことがある。で、「お前はどう責任をとるのだ」みたいなことをいわれたことがある。


僕の主張は「バカじゃん、お前!??」だ。「あの時代を生きていない俺にどういう責任があるというのだ??」だ。


だが、僕らは歴史という実験台をつかっていろんな事実を学んだ。僕の中で東京裁判を通じての大きな学びは、無責任の構造だ。


であれば、時代の変遷の中で戦前と同じようなことが起きるとする。その時は、僕なりにこれは「無責任の構造では?」という感性を働かせないといけない。それができなかった時に僕に反省責任が生じる、と考えている。


↑(こういうことをいいたかったのだが・・・筆談では無理だった)


今日の新聞記事に、何とはなしに無責任の構造の空気を感じたのは僕だけだろうか?

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追記
すべからく商売人は政治ネタを語るものではない、は僕の美意識の一つです。が、今日はあまりにも調査結果が恣意的なような気がして書いてしまいました。


僕は朝日新聞には何のうらみもつらみもありません(・・?むかし入社試験を受けて落とされた事はあるな)、報道のスタンスだって忌み嫌ってるわけではないです。


けど、戦争のときの話になるとちょっと・・・感情的??


僕らはいつまで反省したらいいのだろう?と思います。


May 2, 2006 in 政治 | | Comments (2) | TrackBack (0)

2005.09.28

頑張れ!杉村太蔵議員

「国会議員になったらグリーン車乗り放題ですよ!」だとか「料亭に行きたいですね」といった発言で、一躍時の人(?)となった杉村太蔵・衆議院議員(26)が「幼稚で無責任な発言を繰り返し」たといって謝罪をしたというニュースを見た。

朝日新聞 「自覚足りなかった」自民の杉村議員が「反省」会見

先の選挙で自民党が立候補者を公募していることを締切りの当日に知って、応募。で、比例区名簿の下位にいたのだが、ご存じの通りの自民党の大勝で運良く(?)当選した、という変わり種の議員だ。


当選してから上のような発言がたびたびテレビで報道されていたのでご存じの方も多いだろう。


一連の発言は、政治家としての自分なりのポジションをつくろうと思ってのマスコミサービスであって、彼の本意ではないだろうなあ〜と僕は見ていた。政治家としての経験がない彼なりのブランドつくり、だと思っていた。微笑ましいではないか、ニート(←これは憲法違反、ですからね)がたくさんいる中でそんな骨のある青年の登場は。


僕は、サクセスストーリーがつくられにくい今の社会で、26歳の地盤も看板もない青年が運を味方につけて当選しただけでもこの人が出てきた価値はある、と思っていた。「俺にもできる!」と思ったやつが一人でもでれば彼の政治家としてのまず最初の役目が果たせると考えていた。


けど、昨日の謝罪会見だ。「有権者の方にご迷惑をかけた」といっていたが、誰が迷惑を受たのだろう??僕らには見えない圧力ゆえの発言だろうが、少なくとも有権者である僕(きちんと選挙にもいった)は全く迷惑などかかっていないぞ!と、いうより杉村議員みたいな異端しか日本が抱えている閉塞観は打破できないだろうよ。


歴史は70年周期で動く、という考え方がある。今から70年前の日本は、ナチスドイツと固いパートナーシップができて、「国策の基準」で戦時体制が確立しはじめた時代だ。個人の言論が徐々に制限をされていった時代、だ。その後に、強力な政治力を持つ一国一党である大政翼賛会ができて日本型ファシズムは完成していく。


そんなだからといって、今現在の日本とオーバラップさせるほど僕は短絡的じゃないけど、組織が崩壊しはじめるのは異端を排除した時、からだとは多くの歴史が教えてくれる。そう、杉村議員みたいな異端を、組織が異端のままで抱えられる、というのはその国や組織のの柔軟性の現れであるのだ。


妙に練習をしたっぽくて、なんか嫌ーな、記者会見だったな。でも、彼が自ら矢面にたって政権与党の組織の柔軟度の無さを証明してくれたのか、と思うとやはり彼はすごい。そんな新人はここ最近いなかったからね。


僕は会社を経営する、という役目が与えられている(別に誰から、というわけじゃないけど)と勝手に考えている。だから「日本の政治はだめだ!」などといって時間を費やすつもりはない。それは政治という役目が与えられた人の範疇だ。僕らはその人らが仕事をできるために、(100%の納得はできなくても)税金を払うことでしか協力ができないのが現状だ。


あとは異端を認める文化を僕ら経営者もつくること、だろうか。会社組織でも異端は存在し続けにくいのが現状だ。異端はバッシングにあうし、人との歩調を乱しがちだからだ。


けど、会社が安定状況にある時ならいざしらず、閉塞状況に陥ったとしたら、それを打破するのは異端しかいないだろう。異端の発想や行動力が組織の調和を乱して、新たなパワーを生み出すのだ。そんな異端がいても会社が回っていく器量を経営者としての僕が持てること、それが杉村議員を遠巻きながら応援することにつながるのだろう。


とまれ、杉村議員!僕は迷惑などかかってないし、異端は大歓迎だ!今後も応援してるぞ!


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追記
「人間は理屈に訴えるより、感覚に訴えた方がいい」そんな趣旨のことをヒトラーがいったとか。それを小泉首相にオーバーラップさせるコメントなどを週刊誌などで最近よくみかけます。確かに小泉さんの話は非常に感覚的・・・それが分かりやすかったりするんですね。


更に不景気の中では強い(強く見える)リーダーを求めがち、ということもよくいわれます。ヒトラー然り、小泉首相も然り、石原都知事然り、でしょう。


だからといって僕らが戦前の日本とオーバラップさせて、必要以上の不安を感じる事はない、というのが僕の考えです。日本の民主主義は戦前と違ってそこまで未成熟ではない、と思うので。


逆に、「戦時体制の復活だ!」みたいに不安を極度に煽る人に気をつけないと、と僕は考えています。「ペイオフ」「預金封鎖」「年金支給額削減」「増税」そんな不安を必要以上に煽る輩も同一ですね。そんな陥穽に気をつける術を持つこと、それが今の時代を生きる処世術だと考えてます。


September 28, 2005 in 政治 | | Comments (2) | TrackBack (5)

2005.04.20

偏狭なナショナリズム

内モンゴルから蘭州という街に電車で向かった時のこと。食堂で飯を食べていると3人の中国が話かけてきた。僕が日本人だと知るや、そのうちの一人が紙に何かを書いている。見るとそこには、軍人と思しき人が鉄砲を担いで日章旗をかかげている。それを見てにやける二人がはやし立てる。筆談するに「お前の国の祖先は我が国を侵略した。それについてお前はどう思うのか?」といっているらしい。


僕は相手にせずにいた。それが無難だと思ったからだ。が、彼らは次第にエスカレートしてきたので頭にきた。「日本が50年前にやったことについて、その時代を生きていない私がどういう責任を負うのか?」と書きなぐった。

彼らの理屈は「祖先がやったことは日本国家として責任を負う」のだという。「では責任を果たす、というのは具体的に何をしたらいいのか?謝罪するのか、お金を払うのか?」と筆談を勧めた。まずは謝罪、だと彼らはいう。「人民的感情」の「総意」として納得できないのだそうだ。その後も、たらたらと「日本軍がどうの」、だとか「鬼人」だとか続く・・


「戦後の国際裁判で中国の判事官は日本の指導者を見せしめ的に絞首刑にしたでしょう。中国国内でも多くの日本人がBC級戦犯として処刑されたでしょう。サンフランシスコの平和条約知っているか?日本がODAでどれだけ中国にお金を援助しているか知っているか?そもそも靖国問題云々とお前らが日本の政治に対して侵略を今しているんではないか?」と感情的になった。いつのまにか3人だった中国人が10人くらいに増えている。それらに対しての明確な答えはなかった。あくまでも感情論での話ばかりだ。


僕はかなり頭にきていた。人に文句をいうのなら感情ではなく理論で勝負するのが筋だろう。やばいかな、思ったが筆談をすすめた。「チベットに対して、ウィグルに対して君らの国が今現在、何をしているか知っているか??彼らの基本的な人権みたいなものは守られているのか?日本が今現在、同じようなことをしているか?過去よりも現在が大事ではないか??」とすすめた。


正直、こういう理屈の展開はすきではない。そえが日本の過去の免罪符になるわけでもないからだ。ただ、彼らの感情ばかりの偏狭なナショナリズムにはうんざりしていた。日本=鬼畜とステレオタイプに決めつけられて反発しないほど僕はヤワではない。その日本という言葉には、僕自身もそうだが、家族や友人、祖先などが含まれるからだ。


その瞬間、食堂にしらけた空気が流れた。数分後、警察官がやってきてパスポートを見せろ、という。「なぜだ?」と聞いてもいいから、となかば強引にだ。政治的な発言はやばかったな、と背中に冷たいものが走った。僕は逃げるように自分の座席に逃げた。


すると一連の経緯をみていた中国人のおばさんが自分の寝台車にこい、と手招きをしてくれた。片言の日本語で「しばらくここにいるとよいよ」といってくれた。捕まることはないだろうが・・何がおきてもおかしくない国だけに不安になった。結果的に何もなかったが・・・。


最近の中国の一連のデモを見ているとこの時のことを思い出す。中国の反日教育は有名だが、上海や北京などの都市部の人は冷静に対日問題を考えている、と聞いていただけに驚いた。近隣諸国を敵や悪としてとらえた偏狭なナショナリズムは、ナチスの例を出すまでもなく大きな不安をはらんでいる。それは現在、着々と進行している。

April 20, 2005 in 政治 | | Comments (0) | TrackBack (0)