2005.12.07

ALWAYS三丁目の夕日

映画館で号泣しました。

20051015007fl00007viewrsz15

小さな自動車修理工場と売れない小説家が切り盛り(?)する駄菓子屋さんを舞台に、昭和33年の古きよき日本の家族の触れあいを描いたドラマ「ALWAYS 三丁目の夕日」を見ました。

僕は操作主義で貫かれている映画は嫌いだ。


「泣かせてやろう」「感動させてやろう」という制作者の意図が見え隠れすると、その瞬間に一気にしらける。だからハリウッド系の映画はほとんどみない。いやらしくて。


「感動を一つでも集めることが生きることだ」と考えているのが、それはあくまで自分が動いたり、頑張ったりして得られるものと考えている。


だって、自分が動いた結果で得られる感動と人が頭をつかって「感動させよう」と思ったのにのっかるのでは、そもそもその価値からして異なる、と考えている。


この映画も、はじめは「今の時代に昭和??感動させてやろうって意図がみえみえだね」なんていってたんだ。


けど、なんか直感が働いたんだ。「この映画は絶対に見ろ!」ってね。


確かに、夢を語ったり、人に思いを寄せたり、情愛を抱いたり、と人間が持つごくごく普遍的なテーマで「泣かしてやるぞ」って迫ってくる映画でした。


「そろそろ泣かせにくるぞ」と途中から分かるような映画、でした。「あっ!この音楽はそろそろ泣かせにくるぞ」なんて分かるんだよね。


でも、そんな予定調和の中でもぼろぼろ泣いちゃったんですね。これって何でだろ??


人が夢をもっていた時代、周りの人に対して余裕があった時代。


そんな素の素材がよかったのかしら? 一回じゃわからないのでもう一度見に行きます。


感動の押し売りはするのは本意ではないけど、ぜ、ぜひおすすめです!


↓今日もワンクリックお願いします。
人気blogランキングへ


追記
突っ込みとして2点。
主人公の一人に小雪さんがでてましたが、昭和33年の時代にあんなスタイルの人ってそうそういないよな、というのが一点。僕なら和久井映美を使います。


あと、プロレスのシーンがでてくるんだけど、あれってシャープ兄弟VS力道山の映像?? シャープ兄弟だとしたら昭和33年には来日してなかったと思うんだけど??


日本テレビ制作だからその辺りの時代考証はきちんとしてると思うけど・・元プロレスマニアとしてはちょっと気になりました。もう一度いって確認してきます!


December 7, 2005 in 最近みた映画 | | Comments (4) | TrackBack (1)

2005.08.21

ヒトラー〜最期の12日間〜をみて

組織が成長の曲線を描いている時、マネジメントは比較的簡単だ。リーダーはイケイケだし、メンバーもモラルや意識が高い。給料や待遇、昇進なども相応にふるまうこともできる。


けど、一旦下降線を描いていくと、モラルや意識の低下から組織の実力以上のトラブルが起きたり、相互不信が起きたりして人間関係がすさんでくる。組織によっては、責任の転嫁が始まったり、アジテーターが出現したりして内部から崩壊をしていく。


数々の歴史はそんなことを教えてくれている。


映画「ヒトラー〜最期の12日間〜」を見に行った。僕の周辺ではこの映画の評価が高かったのでそれなりに期待をしていった。


敗戦が濃厚となって地下壕で最期の抵抗を続けるナチスドイツ。ヒトラーは全盛時代の勢いはなく、もはや戦争を続行させるモチベーションは尽きている。


神経症とも思える言動は僕らが今まで知ることのなかったヒトラー像だ。


カリスマ性を失ったヒトラーに翻弄される人々たち。これら数々の人々のドラマが織りなっているので、「ヒトラーの最期」というより「ナチスドイツの最期」といった方がタイトルとしては適切であろう。


これでもか、と続く自殺や戦闘などの残忍なシーン。戦争の野蛮さを訴えるのは結構なことだ。けど、それが極めて恣意的であるような気がして僕は逆にしらけてしまった。「戦争は残酷だ!」とやっていれば戦争がなくなるわけではないからだ。(そんなんで戦争がなくなるのならベトナム戦争の一連の映画で平和は訪れるはずだろう)


見ていてとても後味の悪い映画だった。


一つだけ、組織が崩壊する寸前のすさんだ人間模様が面白い、と思った。昼間から酒を飲んで酔っぱらう政府の高官達。敗戦が迫った時にお偉い人はストレスを酒や遊びで紛らわせようとするのは古今東西変わらないらしい。日本でも敗戦前はお座敷遊びが流行った、というからね。


気分転換、といえば聞こえはいいだろうが要するに「逃げ」だし「思考省略」だ。物事に直面したくないために、気分転換と称して酒や遊びに逃げる。平和な現代にもそんはリーダーはゴマンといる。資金繰りや経営悪化を直視しないリーダーが。


だいたい、飲んだり遊んだりに理由がつきはじめると良くない。結局は楽しいから飲むし、楽しいから遊ぶのだ。僕も気をつけないと、と思った。


話は突然に変わる。


僕は旅をしている時にとある写真と出会った。それは、カメラマン・ロバート・キャパが撮影した「ナチス協力者」という一連の写真だ。フランスのある都市で、ナチスに戦争協力をしていた人たちがドイツ陥落とともに、頭を刈られて、街を追われる写真だ。

Scan1


一市民が戦争によって人生を翻弄されるさまが凝縮されていて僕は衝撃を受けた。


髪を刈られた女性が子供を抱えて街を追われる(写真中央)、それを取り巻き嘲笑しヤジを飛ばすフランス市民たち。戦時中なのだが、ごくごく日常の風景の中で繰り広げられる市中引き回しは、僕はどんな戦争写真よりも戦争映画よりもインパクトがあると思う。(虐殺のシーンなどの残酷な戦争写真は、その衝撃度が凄すぎるが故に、戦争の本質をゆがめてしまう、と僕は考えている。)


僕は旅にでてこの写真をときどきながめた。そして思った。「自分があの時代を生きていたらナチス協力者にならなかった、と胸をはっていえるだろうか?」と。歴史の教育は戦争の悲惨さを知る事よりも、自らへのそんな問いかけからはじまる、と思うのだ。


僕はこの写真はどんな戦争映画よりもインパクトを持っている、と思う。皆さんはどう感じるだろうか??


↓この写真についてのコメントがあります
関連サイト


↓なかなか10位に戻りません。どうか、善意のワンクリックを(料金は無料です)
人気blogランキングへ


追記
今日はお手伝いをしている格闘技イベントの記者会見でした。明日は本番なので本業はお休みをいただきます。]


DSC00011


August 21, 2005 in 最近みた映画 | | Comments (7) | TrackBack (3)